見出し画像

【第2部19章】終わりの始まり (8/8)【演武】

【目次】

【失落】

「オラオラオラー! ほかの氏族におくれをとるなアァァーッ!!」

「ヨーソロー、面舵いっぱい! 戦乙女どものの目にものを見せてやれ!!」

「抜かるなよッ! 故郷の空を取り戻す、またとない機会だ!!」

 凍海のうえに、ドヴェルグたちの怒号が響きわたる。水面に白波をたてる船団が、氷山のごとく海に浮く天空城へと迫っていく。地底の住人たちが走らせるのは、大海竜狩りに用いられる鉄製の漁船だ。

 この次元世界<パラダイム>最大の巨体を誇る魔獣をしとめるために、船体中央には大型のバリスタが設置され、矢の代わりに鎖付きの魔銀<ミスリル>製の銛がつがえられている。

「いまだー! 撃てえぇぇ──ッ!!」

 戦闘の船のリーダーが号令をかけると、魔獣狩りに使われる巨大な銛が一斉に発射され、天空城の基部となっている岩盤に深々と突き刺さる。

「よおし、いいぞー! 巻き取り、急げーッ!!」

「アイアイサー!!」

 船員たちが総出で、巨大な車輪をまわす。銛につながった鎖が巻き取られ、逆に船体は浮遊城へ引っ張られていく。

 戦乙女の士気は、すでにくじけている。尖塔から弓矢による迎撃こそあるものの、その規模は散発的で、狙いも甘い。

 対するドヴェルグは勝ち戦に熱狂し、意気軒昂だ。船と天空城のあいだに、ぴんと張った鎖を足場として、次々と仇敵の拠点へと乗りこんでいく。

「征騎士ライゴウさま。ドヴェルグたちが、浮遊城への突撃を開始しました。目視はできませんが、白兵戦に移行した模様」

「なに……もはや勝負の見えた戦ってことよ」

 海岸線から甲冑型パワードスーツのバイザーに内蔵された望遠機能で、ドヴェルグたちの攻城戦を様子を確認し、諸肌をさらす征騎士に報告する。

 ライゴウは腕組みし、無表情のまま、僚兵の言葉を聞き流す。海岸線の戦いに快勝し、その勢いに乗る地底の住人たち。さらに、その半数は士気に影響されない『脳人形』だ。

 対するヴァルキュリアは状況を把握できぬまま、戦力のほとんど絞り出されたあげく、なんの戦果も得られぬまま自陣へと踏みこまれた。もはや、質、数ともに劣っている状況だ。逆転の策など、期待できようはずもない。

 地上部隊が戦乙女の主力を相手取るうちに、漁船による海上戦力が天空城へと乗りこみ、敵拠点を陥落させる。これが白衣のプロフェッサーの用意したシナリオだった。

 現状は、百点満点を越えるほど、理想的に動いている。ライゴウはじめ、グラトニア帝国の戦力が、これ以上手を出す必要がないほどだ。

「これも、技術局長どのの立案した計略のおかげってことよ……」

 屍の山を築いたスモウレスラーは、帝国のブレインの肩書きをつぶやく。

 海を挟んで、うっすらと剣戟の音が聞こえてくる。やがて、失墜した城塞から幾筋もの黒煙があがる。ドヴェルグに追われ、凍原に逃れようとする戦乙女の小さな影が飛び立っていく。

「ぎりぎり、『失落演武<フォーリンガン>』の範囲内か……?」

 ライゴウは腰を落とし、四股を踏もうとして……やめる。

「なに……陛下の勅命は、天空城の撃墜まで、ってことよ。ここまででも、働きすぎたくらいだ……」

 城から響きわたるドヴェルグたちの勝利の雄叫びが、海岸線まで届く。決着は、ついた。地底の住人がなにも知らないまま、グラトニア帝国は完全に目的を達した。

 ライゴウは、最終局面に動員されただけだが、皇帝直下の征騎士たちはこの次元世界<パラダイム>にずいぶんと手こずらされた。

 カマルク氏族のドヴェルグとの交渉は難航し、担当していた征騎士ロックは『イレギュラー』に首を落とされて死にかけ、ヴァルキュリアの天空城への攻撃は帝国最新鋭の兵器をもってしも効果は薄い。

「まさしく、難攻不落とはこのことよ……」

 ライゴウは、目を細める。地底の住人たちが、上天に居座る戦乙女たちを目の仇にしていたのもよくわかる。遺恨抜きにしても、地理的な有利不利が大きすぎる。

 今回の作戦決行直前におこなわれたブリーフィングにおいて、白衣のプロフェッサーは、もし『失落演武<フォーリンガン>』が通用しないのであれば、ICBMで高々度から核を撃ちこむしかないだろう……と言っていた。

 イクサヶ原出身のスモウレスラーにとって、技術局長の言葉が意味するところはさっぱりだったが、剣呑な雰囲気だけは伝わってきた。

 この次元世界<パラダイム>をグラトニア帝国の版図に組みこんだとしても、ヴァルキュリアと天空城が健在である限り、目のうえのたんこぶとなり続けたに違いない。

「とはいえ……虐殺であることにかわりはない……ってことよ」

 死体にまぎれての奇襲を警戒して、見渡すばかりの戦乙女の屍のクリアリングを開始した帝国兵たちの耳に、ライゴウのつぶやきは届かない。

 スモウレスラーは、鎮魂するかのように、身を清めるかのように演武を舞い始める。かつて故郷のイクサヶ原において、興行におもむいた村々で、豊穣祈願として奉納したものだ。

 凍原にふたたび白い雪が降りはじめるなか、ライゴウの顔にいかなる表情が浮かんでいるかはうかがえない。筋骨隆々とした男の両手両足は、ヴァルキュリアたちの血で赤く染まっていた。

【第20章】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?