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【第2部13章】少年はいま、大人になる (9/16)【径庭】

【目次】

【天稟】

「組み立てろ、機改天使<ファクトリエル>ッ!」

 少年は、己の足元に倒れ伏す近衛兵の心臓へ剣の切っ先を突き立てる。刀身から微細なマニピュレータ群が伸び、甲冑兵の肉体に絡みつく。

 フロルの転移律<シフターズ・エフェクト>の犠牲となった近衛兵の身体が、粘土のようにゆがみ、工業製品のごとく整形されていく。

 グラー帝は表情を動かすことなく、その過程を眺めていた。やがて甲冑兵の肉体は、大型バイクへと造りかえられる。

 少年は、鉄馬の背にまたがる。アクセルをまわす。材料となった人間の導子力──生命のエネルギーを燃料として、エンジンが動き出す。

「うおおぉぁぁ──ッ!!」

 フロルの雄叫びとともに、二輪駆動の大型バイクが赤茶けた岩石のうえを疾走する。速度を増し、風を切り、腕組みしたまま微動だにしない皇帝の姿がぐんぐん近づく。

──グゴンッ!

 少年の駆る鉄馬は、ウィリー走行で偉丈夫の身体を轢く。大きな岩に乗りあげたような感覚に突きあげられつつ、大型バイクは走り抜ける。

 がたがたと揺れる車体を制動しながら、フロルはブレーキをかけ、背後を振りかえる。五メートルほど離れて、グラー帝の姿が見える。

「嘘だろ……」

 少年は、呆然とつぶやく。二本の足で直立したまま、皇帝はフロルに背を向けている。上半身にまとった赤いトーガが破けた以外は、傷らしい傷も見あたらない。

 偉丈夫は、ゆっくりと少年のほうへ身を向ける。フロルは、ふたたびエンジンをふかす。左手でハンドルを制御し、右手で異形の剣の柄を握りしめる。

「とおぁぁうりゃあおぁぁぁ!!」

 グラー帝の首を狙い、大型バイクの速度と馬力も乗せて、力の限りバスタードソードを振るう。対する偉丈夫は、避ける素振りはおろか、防御の仕草すらとらない。

──ガギィン!

 鉄の鋳塊へ向かって剣を叩きつけたような衝撃が、びりびりと右腕に伝わってくる。思わず剣を取り落としそうになりつつ、しびれる手に力をこめて、どうにか振り抜く。

 横をすり抜きざまに、少年は皇帝を一目見る。あいかわらず涼しい顔をしている。首が飛ぶどころか、血の一滴すらこぼれた気配はない。

(まだだ、あきらめるな……距離をとって、もう一撃……ッ!)

 フロルがそう思ったとき、がくん、と鉄馬は急停止する。きゃるるるっ、と後輪の空転する音が聞こえる。少年は、とっさに後方を振りかえる。

 アメジストの輝きを放つグラー帝の瞳とフロルの視線が交錯する。偉丈夫の片腕が、大型バイクの後部を無造作につかんでいる。それだけで、鉄馬は前へ進めなくなっていた。

「グオラ──ッ」

「……ぎゃむ!?」

 皇帝は、力任せに腕を振るう。300キログラムはくだらない車体が軽々と宙に浮き、地面へと叩きつけられる。少年は、とっさに運転席から跳びのく。

 フロルは、空中で一回転する。ひしゃげた鉄馬は、『材料』である近衛兵の姿に戻る。着地と同時に、少年は異形の剣をかまえなおす。

 数メートル先、フロルが切っ先を向けたはずの偉丈夫の姿がゆらぐ。地面のうえ、無数の足跡がほぼ同時に刻まれていくのが、一瞬だけ見える。

 次の瞬間、腰を沈めたグラー帝の姿が目と鼻の先にあった。振りかぶった右拳が迫る。

 ぱあんっ、という破裂音が遅れて聞こえてくる。皇帝の右ストレートが、フロルの顔面へ向かって放たれていた。

「─────ッ!?」

 知覚と思考よりも早く、少年の身体は反応していた。手にした剣の側面を盾代わりにして、少年は拳を受け止める。『龍剣』の刀身は、きしみ音を立てつつも耐える。

 これが並の武器であれば、みじんに粉砕していただろう。そして、偉丈夫の打撃が顔面に突き刺さり、両眼球を破裂させ、脳と骨と肉をミンチにしていただろう。

 グラー帝の一撃のあまりの重さゆえに、異形のバスタードソードを支える両手の感覚はない。それでもフロルの剣は、使い手の肉体を守りきった。

 衝撃で、まっすぐ後方へと少年の身は吹き飛ばされていく。原生林のなかに突っこみ、枝と灌木をへし折りながら、古木に背中からぶつかってようやく停止する。

「ぎゃむ……」

 後方の大樹にぐったりとよりかかりながら、フロルはうめく。全身が痛む。葉と苔の青臭い香りが鼻腔をくすぐる。感覚のない右手は、まだ剣を握り続けている。

 かすむ視界の先から、上半身の諸肌をさらす皇帝が、悠々と歩みよってくる。神話上の英雄をかたどった彫像のように均整のとれた偉丈夫の体躯を見て、少年はあらためて畏怖の念を抱く。

「まだ、一発、殴られただけ……なにも、できて、いないんだよ……戦わ、なきゃ」

 フロルは関節という関節が悲鳴をあげる肉体を叱咤して、立ちあがろうとする。身体は言うことを聞かず、逆に弱々しく尻もちをつく。

 うつむく少年の視界に、ふたつの大きな足が見える。顔をあげると、アメジストのごとき眼光を放つグラー帝の姿がある。その威容は、まるで巨人のようにも見えた。

「余の臣民にして、征騎士序列十三位フロル・デフレフ。そして……我が、子よ。満足はしたか?」

 皇帝は、重々しい声音で少年に問う。古樹の根本にへたりこむフロルは、ダメージではなく恐怖で動けない。それでも、弱々しく首を横に振る。自分に嘘をつくことは、できなかった。

「──である、か」

 グラー帝は少しばかり残念そうにつぶやくと、大きく拳を振りあげる。ああ、ここで死ぬんだ、と思いながら、少年は静かにまぶたを閉じた。

【乱入】

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