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【第2部25章】陳情院議長暗殺計画 (2/8)【侵入】

【目次】

【撹乱】

『こちら、ヴィント隊! 目標を見失った……』

『ズィルバ隊だ! ターゲットと会敵……至急、増援を……』

『……エアスト隊、なにがあった。応答せよ……!』

 迷彩柄のジャケットに身を包んだシルヴィアは、ぴんと立てた狼耳を導子通信機に押し当て、傍受した帝国軍の通信に耳を澄ます。

 ざりざりという雑音に混じって、兵士たちの慌てふためく声がひっきりなしに聞こえてくる。獣人娘は、満足げにうなずき、通信機を懐にしまう。

「ナオミの陽動が、上手くいっているようだな」

 立ちあがりながら、シルヴィアはつぶやく。場所は、都市の地下を流れる下水道の一角。鋭敏な嗅覚を持ちあわせた獣人にとっては不快きわまりない悪臭の満ちた環境だが、ミッションのためなら仕方がない。

 シルヴィアは、足元に置いていたウェポンコンテナを担ぐ。箱のなかには、旧セフィロト社の元スーパーエージェントである彼女が考え得る、およそすべてのシチュエーションに対応可能な携行銃火器が詰めこまれている。

 狼耳の獣人娘は、下水道の壁に設けられたはしごをつかみ、力強く登っていく。ドクター・ビッグバンとその孫娘が解析し、割り出した、指定ポイントだ。

 天井のマンホールを押し開けると、ビル内部の地下室に出る。迷うことなく、足音を立てることなく、シルヴィアは廊下へと進む。

「──ッ!?」

 薄暗い通路に出ると、重武装の獣人娘の姿に目を丸くする職員らしき男と鉢あわせとなる。シルヴィアは相手が声をあげるよりも早く、よどみない動きで腰のホルスターからサイレンサー付きの拳銃を引き抜く。

 ぱしっ、と針を打つような音がかすかに響き、職員らしき男は床に倒れこむ。狼耳の獣人娘は、手慣れた仕草で死体を物陰に隠す。男のネームプレートから、この建物が放送局ビルであることがわかる。

 シルヴィアは、しばし物言わぬ屍とともに物陰で息を潜める。地下室という場所もあるだろうが、ほかの人間が近づいてくる気配はない。

「……やはり、ナオミの陽動が効いている。職員の注意も、ビルの外へ向いているようだな」

 狼耳の獣人娘は、物音を立てない足取りで身を屈めながら通路を前進し、階段へと行きつく。生得の鋭敏な語感を張りめぐらせ、警備兵はもちろん、一般職員との接触も可能なかぎり避けながら上階を目指す。

 どうしても会敵を避けられないときは、相手の反応を許さず、無音のままに殺害する。道すがら、適当なポイントにC4爆弾を設置し、導子信管をセットしていく。

 ドクターとララのハッキングと情報分析によれば、この放送局にはグラトニア帝国の政治機関である陳情院、そのトップであるアウレリオ・コンタリオ議長が前線の兵士たちに向けて戦意高揚のプロパガンダ放送をおこなっている。

 それだけならば、侵略国家ならば、よくありそうな話だ。しかし白衣の老科学者の注意を引いた、奇妙な点がいくつかある。

 まず、陳情員議長によるプロパガンダは収録ではなく、ライブ放送によっておこなわれている。しかも、1日に5回もだ。

 戦時であれば余計に、行政の長の仕事も忙しかろう。にもかかわらず、アウレリオ議長は、この放送局のスタジオに缶詰となっている。

 以上の理由を以て、この政治放送には帝国にとって単なるプロパガンダ以上の重大な意味合いを持っている可能性が高い──ドクター・ビッグバンは、結論づけた。

 ララの簡易解析によって、プロパガンダ放送を乗せた導子通信から特異的な波長が検出されたことも、老科学者の推論を裏付けた。

 かくして、シルヴィアはナオミとともに、この前線都市へと乗りこんだ。移動中の打ちあわせ通り、赤毛のバイクライダーが市街地で帝国兵の注意を引いているうちに、狼耳の獣人娘が陳情院議長を捕縛、かなわない場合は殺害する。

 通常の3倍ほどの時間をかけて、シルヴィアは放送局ビルの10階に到達する。メインスタジオのあるフロアだ。狼耳の獣人娘は、階段の影から廊下の様子をうかがう。

 見える範囲で、防弾ジャケットにバイザー付きヘルメット、サブマシンガンを装備した警備兵が3名。ビル内を巡回していた者たちに比べると、あきらかに重武装だ。

「この階で間違いなさそうだな……よし」

 シルヴィアは、階下のあちこちに設置してきたC4爆弾を同時にに遠隔起爆する。轟音とともに、放送局ビルが大きく揺れる。

「なにがあったァー!?」

 3人の重武装警備兵たちが、いっせいに浮き足立つ。リーダーらしき男が、状況を確認しようと導子通信機を手にとる。狼耳の獣人娘は、ほぼ同時に手榴弾のピンを抜き、廊下へと投げこむ。

──ブシュウウゥゥゥ!

「うわっプ!?」

 グレネードから噴き出した白煙が通路に充満し、警備兵たちは口元を押さえる。ただの目くらましではない。導子攪乱チャフスモークだ。たちまち通信機が機能不全に陥る。

 シルヴィアは、風のように白煙のなかへと踊りこむ。両手でコンバットナイフを引き抜き、見る間に警備兵たちの頸動脈を斬り裂く。

「カ……はッ!」

 目くらましが薄くなるなか、3人の男が首もとから鮮血を噴き出させながら、床に倒れ伏す。

 狼耳の獣人娘はコンバットナイフを収め、ウェポンラックのなかからサブマシンガンを取り出すと、メインスタジオの扉を乱暴に蹴破る。

「フリーズ!!」

 あらんかぎりの声をシルヴィアが張りあげると、スタッフの視線がいっせいに侵入者へと向けられる。狼娘の獣人娘は、いままさにライブ放送の撮影に臨んでいるステージ上の男へ対して、サブマシンガンの銃口を向けた。

【議長】

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