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【第2部13章】少年はいま、大人になる (8/16)【天稟】

【目次】

【落前】

「ぐあぁぁーッ! いでえ!?」

「アマチャンのナマクラに斬られた気分は、どうだよ。トゥッチ」

 先輩征騎士は、仰向けに倒れこみながら、わめきたてる。フロルは軽やかに着地し、背後のトゥッチを一瞥する。

 コーンロウヘアの男の右肘から先が無くなり、赤く小さな血だまりができている。初めて斬った人の肉と骨の感覚が、少年の手に残っている。慣れることはないだろう、と思う。

「テメエ……クソガキッ! おのれの能力を解除して斬りやがった、これがな!!」

 トゥッチが、霧にかすむ空へ向かって声を張りあげる。心拍数に応じて、出血の量が増す。いけ好かない先輩征騎士の指摘する通りだった。

 フロルの『龍剣』は、『龍剣解放』したあとで利用するため、相手を傷つけることなく解体する。少年はあえて、その能力を封じた状態で斬りつけた。

 倒れたまま口にするのもはばかれるような罵倒を連呼するコーンロウヘアの男を無視して、フロルは装甲オープンカーのほうへ向きなおる。

 運転席では頭痛を抑えるように頭に手を当てる『魔女』の、後部座席には先ほどまでの喧噪すら意に介さぬ様子で鎮座するグラー帝の姿が見える。

「フロル・デフレフ……作戦行動中である。剣を納めて、任務に戻れ」

 ゆっくりと歩み寄ろうとする少年へ向かって、背を向けたままの皇帝が声を放つ。あまりの圧迫感に、フロルはまえへ進めなくなる。過呼吸に陥りかける。己を叱咤する。

「……重ねて申し上げます、皇帝陛下。此度の侵略作戦は、王道に反します。即刻、中止すべきかと」

「疾く済ます、と言ったはずである。汝、それでは不満か?」

「ぐあぁぁいてぇーッ! 死ぬッ、死ぬウ!!」

 十メートルほどの間合いをとって言葉を交わしあう皇帝と少年をしり目に、トゥッチは岩石のうえをのたうちまわる。鎮痛薬入りの高速再生剤アンプルを逆腕で打とうとして、取り落とす。

「征騎士トゥッチ、あなタという男は……」

 状況を俯瞰する『魔女』はあきれたようなため息を深く吐くと、コーンロウヘアの男へ向かって右手をかざす。

 先輩征騎士の横たわる地面に超常の肉坑が口を開き、触手がからみついてトゥッチの肉体をグラトニア本国へ送還する。

「フロル・デフレフ。一言以ておおうのならば……余は国家そのものであり、汝をはじめとする臣民たちの父である」

 厳かな声音で、グラー帝は告げる。少年は圧に押されて後ずさりそうになり、どうにか踏みとどまる。

「余は認めよう、幼き子の反抗を。そして履行しよう、父たる者の義務である……教育を」

 グラー帝の言葉を聞いていた『魔女』は、いぶかしげに口元をゆがめながら、君主の顔をあおぎ見る。

「おそれながら、陛下……征騎士フロルの行為は、明確な背信なので。状況から判断して、いまは放置し、のちほどほかの征騎士に粛正を命じるのが妥当でございます」

「否、エルヴィーナ。一言以ておおうのならば、これは……父たる皇帝の責務である」

 最側近である深紅のローブの女の奏上を、グラー帝ははっきりと拒絶する。『魔女』が、すがるように手を伸ばす。皇帝は、装甲オープンから大地に降り立つ。

 アメジストのような眼光を放つグラー帝の視線が、フロルを射抜く。少年はへその下に力をこめて、耐える。そうでもしなければ、そのまま失神しそうだった。

「トリュウザが汝のことを誉めていたぞ、フロル・デフレフ。天稟がある、と」

 神経を研ぎ澄ます少年とは正反対に、まるで雑談でもするような気さくさで皇帝が語りかける。フロルは思わぬ名を聞いて、一瞬だけ状況を忘れて目を丸くする。

「あの人が……?」

 トリュウザ。征騎士序列一位にして、かつてイクサヶ原最強のサムライと呼ばれた男。フロル同様──少年と違いあの人は正当なものだが──『龍剣』の持ち主でもある。

 序列最下位のフロルにしてみれば天上の人物であり、戦士として憧れる傑物だった。いまここが鉄火場でなければ、少年は舞いあがっていたことだろう。

「ゆえに余は……汝を教育する。有能なる臣下を導くは、為政者の……一言以ておおうのならば、役儀である」

 フロルはその場で大地を踏みしめて、異形のバスタードソードをかまえる。グラー帝は、少年へとまっすぐ近づかず、まったく別の方向へ歩む。

 皇帝が向かったのは、フロルの作り出した装甲車が横転した地点だった。そこに鉄の塊の姿はすでになく、代わりに気を失った近衛兵たちが倒れ伏している。

 グラー帝は、気絶した甲冑兵の一人の前腕をつかむと、無造作に放り投げる。失神した近衛兵の肉体が、放物線を描いて空を舞い、少年の足元へ落下する。

「使え、フロル・デフレフ。汝の転移律<シフターズ・エフェクト>には、必要であろう」

 少年は、口のなかが乾くのを感じる。皇帝は、眼前の偉丈夫は、さきほど直接に刃を交えた先輩征騎士よりも、はるかに自分の能力を理解している。

(賽は投げられた……って言うんだっけ。こういうの)

 フロルは、咥内に残ったわずかな生唾を呑みこみ、異形のバスタードソードを逆手にかまえなおした。

【径庭】

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