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【第2部26章】ある導子学者たちの対話 (1/16)【艦橋】

【目次】

【第25章】

「たたたっよたったたた……」

 次元巡航艦『シルバーブレイン』メインブリッジ、オペレーター席に座るララは眼前のキーボードをせわしなく叩きながら、まばたきすることも忘れてモニターをにらみつけている。

 グラトニアの中央に鎮座する巨大建造物、艦の目的地でもある『塔』の制御システムへの侵入を、天才少女は手を変え、品を変え試みる。

 艦橋のメインモニターには、天才少女が実行した無数のプログラムのレスポンスがリアルタイムで表示されていく。

 直接のハッキング、接続不確立。軍事拠点を経由してのシステム侵入、同様。衛星兵器を踏み台にしての試行、制御プログラム強制停止により経路遮断。高秘匿レベルの通信回線を利用、通信内容の取得はできるもシステムへの接触はできず。ネットワークへのダミープログラム散布、いずれも応答なし。

 息を吸うように旧セフィロト本社のメインフレームを闊歩し、イタズラ感覚で機密情報を盗み見し、果ては改竄もでやってのけた少女の顔に、徒労に対する消耗が濃く浮かんでいる。額には汗の粒が浮かび、両の眼球が充血している。

 ふう、と少女は息を吐くと、休むことなくキーボードを打ち続けていた指の動きを止めて、艦橋の天井をあおぐ。

「……こんなに手応えのないシステムは、初めてということね。ぬかに釘、豆腐にかすがい、どっちもイクサヶ原の民族食で……ううん。いまは、そんなことじゃなくて」

「なんとなればすなわち……やはり困難かナ。ララ?」

「わあ……っ、おじいちゃん!」

 ぷしゅう、と圧縮空気の吐き出される音ともにスライドドアが開き、少女にとって聞き慣れた声が耳に届く。

 ララが振り返ると、右手にキャリーバッグ、左手にトランクを持った老人が、少女ひとりだけだったメインブリッジに入ってくる。

 ララの養父であり、『シルバーブレイン』の建造者でもある、ドクター・ビッグバンだ。ほとんど禿げあがった頭のうえには、艦の指揮官であることを示すキャプテン・ハットが乗っている。

「ララ。戦況のほうは、どうかナ」

「……帝国軍の新規戦力が向かってくる様子は無し。後方からの追撃も、押し止められているということね」

「なんとなればすなわち、デズモンドが奮闘しているということかナ。おかげで、我々にも余力ができた」

「うん、そうなんだけど……」

 オペレーター席から立ちあがり、白衣の老科学者と向かいあったララは、しかし、うつむき加減で表情をくもらせる。ドクター・ビッグバンは、にい、と口角を吊りあげて見せる。

「なんとなればすなわち、『塔』へのハッキングのことは気にしなくていいかナ。ララに無理ならば、このワタシにも困難だろう」

「ちょっと、悔しいなあ……プロパガンダ放送は中断して、帝国軍の前線部隊には混乱ヶ広がっている。シルヴィアやナオミお姉ちゃん、それにリンカさんは上手くやってくれたってことだもの。ララも、活躍したかったということね」

「気にすることはない。ララは、十分がんばっているかナ。『シルバーブレイン』の性能を100%引き出すことができるのは、なんとなればすなわち、このワタシとララしかいないのだから」

 ドクター・ビッグバンは、キャリーバッグから手を離し、孫娘の頭をなでる。少女の表情が少しだけ柔らかくなる。

「あの老婦人……マム・ブランカも、アストラン方面で善戦しているようかナ。なんとなればすなわち、このワタシが改良した戦車が役に立っているようならば、なによりだ」

 脳波コントロールで指を動かすことなく、通信傍受のログを確認するドクター・ビッグバンは独りごちる。最小限の戦力で帝国軍の要所を貫く、老科学者の思惑は想定以上に上手く進んでいる。

 軍隊という精緻な組織を、わずか半年という短時間で築きあげるなど、通常は不可能だ。母体がレジスタンスという非正規部隊だったことや、グラトニア帝国の過剰すぎる侵略規模を勘案すれば、なおさらだ。

 にも関わらず、帝国軍は機能していた。ということは、どこかにタネが仕込まれている。必ず、無理を隠している。旧セフィロト社の隆盛を支えた聡明なる頭脳の持ち主の見立ては、的中したということだろう。

「通信データを解析したみたんだけど、『龍皇女』というワードを検出したということね。エリアは、インヴィディア方面のあたり」

 孫娘の報告を聞いて、戦況を反芻していたドクター・ビッグバンは、ほう、と両目を見開く。

「なんとなればすなわち、それはデズモンドに託したメッセージが上手く伝わったということかナ。合流することができれば、頼もしい援軍となることだろう」

 老科学者はつぶやきながら、艦橋のメインモニターを外部カメラの映像に切り替える。穏やかな微風になでられる草原の風景が映し出され、前面には天を突く威容の『塔』をはっきりと視認できる。

「各種センサーで『塔』周辺をスキャンしてみたんだけど、意外なことに防御兵器の類は設置されていないということね」

「なんとなればすなわち、いま一時は、嵐のまえの静けさということかナ。とはいえ、我々にとって未知なる防衛手段を隠しているのかもしれない。ララ、油断は禁物だ」

「もちろんということね、おじいちゃん!」

「ときにララ、アサイラくんの様子はどうかな?」

 ドクター・ビッグバンは、上部甲板に生身で陣取る黒髪の青年のことを尋ねる。

「周辺に敵影はない、って伝えてからは、艦首のうえで瞑想しているみたい。いまは邪魔しないように、こちらからの通信は切っているということね」

「……決戦に向けて、体力の回復と集中力の向上を図っているということかナ」

 かくしゃくとした白衣の老科学者は、手のひらで己のあごをなでると、孫娘に対して視線を向ける。その表情には、ひどく真剣な色が宿っている。

「なんとなればすなわち、アサイラくんは我々がグラー帝に対抗するための、唯一の切り札となりうる……ララ、なんとしても彼を『塔』へと送り届けてくれないかナ」

 ドクター・ビッグバンの双眸にはめこまれた精密義眼が、赤い光を放つ。少女は、信頼する養父に対して力強くうなずきを返した。

【別働】

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