【第2部8章】星を見た塔 (4/16)【陽動】
【焚火】←
「ここがギリギリな。これ以上は連中の警戒網に引っかかる」
翌日の昼前、ひさしのように伸びる奇岩の影に戦車を隠れさせながら、マム・ブランカが告げる。
「これでも、だいぶ無理な接近をしているのではないかね?」
運転席のハッチから頭を出した老婦人は『伯爵』の問いかけに、にたり、と笑う。
「報酬が多すぎたからな、多少の無茶をしなきゃドミンゴ団の名がすたる……なんだったら、ここから先も手伝うよ。色男?」
「不要だ。御婦人は、バザールに戻りたまえ」
「いけずだな、色男!」
ステッキを握りしめた『伯爵』は、『スカーレット・ディンゴ』の砲塔から軽々と跳躍し、焦げた岩肌のうえに着地する。
運転席のハッチから身を乗り出したマム・ブランカは、悪態をつくようになにかを伊達男へ向かって投げつける。
女戦車乗りの投擲物を、『伯爵』はつかみとる。丸めた紙片だ。
「ドミンゴ団が踏査したぶんの『塔』の地図な。おまえさんの目的地だっていう最下層の部分は抜けているが……」
「ふむ……十分、役にたつ。感謝する」
真紅の戦車に背を向けて、『伯爵』は歩き出す。錆の臭いのする風にかすんで見えるのは、目的地──天を突くほどの巨大な『塔』だ。
「軌道エレベーター、かね?」
片眼鏡<モノクル>を輝かせつつ、カイゼル髭の男はつぶやく。高度な技術<テック>によって建造された次元世界<パラダイム>の外まで伸びる尖塔。
もっとも先史文明の衰退から千年近く経ち、メンテナンスもなされていない巨大建造物は、半ほどから上部がぽっきりと折れているようにも見える。
キャスケット帽の伊達男は、歩を進めつつ渡された地図を一瞥する。正面ゲート以外からの経路では、『塔』の深部まで到達できていないことがわかる。
「裏口のようなものでもあれば、と思ったが。結局のところ、正面突破をはかるしかない、ということかね……ふむ?」
<Caution>
多機能片眼鏡<スマートモノクル>が、注意喚起を促す。『伯爵』は、手近な岩陰に身を隠す。直後、なにかが上空を横切っていく。鳥では、ない。
「哨戒用のドローンかね……確かに、アストランの住民が使う代物ではない」
巨岩の下から空をのぞく『伯爵』は、多機能片眼鏡<スマートモノクル>の拡大視機能を起動する。
自立飛行する小型無人機の外観は、キャスケット帽の伊達男にも見覚えのあるデザインだ。『伯爵』は怪訝な顔をしつつ、データベースに接続する。
小型端末に圧縮された映像データが、上空のドローンを照会する。数秒後、結果が多機能片眼鏡<スマートモノクル>に表示される。
セフィロト社製の偵察ドローンと、80%を超える高い類似性。キャスケット帽の伊達男は、しかめっ面で頭上をあおぐ。
「セフィロトの残党が、山賊のまねごとを……? に、しては妙かね」
無人哨戒機が上空を通り過ぎるのを待って、『伯爵』はふたたび歩き始める。身をかがめ、灌木の裏に隠れながら、慎重に『塔』へと接近していく。
無警戒で走り抜ければ、一時間もかからない道のりだっただろう。キャスケット帽の伊達男が巨大建造物の外壁にたどりつくころには、太陽が西に傾き始めている。
空腹を覚えた『伯爵』は、ポーチのなかから携帯食を取り出し、一口かじる。次に向かうのは正面ゲート……ではなく、その反対側だ。
カイゼル髭の男は、五感を研ぎ澄ましつつ、単純面積でも大都市ほどの規模のある『塔』の外壁に沿って進む。
途中、サブマシンガンを装備した警備らしき歩兵とすれ違い、身を隠す。セフィロトの構成員とも、アストランの原住民とも微妙に異なる風貌だった。
やがて『伯爵』は、第一の目的地──『塔』の正面ゲートとマム・ブランカの潜伏場所から二等辺三角形を描いて、その頂点となるポイントに到達する。
幸い、周囲に人影もドローンの姿もない。キャスケット帽のひさしの下で汗をぬぐいつつ、ポーチのなかから粘土状のかたまり──C4爆弾を取り出す。
『伯爵』は、可塑性の高性能爆薬を遺跡の壁面に張りつけ、専用の信管を設置する。素早くその場を離れ、十分な距離をとると無線起爆する。
──ドゴォンッ。
爆音とともに黒煙が立ちのぼる。先史時代の遺跡の外壁を破壊できたかは定かではないが、そんなことはどうでもいい。
キャスケット帽の伊達男は、灌木の茂みのなかに息を潜め、様子をうかがう。すぐに無数の足音が近づき、通り抜けていく。
爆破地点に警備兵と哨戒ドローンが殺到する。陽動が上手くいったことを確信すると、『伯爵』は正面ゲートの方向へと駆けはじめた。
→【虎穴】
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