【第2部19章】終わりの始まり (7/8)【失落】
【張手】←
「貴様……我々の姉妹を、よくも……ッ!」
別の女の悲痛な叫び声を聞きとめたライゴウは、悠然と振りかえる。地面に叩きつけられたヴァルキュリアが、折れた四肢や双翼を奮い立たせ、よろめきながら起きあがる。
ひとりだけではない。全体の3割り前後は、まだ戦意を喪失していない。スモウレスラーは、ほう、と感心したように白い吐息をこぼす。
「武人の一族、という前評判は伊達ではないことよ。だが……すでに時間いっぱいだ」
──ウオオォォォ……ッ!!
ライゴウの言葉をさえぎるように、内陸側から雄叫びが響く。スモウレスラーよりも、戦乙女たちのほうが聞き覚えのある声音だ。
ドヴェルグだ。岩山や断崖の影から、完全武装の地底の住人が、巣から這い出てくる蟻の大群のごとく無尽蔵にあふれてくる。
「なんだと……馬鹿な!?」
ライゴウの『失落演武<フォーリンガン>』によって、したたかに地面に叩きつけられ、地に伏していたヴァルキュリアたちは目を見開く。
「姉妹たちよ……上空へと逃れろッ!」
「なに……逃がしやしないってことよ!」
手負いの戦乙女たちは、とっさに折れた翼を広げ、不格好に羽ばたきながら離陸しようとする。そのとき、すでにスモウレスラーは四股の構えをとっている。
「墜とせ、『失落演武<フォーリンガン>』……どっせい!!」
「……あうッ!?」
雪原からわずかに浮きあがったヴァルキュリアたちは、したたかに地面へと叩きつけられる。大きく態勢を崩した有翼の女騎士たちにドヴェルグが殺到し、手にした斧や鎚を力任せに叩きつける。
最初の墜落の時点で無視できないダメージを追っていた戦乙女たちは、ろくに身動きもとれないまま、瞬く間に全身をずたずたに砕かれる。
比較的、傷の浅かったヴァルキュリアたちは、剣を抜き、槍をかまえ、地底の住人を待ち受ける。とはいえ、数でも、負傷の具合でも、大きく負けている。
ドヴェルグ側はひとりの戦乙女に対して、ふたり一組となり、片方は丸盾を掲げて正面から突っこんでいく。体当たりで態勢を崩したすきに、もう片方が敵の背にまわりこみ、手にした鎖を背中の翼にからみつかせ、強引に引きずりたおしてとどめを刺す。
かろうじて抗戦できるヴァルキュリアを無慈悲かつ効率的に狩りとっていくドヴェルグは、白衣のプロフェッサーが原住民の体格と装備を綿密に検討したうえで導き出した戦闘プロトコルを実行する『脳人形』たちだ。
対する戦乙女たちは、会戦以前に負傷しているうえに、慣れない地上戦を強いられる。反射的に上空へと逃れようとしたものならば、ライゴウの『失落演武<フォーリンガン>』にの餌食となり、致命的な隙をさらし、そのまま落命することとなる。
「……あの赤マントのドヴェルグだ! 奴が、敵の要だ!!」
戦乙女のひとりが、大声をあげる。ライゴウは、あきれたようにため息をつく。有翼の騎士たちはスモウレスラーに対して目標を絞り、多少の負傷は承知のうえで強行突破をしかける。
「ドヴェルグじゃあ、ない、って言ったはずだが……なに、その意気は認めてやるってことよ」
先陣を切った血まみれのヴァルキュリアが、あと一歩でライゴウへ魔銀<ミスリル>の槍を突き立てる。そう思われた瞬間──
──ズガガガッ!
重い銃声が、凍原に響きわたる。アサルトライフルによるフルオート射撃だ。スモウレスラーへ決死の突撃を敢行した戦乙女たちが、無数の銃弾に撃ち抜かれる。
ドヴェルグたちの本隊のさらに背後から、甲冑型パワードスーツに身を包み、高度な技術<テック>兵器を装備したグラトニア帝国兵の一団が現れる。
甲冑兵たちは、ヴァルキュリアと空を分断するように、地上数メートルの高度に弾幕を展開しながら突撃してくる。追い打ちとなるグラトニアの兵力の参戦で、有翼の騎士たちの敗色は確定的なものへと変わっていく。
ライゴウは、自身の周囲の敵を帝国兵に任せ、海上に墜落した天空城へ注意を向ける。数は少ないが、残存戦力が城を飛び立つのが見える。
海岸線での戦いが壊滅的な状況となったことを認めた、決死隊であろう。もはや出し惜しみする余地はないということなのか、ヒポグリフ騎兵の数が多い。
「空は自分たちの土俵ではないことをまだ認められないのか、はたまた他の手が見あたらないのか……なに、おれのやることは変わらないってことよ」
甲冑兵たちに護衛されつつ、ライゴウは力強く四股を踏む。はじめと同じように、ヴァルキュリアの一団は海中へと沈む……いや、違う。
「……背中に羽を生やしてはいるが、頭の中身まで鳥じゃあなかったか」
スモウレスラーは、少しばかり感心したようにつぶやく。『失落演武<フォーリンガン>』によって着水したヒポグリフの鞍を踏み台にして、乗り手の戦乙女が自らの翼でふたたび離陸し、海岸線を目指す。
ライゴウは無表情のまま右手をあげて、僚兵に合図を送る。甲冑兵たちは背中に担いでいた大型グレネードランチャーをかまえ、引き金を絞る。
──バシュウゥゥ!
白煙の尾を描きながら放物線を描く擲弾は、低空飛行する戦乙女たちの頭上で破裂する。内側から広がったのは、ワイヤーネットだ。
鋼線の網がヴァルキュリアの翼にからみつき自由を奪うと同時に、高圧電流が青白い雷光を放つ。全身を焼かれながら、有翼の騎士たちは決死の覚悟もむなしく、氷海へと落下していく。
戦術を考案した白衣のプロフェッサーは、よく言えば冗長性を重んじ、悪く言えば偏執的だ。ライゴウという個人の転移律<シフターズ・エフェクト>のみに頼る作戦を実行に移すようなことはしない。
電磁ネットグレネード。対ヴァルキュリアとして携行対空ミサイルの効果が薄かった強行偵察の結果をもとに導き出した、プロフのもうひとつの結論だ。
もはや、天空城は戦力を吐き出し尽くした。ライゴウは、そう判断し、身をひるがえして地上の白兵戦に加わる。足元の雪が一瞬で蒸発するほどの踏みこみと、戦車砲のごとき威力の張り手が、戦乙女の頭蓋を粉砕する。
スモウレスラーの異能、帝国兵の近代兵器を抜きにしても、残されたヴァルキュリアに離陸する余力は残されていない。次第に、抗戦も弱まっていく。
ふたつの種族間の戦闘が、ドヴェルグ側の一方的蹂躙に変わるまで、さほどの時間を必要とはしなかった。ライゴウが立つ白い雪原は、戦乙女たちの亡骸からあふれた血を吸い、いつしか赤一色に変わっていた。
→【演武】
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