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【第2部26章】ある導子学者たちの対話 (2/16)【別働】

【目次】

【艦橋】

「ところで、おじいちゃん。格納庫から持ってきた、それ、なあに?」

「ミュフハハハ! よいところに目を付けた。気になるかナ、ララ?」

 孫娘の問いかけに対して楽しそうな笑い声を返したドクター・ビッグバンは、キャリーバッグの持ち手から指を離し、トランクを床に置く。

 白衣の老科学者は、ひざを曲げて身をかがめると、旅行カバンを開ける。やや大きめである以外は、ありふれたデザインのトランクの内部には、外見とは裏腹に複雑怪奇な機械回路が詰めこまれている。

 中央のシリンダー型装置が、緑色の光を明滅させている。ララは、大きく両目を見開いて中身を覗きこむ。

「わあっ! 真ん中のこれ、マナ・バッテリーということね? それと、周りのシステムは……」

「なんとなればすなわち、さすがはこのワタシの孫娘。よくぞ、一目で見抜いたかナ」

 好奇心を全身からあふれ出させるララの純真無垢な反応に、満足げなうなずきを返しながら、白衣の老科学者は言葉を続ける。

「これは、次元転移ゲートの発生装置を動力源と一体化のうえで小型化したものだ。マナ・バッテリーには、デデズモントの持っていた『世界樹の種』から得られた導子力を充填してある。これを使えば、あと1回だけ、個人用の転移ゲートを展開できるかナ」

 ドクター・ビッグバンの言葉を聞いた少女は、満面の笑顔から一転、表情をくもらせる。無言の数秒のうちに孫娘の心情を悟った老科学者は、トランクをたたんで立ちあがる。

「なんとなればすなわち、おそらくはララの考えているとおりかナ。これから『塔』の機能と目的を知るために、このワタシが直接内部へと転移<シフト>する。その正体を暴き、必要かつ可能であれば機能停止、もしくは自壊を試みる……」

「でも! でも、おじいちゃん……1回しか転移<シフト>できないなら片道通行になっちゃうし、そうでなくても、敵の本拠地なわけだから、たくさん兵士とかもいるだろうし……そうだ! アサイラおにいちゃんにも、一緒に行ってもらえば……」

「それは、だめだ」

 両手を振りあげて必死に自分の意見を述べたてるララに対して、静かに、しかし断固とした意志とともに首を横にふる。

「なんとなればすなわち、ララの予想どおり『塔』の内部には、なにが待ち受けているかわからない。だからこそ、誰かが先行して、情報を得なければならない。アサイラくんと同行して、共倒れになろうものなら、それこそリカバリーは利かなくなるかナ」

 弁舌なめらかなしゃべり口で、ドクター・ビッグバンは孫娘の反論を封じる所見を述べる。白衣の老科学者は、赤く光る精密義眼をはめこんだ両目を細める。

(ここまでのグラトニア帝国のやり口には、見覚えがある。なんとなればすなわち……このワタシの予想通りならば、他ならぬ己の手で決着をつけねばならないかナ……)

 ドクター・ビッグバンは、胸中は独りごちる。少女は言葉に詰まりながら、いまにも泣き出しそうな表情になる。かくしゃくたる老人は、にい、と口角を吊りあげる。

「なんとなればすなわち、そんな顔をしないでほしいかナ。グラトニア帝国軍の統制が急速に綻びを見せていることは、ララもよくわかっているだろう。その混乱が、敵の本陣である『塔』の内部へも波及している可能性は、高い」

「うん……そうだけど、でも……」

「ミュフハハハ。心配は無用かナ、ララ。このワタシとて、自己犠牲などをするつもりはないし、そのような段階にもない。十分な勝算があるからこそ、行動に移すのだとも。なんとなればすなわち、今回のためにとっておきの秘密兵器も用意してある!」

 白衣の老科学者は、孫娘をなだめるように左手で頭をなでながら、右手でキャリーバッグの背を、ぽんぽん、と叩いてみせる。「秘密兵器」という言葉に知的好奇心をくすぐられたのか、少女は目を丸くして顔をあげる。

「わあっ! そっちのキャリーバッグの中身は、どんなものなの!?」

「いまは、まだ内緒かナ。なんせ秘密兵器なのだから……とはいえグラトニアの征騎士とも十分に渡りあえる、このワタシの自信作だ!」

「もうっ! おじいちゃんったら、イジワルということね!!」

「ミュフハハハ、安心してほしいかナ! 戻ってきたら、じっくりとララが満足するまで解説してあげるとも!!」

 一時、ララとドクター・ビッグバンは笑いあい、すぐに真剣な表情に戻ると、互いに見つめあう。

「なんとなればすなわち、このワタシが不在のあいだ、ララに『シルバーブレイン』の艦長代理を任せる。現状の進路を維持しつつ、グラトニア帝国の妨害を回避しながら、アサイラくんを無事に『塔』まで送りとどける。できるかナ?」

「うん……ララにおまかせ、ということね……」

「そうだ。導子技術の結晶である本艦は、このワタシ以外では、ララでなければ性能を十全に引き出すことはできない」

 わずかなのあと、ためらいがちに少女は首肯する。白衣の老科学者は力強くうなずきを返すと、自分がかぶっていたキャプテン・ハットを手に取り、孫娘の頭上に乗せる。

「それでは、少しばかりの別行動かナ……なに、すぐに合流しよう。ララ、十分に気をつけて」

「たたっよたったた……おじいちゃんのほうこそ、ということね!」

 にい、と孫娘に笑いかけたドクター・ビッグバンは、遠隔操作で個人用次元転移ゲートを展開する。耳障りな高周波音とともに、緑の光を放つ楕円形の門が、ブリッジの室内に現れる。

 ララに背中を見送られながら、白衣の老科学者はキャリーバッグを手に取り、次元転移ゲートのなかへと、かくしゃくたる歩みで足を踏み入れる。刹那、緑色に輝く楕円が無数の光の粒に分解すると同時に、ドクター・ビッグバンの姿は消失した。

【旧知】

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