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【第2部25章】陳情院議長暗殺計画 (1/8)【撹乱】

【目次】

【第24章】

──ウウゥゥゥ、ウウゥゥゥ……

 空軍基地に、スクランブルを知らせる重苦しいサイレンが鳴りひびく。ヘルメットを片手にぶらさげた4名のパイロットが、各々の相棒である戦闘機のもとへ小走りに急ぐ。

 作戦行動、支援要請、そして緊急発進……今日は、出撃命令が多い。特に、帝国本土上空に突如として出現した浮遊戦艦への対応に、多くの航空戦力が割かれている。この基地に残された戦闘も、眼前にスタンバイしている4機で最後だ。

 それでも、操縦手たちの表情には、みじんの焦りも動揺もない。中央司令部である『塔』から直々に下された出撃命令は、皇帝陛下の勅令にも等しい栄誉あるものだ。

 そして、偉大なるグラー帝の威光を疑うものは、帝国軍のなかに1人たりとも存在しない。これから出撃する4機の戦闘機の編隊長──経験を買われて抜擢された、旧セフィロト企業軍所属のパイロットにしても、だ。

「なんだ……あれは?」

 先頭を歩く隊長が、足を止める。逆光に照らされた滑走路の先を、右手で目元をかざしながら見つめる。なにか、影が飛びこんでくる。

「野犬か、なにかでしょうか?」

 同僚のパイロットの1人に声をかけられた編隊長は、小さく首を振る。グラトニアの平原に生息する野生動物にしては、影のサイズが少しばかり大きい。滑走路をジグザグの軌道で駆けながら、こちらに近づいてくる。

「……バイクかッ!?」

 100メートルほどまで接近したところで、ようやく隊長は接近体の正体に気がつく。真鍮色のボディの車体のうえで、赤毛の女が鎖を巻きつけたハルバードを小脇に抱えながら、ハンドルを握っている。バイクライダーは、雄叫びをあげる。

「……喰らいなァーッ!!」

 パイロットたちはヘルメットを投げ捨て、オートマチックピストルを引き抜き、発砲する。侵入者のバイクライダー──ナオミは、車体を跳躍させて銃弾を回避しつつ、片腕を振りかぶり、なにかを戦闘機に向かって投擲する。

 赤毛の女が投げつけた円盤状の物体──対戦車用吸着地雷が、戦闘機の胴体に張りつくと同時に爆発する。衝撃でパイロットたちが、滑走路に転がる。

「バッド……!」

 ひきつった笑みを浮かべながら、ナオミは鉄馬のハンドルを切り、炎上する戦闘機から離脱していく。

「時限信管のセット時間が短すぎた……ウチは、せっかちでいけない。危なく自爆するところだっただろ」

 空軍基地に鳴りひびくサイレンが、安寧をかき乱すけたたましい音に変わる。あちこりの建造物から、サブマシンガンを手にした帝国兵がわき出てくる。

「グッド。いいだろ、ついてきな……!」

 赤毛のバイクライダーは、兵舎と兵舎のすき間を縫うようにフルオリハルコンフレームの相棒を走らせ、追っ手の目を惑わせる。

 空軍の敷地と市街の境目となる有刺鉄線の巻かれたフェンスまで行きつけば、ナオミはバッタのように勢いよくバイクを跳ねさせ、悠々と飛び越えると公道上に着地する。

 基地の外へ逃れた。だからといって、追跡が止むわけではない。赤毛のバイクライダーは、己の駆る相棒の速度をフルスロットルで維持する。

 ちらりと背後をあおぎ見れば、目抜き通りを逆走するフルオリハルコンフレームの鉄馬を狩りたてるように、無数の軍用ジープとバイク兵たちが背後から追随してくる。

「グッド……チェイスなら、ウチの独壇場だろ。それでもいい、ってんなら、ついてきな……おおっと!」

 軍用ジープの搭載機銃とバイク兵の手にしたサブマシンガンが、銃口から火花を散らす。ナオミは真鍮色に輝く車体を大きく横に倒して、右に左に公道上の走行軌跡を縦横無尽に揺らしながら、銃撃を回避する。

 現在、グラトニア帝国は有事下だ。民間人にも外出制限が施行されているのだろう。街のメインストリートにも、人通りは少ない。とはいえ、まったく無人というわけではない。

 なにも知らない一般車両が、ナオミの正面から突っこんでくる。赤毛のバイクライダーは、後方からの掃射をかわすように鉄馬を跳ねさせ、ボンネットを踏み台にしてさらに高くジャンプする。

 赤毛のバイクライダーの犠牲になった乗用車は、制動を失いスピンしながら、帝国軍の追跡部隊の軍用ジープとバイク数台を巻きぞえにして停止する。

「グッド。上出来だろ。悪いが、ウチはそうそう簡単には捕まらないよ」

 真鍮色の車体が着地すると同時に、ナオミは小さくガッツポーズする。擱座し、爆発炎上した車輌群のなかから、1輌のバイクが飛び出してくる。

「へえ、少しは骨のあるヤツもいたもんだろ。グッド、相手になってやるよ。」

 生き残りのバイク兵は、一直線に加速すると赤毛のバイクライダーの真横につける。左手に握った軽機関銃をかまえ、引き金を絞ろうとする。

 ナオミは、魔銀<ミスリル>製のハルバードの柄を振るい、サブマシンガンをはじき落とす。帝国兵は臆することなく車体を横寄せして、体当たりをしかけようとする。

──キキキイィィ!

 耳障りな金属音が、ビル街の狭間に響く。アスファルトのうえに、赤い火花が飛び散る。赤毛のバイクライダーは急ブレーキをかけて、相手の道連れ上等のタックルを回避する。

「……ぐブぁ!?」

 ほぼ同時に、帝国軍のバイク兵がうめく。交錯の瞬間、ナオミは槍斧に巻きつけた鎖を相手の身体に絡みつけていた。赤毛のバイクライダーは、スロットルをひねり、蒸気エンジンの回転速度を増す。

 灰色の都市迷彩色に塗られた二輪車を、真鍮色の鉄馬が追い抜く。帝国軍のバイク兵は、鎖に引っ張られ、転がるように路上へ落下する。

 赤毛のバイクライダーは十字路をカーブし、さらに相棒の鉄馬を加速させる。都市の中心部に設置された街頭モニターに、壮年の男の顔が映し出されている。

 ナオミは、眉をしかめる。気にくわないタイプの男だ。イクサヶ原にいたころも、よく見た。自分は安全圏でふんぞりかえって、顎先で部下を死地へ向かわせるような──

『精強なる帝国軍所属の諸君、そして親愛なる臣民の皆さま。偉大なる侵略事業への全面的な協力、我らがグラー帝に代わって感謝を申しあげます。現在、グラトニアの戦力は、各方面における反乱分子の制圧を順調に進めており、御安心いただけますよう……』

「バッド。プロパガンダ放送ってやつか? よくもまあ……脂ぎった顔で、すらすらと口先ばかりの美辞麗句が出てくるもんだ。とんだスカシ野郎だろ」

 追突しそうになった一般車両をかわしつつ、ナオミは露骨な舌打ちをする。こめかみに軽く、不快な頭痛を覚える。街頭モニターのすみには、『陳情員アウレリオ・コンタリオ議長』と表示されている。

「……なるほど、このスカシ野郎がターゲットってわけだ。ま、そっちはシルヴィの仕事だ。ウチは、せいぜい派手に走りまわるだけだろ。ん──?」

 赤毛のバイクライダーは、視線を路上に下げる。右折するつもりだった交差路に装甲車が集まり、その鈍重な車体をバリケードにして進路を封鎖している。

「グッド、そしてバッド。なんだかんだ言っても、正規軍ってわけか。なかなかに動きが早いだろ」

 冷静な口調でつぶやいたナオミは、十字路よりも手前で思い切りハンドルを曲げる。フルオリハルコンフレームの車体が角のビルに突っこみ、蒼碧に輝くハルバードの穂先が窓ガラスをたたき割りつつ、その1階へ乗り手ともに踊りこんだ。

【侵入】

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