【第2部8章】星を見た塔 (5/16)【虎穴】
【陽動】←
「……了解した。爆発に関しては、そちらに任せる。こちらに異常は見られない。我々は、正面ゲートの警備を継続する」
『塔』の正面ゲートを威圧的に守る二人の兵士のうち片方が、通信機に向かって言葉を投げかけている。
武器は警備兵同様のサブマシンガンだが、奇妙なのは全身をおおう防具だった。まるで中世の騎士を思わせる甲冑のようなものを、二人は身につけている。
遺跡の壁面に張りつき上方数メートルから様子をうかがっていた『伯爵』は、その様子を怪訝な眼差しで見おろす。
銃火器、通信機、偵察ドローン……高度な技術<テック>の産物を運用している以上、ただの板金鎧とは思えない。
機関銃と全身鎧の組み合わせは、セフィロト社のエージェントとして数々の次元世界<パラダイム>を渡り歩いた『伯爵』も見たことのないものだ。
「とはいえ、だ……」
このまま手をこまねいている理由もない。せっかくの陽動が無に帰すこととなる。狩猟服に身を包んだ貴族は、意を決して壁面から跳躍する。
甲冑の兵士の背後に、『伯爵』は音もなく着地する。ステッキのなかに仕こんだ高速振動サーベルを抜き放つ。
──キイイィィィンッ。
羽虫のように耳障りな高周波音が響く。異常に気づき、背後を振り向こうとする甲冑兵の首筋を、刃のきらめきが一閃する。
ごとり、と兜に包まれた頭部が地面に転がり、それから首無し死体が鮮血をまき散らしながら、倒れ伏す。
「──ッ!!」
もう一人の甲冑兵が、サブマシンガンの銃口を襲撃者に向ける。『伯爵』は、返す刀でサーベルを振り抜く。銃身が、飴細工のようにたやすく切断される。
表情はうかがえずとも、甲冑兵の狼狽が見て取れる。キャスケット帽の伊達男は、高速振動剣を素早くフェンシングのような構えに持ち替える。
「フン──ッ」
目にも止まらぬ踏みこみとともに、『伯爵』はサーベルを一突きする。兜の下の間隙を通り抜け、切っ先が甲冑兵ののどの真ん中を刺し貫く。
「げ、ふぁ……」
狩猟服に身を包んだ男が白刃を引き抜くと同時に、甲冑兵の片割れは仰向けに倒れこみ、ひび割れたコンクリートのうえに血だまりが広がっていく。
「救援を呼ぶ隙を与えるつもりはない」
サーベルを振って血を払うと、『伯爵』は刀身の高速振動を停止させる。ひざを突き、倒れ伏す甲冑兵の装備品をあらためる。
「ふむ……?」
キャスケット帽の伊達男は、顔をしかめる。全身鎧の肩に見たことのある紋章が刻みこまれている。
「これは……グラトニアの国章かね?」
『伯爵』は、こことは別の次元世界<パラダイム>の名をつぶやく。グラトニアは、セフィロト社の工場が多く建設された土地だ。
この『塔』に居座る連中が、かの次元世界<パラダイム>から来たのならば同社の装備品を使用していることも納得できる。
しかし、同時に新たな疑問が脳裏に浮かぶ。まず、やり方が荒っぽい。紋章付きの鎧を着用するなど、正体を隠す気がみじんもない。
「ほかの次元世界<パラダイム>の人間は、気が付きようも無いだろう……と言われれば、それまでだが」
そもそも、どうやってグラトニアからアストランへと次元転移<パラダイムシフト>をおこなったのかがわからない。
セフィロト製の次元転移ゲートは、本社のメインリアクターのコアが無ければ稼働しない。それは現在、間違いなく失われている。
「我輩が把握していない次元転移<パラダイムシフト>の技術を保有している勢力が存在するということかね……?」
無数の疑問を抱きながら、キャスケット帽の伊達男は甲冑兵の装備の確認を進める。
鎧を形作っている素材は、案の定、単純な鋼ではない。セフィロト社のコンバットスーツにも採用されている複合装甲だ。
さらに、甲冑の内側にはいくつもの機械部品が組みこまれている。『伯爵』には、見覚えがある。
見た目こそ変えてあるが、セフィロト企業軍に配備予定だった開発中のパワードスーツで間違いない。稼働試験に立ち会った記憶がある。
「グラトニアには、セフィロトの軍用工場も存在した。本社崩壊と同時に現地人に強奪された……と考えれば、一応、つじつまはあうかね」
さらに甲冑型パワードスーツをまさぐる『伯爵』は、小型端末を発見する。インターフェイスや端子は、これまたセフィロト規格だ。
「ふむ。ということは、だ」
狩猟服の男は、ポーチから自分の端末を取り出し、ケーブルで直結する。二つのデバイスが、お互いを認識する。
タッチパネルを操作し、『伯爵』は端末にあらかじめインストールしておいたクラッキングプログラムを起動する。
相手のデバイスのセキュリティは、脆弱だった。数秒で、操作権限を奪取する。ストレージに検索をかけ、目当ての情報を探す。
「……チェックメイト」
『塔』を占拠する勢力の、遺跡内部マップを発見し、自分のデバイスへとコピーする。マム・ブランカから受け取った紙の地図と突きあわせる。
「さて、ここからが本番だ……虎穴に入らねば虎児を得ず、とでも言ったものかね」
立ちあがった『伯爵』は、顎を広げた肉食獣のごとき正面ゲートを見つめると、その奥へ向かって駆け出した。
→【光条】
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