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【第2部11章】地底にある星 (10/16)【立案】

【目次】

【通告】

「エドヴィルの叔父貴! いまの声、聞こえていただろ!?」

「うるさすぎて、耳が痛いくらいだったんな」

 初老のドヴェルグは顔をあげ、ララが心配そうに駆けよってくる。ナオミは、ぼりぼりと赤毛のショートヘアをかく。

「バッド……どうしろってんだ。敵は、すぐにこの部屋まで踏みこんで来るだろ」

「とりあえず、なるたけ時間はかせぐたんな。ほれ」

 エドヴィル族長は、部屋の奥に立てかけてあったピッケルをナオミに投げ渡す。赤毛の女は、初老のドヴェルグを見返す。

「すまんが、もう一度、玄関のところまで行っとくれ。そのつるはしで、扉の角を思いっきり叩くたんな」

 ナオミはうなずくと、初老のドヴェルグの指示に従い、きびすをかえす。大通りにたどりつくころには、赤毛の女にも敵の足音がはっきり聞こえてくる。

 ピッケルを振りかぶった瞬間、ナオミとわき道をのぞきこむドヴェルグの目があう。その手には、サブマシンガンのグリップがにぎられている。

「バッドすぎるだろ……ッ!」

 抵抗の心配が無くなったためか、敵の進軍が速い。赤毛の女はなかばやけ気味になって、つるはしを通路の角に力いっぱい叩きつける。

──ドザザザアアァ!

 小さな崩落が発生し、わき道の入り口を土砂がふさぐ。ナオミはバランスを崩し、尻もちをつく。少し遅れて、自分と敵が隔離されたことを理解する。

 がれきに埋もれた通路の向こう側から発砲音が反響し、貫通できないと見て数度、蹴りつけられたあと、足音が離れていく。

「グッド。なんだかわからんが、助かっただろ……!」

「戦争時代のしかけたんな! 万が一、敵が街まで入ってきたときのための……」

 天井の低い廊下ごしに反響する、エドヴィル族長の声が聞こえる。土埃にまみれたナオミはピッケルをつかみなおすと、ほうほうの体でもと来た道を引きかえす。

「……とはいえ、ここもそう長くは保たないのだな。あちらも、いずれは突破するか迂回するかしてくる」

 部屋に戻ったナオミが顔をあげると、思案顔のシルヴィアが目に入る。その険しい表情が、状況の厳しさを物語る。

「エドヴィルの叔父貴。ここは時間を稼いでいるうちに、逃げるところだろ。命あっての物種ってやつだ」

「それは、できない相談たんな」

 土埃を払いながら立ちあがるナオミに対して、初老のドヴェルグはさも当然といった様子で返答する。

「わしゃ、ビョルン族の長たんな。人質になった同胞を見捨てるわけにはいかないし、自分たちの土地の蹂躙も見逃せない」

 エドヴィル族長は静かな、しかしはっきりとした声音で言い放つ。その言葉には、鋼鉄のような強靱な意志の力が宿る。

「ララたちも、ここで逃げたら魔銀<ミスリル>が手には入らないということね!」

 初老のドヴェルグに同調するように、少女もぴょんぴょん跳ねながら自己主張する。ナオミは、なかばあきれたように肩をすくめる。

「気概はグッドだが、状況はバッドだろ……ま、ウチらにしても、ララの言うとおりか……」

 さきほどの大通りとは別の方向から、反響する銃声が聞こえてくる。小さな悲鳴が混じる。ビョルン氏族の長は、拳を握りしめて立ちあがる。

「待て、族長どの! サブマシンガンに生身で立ち向かうなんて、みすみす死にに行くようなものだな!?」

「止めてくれるな……同胞が武器に作り替えられて、同胞を殺しとる。わしゃ、黙っておられんたんな」

「待って、エドヴィルおじさん! 坑道の地図とかない? ララたちと敵の位置関係がわかれば、なにか作戦が立てられるかもしれない、ということね!!」

 シルヴィアの制止を振り切り、一人でも丸腰でも敵に立ち向かわん、と静かな憤怒をたぎらせていた初老のドヴェルグは、孫娘のような少女の言葉で我に返る。

 エドヴィル族長は部屋のすみの本棚に向かうと、背を伸ばして古ぼけた手帳をつかむ。ララが、すぐ横に駆けよる。

 長年の採掘活動の蓄積であろう、たくさんのメモが書きこまれた地図帳だ。初老のドヴェルグは、ぱらぱらと項をめくり、現在地点を少女に示す。

「わしらは、いま、ここにいるたんな」

「さっきの銃声が聞こえたのは?」

「こちらたんな」

「シルヴィアも来て! 敵のだいたいの位置、推測できる?」

「こちらが聞き取った方角は……こっちだな」

「ならば、おそらくこのあたり……氷床とつながる一本道の坑道で、わき道や迂回路はない場所たんな」

 ララが手渡したペンで、エドヴィル族長は新しい情報を次々と書き加えていく。ララは、迷路のような地下街の構造を凝視する。

「それじゃあ、最後にもうひとつ。ここから一番近くのトロッコの車庫は?」

「ここたんな」

 初老のドヴェルグは、居住区のすみにある地点にペンで丸をつける。情報を確かめたララは、あごの下に人差し指をあて天井を見つめながら、沈思黙考する。

 次元跳躍艇を独力で設計するほどの桁違いな知性が、少女の頭のなかで高速回転していることが、ナオミにもわかる。一同は、息を呑んでララの結論を待つ。

「ひとつ……試してみたい作戦があるということね!」

 少女は視線を落とし、自身を囲む仲間たちを見まわす。その口元には、パズルの最後のピースがはまったときのような笑みが浮かんでいた。

【騎手】

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