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【第2部28章】竜、そして龍 (2/8)【離陸】

【目次】

【熱波】

「こんな熱波のなかを、わざわざと……なんぞ、コイツは……?」

 ヴラガーンは、上空をにらみつけながら、怪訝げにつぶやく。襲撃者は、上昇気流を捕まえて高所へと逃れる。逆光に隠されていたシルエットが、熱気に揺らめきながら姿を現す。 

 ワニのような顎と牙、ドラゴンのような双翼、うしろ足と長い尾を巧みに操ってバランスをとりながら頭上を旋回しているが、前腕のようなものはない。

「姿かたちは翼竜<ワイバーン>と似ているが、どうにも違う……そも、この次元世界<パラダイム>に魔獣のたぐいはいない、と聞いたぞ。小僧?」

「たぶん……プテラノドンだよ。映像記録で見たことがある。恐竜にカテゴリーされることもある生物。もちろん、グラトニアには、いないはずだけど……」

「恐竜……? 昔、聞いたことがあるぞ。イクサヶ原とか言う次元世界<パラダイム>に棲みついているという、トカゲのたぐいか……それが、どうして……」

 2本足で立つ人間態のドラゴンは、龍翼を広げたまま身構え、上空をにらみつける。ヴラガーンのつぶやきを聞き咎めたのか、旋回する有翼恐竜は地上をにらみつけ、うなり声をあげる。

 熱せられた鉄板のごときアスファルトに靴の裏を焦がしながら、フロルは鞘に納めた剣を握りなおしつつ、立ちあがる。頭上では、プテラノドンが逆光に身を隠す。戦い慣れた動きだ。人間態のドラゴンは、露骨な舌打ちをする。

「ぎゃむ……ッ!?」

 白刃を抜き放とうとした少年の首根っこを、ヴラガーンがつかみ、きびすを返して駆けだす。フロルが文句を口にしようとしたのと同時に、ふたりのもといた場所を有翼恐竜の急降下攻撃がかすめる。

 人間態のドラゴンは、少年を抱えたまま、もと来た道を逆方向へ一目散に走っていく。フロルが身じろぎしながら、上方へ目を向ける。プテラノドンは滑空しながら、ぴったりと彼我の距離を保ってついてくる。

「ヴラガーン……! なんで、戻るんだよ!? 前へ……進まなきゃ!!」

「……この熱波、とても人間に耐えられるものではないぞ。オレならともかく、小僧が戦おうなぞ論外だ」

「僕に、気を使っているって言うのか? そんなこと気にしていないで、『塔』へ……グラー帝のところへ……ッ!!」

 フロルの抗議に応えるかわりに、人間態のドラゴンは大きく横へ飛び退く。有翼恐竜の急降下攻撃を回避し、短剣のごとき牙が空をかみ、がちん、と破滅的な音が響く。

「小僧……足手まといになりたくなければ、ひとりで後退しろ。ドラゴンの身ならば、この程度の熱波、そよ風のようなものぞ。うえの翼竜モドキをかみ殺し、ここから先はオレひとりで進む」

「イヤだよ! 僕だって……戦うッ!!」

 少年は、鞘のなかからバスタードソードを抜き放つ。刀身が、鈍色の輝きを放つ。フロルの得物は複雑な経歴を持つが、龍の骨の力を宿す、れっきとした『龍剣』だ。

 ヴラガーンは不愉快そうに鼻を鳴らすと、足を止め、少年の身体を解放する。全速力で後退した結果、いくぶん熱源から離れたためか、殺人的高温はいくぶん、ましになっている。

「ならば……ウヌひとりで、まえへ進め。できぬ、とは言わせんぞ」

「……はへ?」

 ひざ立ちのフロルは、自分を見下ろす人間態のドラゴンに対して、間の抜けた声で返事をする。ヴラガーンは、親指で上空を示す。プテラノドンが、執拗に迫ってくる。

「小僧。ウヌの『龍剣』は、生物の身体を乗り物に作り替える力を持っていたな……オレの翼を貸してやるぞ。それを使って、一足先に先へ行け」

「……でも!?」

 ヴラガーンの申し出に、思わずフロルは声をあげる。有翼恐竜が、急降下で迫ってくる。人間態のドラゴンは少年に背を向けると、2枚の龍翼を振りまわして、襲撃者の接近を牽制する。

「この期に及んで、四の五の言う時間があると思うな……恐竜だか、プテラノドンだか知らんが、翼竜モドキの相手なぞ、羽がないくらいでちょうどいいぞ」

「……肉は鋼に、命は火に。我を導くその手にゆだね、実存の壁に爪立てよ──龍剣解放、『機改天使<ファクトリエル>』ッ!」

 フロルは涙を呑みこみ、泣き叫ぶ代わりに、まくしたてるように詠唱する。『龍剣』が輝きを放つと、両刃の刀身の片側から無数のマニピュレータが伸びる異形の姿へと変貌する。

「──組み立てろ! 『機改天使<ファクトリエル>』!!」

 少年は、奇怪な刀身を振るい、ヴラガーンの背中の翼を切断する。血はしたたらず、切断面はなめらかな金属光沢を放つ。剣から伸びる針金のごとき無数の肢が伸び曲がり、龍の羽に突き刺さる。

「すごい導子力だよ……これなら、強い乗り物が作れるッ!」

「あたりまえだ、小僧。誰の翼だと思っている? それはそうと……身体から離れていても、気色悪い感触がするぞ……」

 鈍色の触手が這いまわるように、ヴラガーンの龍翼へ潜りこんでいく。ドラゴンの肉体の一部が、粘土のかたまりのようにこねあげられると、内側からひっくり返り、フロルを包みこむ。

 どすん、と音を立てて、龍翼から造り出されたジェット機が、アウトバーンの溶けかけのアスファルト上に現れる。エンジンから炎が噴出し、ゆっくりとランディングギアが滑りはじめる。

「ちい──ッ!」

 ヴラガーンは、舌打ちする。ジェット機の離陸を阻止するように、上空からプテラノドンが急降下をしかけてくる。

「翼竜モドキの分際で、ずいぶんと知恵がまわるぞ……ドウーッ!」

 人間態のドラゴンは、長大な龍尾を現出させると、風切り音を立てながら振りまわして、離陸直前の飛行機に張り付こうとする有翼恐竜を追い払う。

「遅い……まったく、これだから技術<テック>のからくりは気に喰わんぞ。自分の身体を造り替えたものなら、なおさらだ……小僧! 急げ、早く飛べッ!!」

 アウトバーンを滑走路にして、ようやく浮きはじめるジェット機は、ヴラガーンから見るとあまりにも悠長だ。機首をあげ、高度をとろうとする飛行機のうえから、プテラノドンが撃墜の機会を虎視眈々と狙っている。

 人間態のドラゴンは、ぶんぶんと龍尾を振りまわしながら、不十分な加速のジェット機と並んで走る。有翼恐竜は、不快そうにヴラガーンを睥睨する。

「翼竜モドキ、呼バワリ、トハ……我モ、舐メラレタ、モノ、ダ……」

「……なに?」

 ヴラガーンは怪訝な表情を浮かべ、己の耳を疑う。頭上から、くぐもった声が聞こえてきた。幻聴かとも思う。

「翼竜モドキガ、口ヲ利クノガ、ソンナニ意外カ……? 我ハ、主カラ『豹峨<ひょうが>』トイウ名ト……序列7位ノ、征騎士ノ位ヲ……賜ッテイル!!」

「征騎士……だと……?」

 たどたどしい口調だが、少年がプテラノドンと呼んだ有翼恐竜は、確かに言葉を操っている。ヴラガーンは、刮目しつつ龍尾を振るう。上空の追跡者は、巧みな空中軌道で重厚な一撃を回避した。

【併走】

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