【第2部11章】地底にある星 (11/16)【騎手】
【立案】←
「エドヴィルおじさん! 地図の情報だと、この車庫から敵の居場所まで線路がつながっていることになっているけど、間違いないということね!?」
「んむ。その通りたんな。証拠に、ほれ」
初老のドヴェルグが、前方を指さす。反響する銃声が聞こえてくる。一同ととも地下通路を走り抜けながら、ナオミは顔をしかめる。
「敵が来ているってことは、道がつながっているってことだが……このまま進めば、はちあわせだろ!」
「もしそうなったら、こちらに任せるのだな。状況は最悪だが……兵員一人一人の練度は、それほどでもない!」
ナオミの悪態に対して、戦闘を駆けるシルヴィアが力強く声をかえす。やがて一行は、トロッコの線路に出る。
「やはり……いたのだな!」
シルヴィアが、叫ぶ。レールが敷かれた勾配のきつめな坂の下から、サブマシンガンを手にしたドヴェルグが登ってくる。数は、三人。
先頭のドヴェルグが無警告で、銃口を向ける。狼耳の獣人娘は慌てる様子なく、足元に転がった大きめの石を敵に向かって蹴り飛ばす。
シルヴィアの蹴りつけた石は、風切り音を立てて飛び、先頭のドヴェルグの顔面へしたたかに命中する。それだけではない。
「……『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』だな!」
拳ほどの大きさのつぶては、接着剤でもついているかのようにドヴェルグの目元に張りつき、離れない。
思わぬ衝撃にくわえて視界をさえぎられ、陣頭のドヴェルグは後ろ向きに転倒する。サブマシンガンの照準がずれ、明後日の方向に銃弾がばらまかれる。
「こっちたんな! こっちからも、まわりこめる!!」
エドヴィル族長が、声をあげる。線路にそったルートではなく、岩壁に開いた横道のなかへとナオミとララをを誘導する。
倒れこんだ味方に進路をふさがれてもたつくドヴェルグたちを確認すると、シルヴィアもそのあとに続く。エドヴィル族長が、最後にわき道に潜りこむ。
「ぬぅんッ!」
初老のドヴェルグは、手にしたピッケルで入り口の角を叩く。崩落の仕掛けが発動し、土砂が穴をふさぎ、襲撃者たちの追随を封じる。
横道の先には、傾斜のきつい階段が造られている。ドヴェルグの身長にあわせた天井に頭をぶつけぬよう、ナオミとシルヴィアははしごを登るように進んでいく。
やがて一同は、反撃作戦の基点──トロッコの格納庫へたどりつく。何本もの線路が並び交差する奥に、幾台もの箱型の車両が並んでいる。
「しかし……トロッコで敵の防衛線を突っ切るなんて、あのヤロウも想定しているだろ。だいじょうぶなのか?」
「こちらは問題ないと思うのだな。ララの作戦は、理にかなっている」
ナオミのぼやきに対して、遅れて階段から這い出てきたシルヴィアがまじめな声音出答える。先行して周囲を見まわしていたララが、二人に振りむく。
「たたっよたったたた! ぼーっ、としているひまはないということね……ナオミおねえちゃんは、壁を砕いて岩のかたまりをたくさん用意して!!」
ララの声に応じるように、エドヴィル族長がかついでいたピッケルを投げて渡す。さっそく、ナオミは天然の岩壁に向かいあう。
「シルヴィアは、ナオミおねえちゃんが砕いた岩をトロッコにくっつけるということね! できるだけ、たくさん!!」
「ん、了解だな」
赤毛の女が投げてよこす岩のかたまりに、狼耳の獣人娘は手のひらを押しつける。手を離すと、そこには黒い肉球型のスタンプが刻まれている。
刻印側をトロッコの側面に押しつけると、岩は接着剤か磁石のように固着される。シルヴィアのシフターズ・エフェクトである『狩猟用足跡<ハンティングスタンプ>』だ。
「エドヴィルおじさんは、ワームエンジンのセットアップをお願い!」
「もちろんたんな。準備が出来次第、わしゃ、いつでも行けるぞ」
「冗談はよしてくれ、エドヴィルの叔父貴。仇討ちの気概はわかるが、行くならウチに決まっているだろ?」
つるはしを黙々と振るいつづけるナオミは、腕まくりした初老のドヴェルグに対して、口を挟む。シルヴィアとララも、小さく肯首する。
「しかし、おぬしさま。トロッコの運転の仕方は……」
「族長どの。ナオミは、さわっただけで操縦方法がわかるのだな」
目を丸くし、何度もまばたきするエドヴィル族長の言葉をシルヴィアがさえぎる。ララもまた、言わずもがな、といった様子だった。
「シルヴィの言うとおりだろ。『万能運転手<マイティ・ドライブ>』、それがウチのシフターズ・エフェクトだ」
「ぬう……」
「この手でさわれば、どんなアクセルでも開く。ララみたいに考える人間がいるなら、ウチみたいに突っこむ人間も絶対に必要だろ」
自分以上の適任者はいない、と言わんばかりのナオミの圧に初老のドヴェルグは黙りこみ、格納庫の奥へとワームエンジンの芯棒を取りに行く。
そのあいだも、赤毛の女と狼耳の獣人娘は口を開かずに作業を進める。やがてエドヴィル族長が戻ってきて、動力機関に部品を接続する。
──チュインッ!
鋭い音が洞窟に反響したかと思うと、岩天井に銃弾があたり、飛礫が飛び散る。
「サブマシンガンの流れ弾だな! 敵が近づいている!!」
「ま、これだけデカい音を立てて岩を砕いているんだ。気づかないほうが、無理あるだろ……ララ、まだ必要か!?」
「んん……もう十分、ということね! ナオミおねえちゃんのほうは、大丈夫!?」
「ちっとばかり、肩と腕が疲れたかな……ま、イクサヶ原の合戦にくらべりゃ、チョロいもんだろ」
ナオミは、ピッケルを投げ捨てて振りかえる。巨大な岩のかたまりのようになったトロッコへ、エドヴィル族長と入れ替わるように飛び乗る。
「シルヴィアとエドヴィルおじさんは退がって……ナオミおねえちゃん、発進ということね!」
ララの声に応じて、赤毛の騎乗者はエンジンレバーを握る。脳裏に伝わってくる直感に従って、操縦桿を引く。動力が、車軸に接続される。
「グッド……シンプルだが、しっかりとしたエンジンだろ」
金属のこすれる音を響かせながら、トロッコがゆっくりと動き出す。同時に、サブマシンガンを手にしたドヴェルグたちが、格納庫をのぞきこむ。
ナオミは車両のなかに身を隠したまま、トロッコを前進させる。落石のように線路のうえを転がる車両が、襲撃者をはねとばす。
「バッド……!」
ナオミはわずかに頭を出して、後方の様子をうかがう。加速が不十分で、大したダメージにならなかった。
狼藉者のドヴェルグたちは、転倒状態からすぐに身を起こす。サブマシンガンをかまえて、トロッコを狙う。
「……ナオミおねえちゃんを、全力で援護ということね!」
格納庫から坑道に、少女の黄色い声が反響する。同時に、無人のトロッコが何台も線路のうえをすべり、襲撃者に次々と衝突する。
苦し紛れのような、フルオート射撃の銃声が聞こえる。じょじょにトロッコは速度を増し、格納庫が遠のいていく。
車両がトンネルの闇のなかに突貫していく。トロッコのなかで体勢を整えたナオミは、後方の仲間たちの無事を祈りつつ、自分自身の覚悟を決めた。
→【銃架】
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