【第14章】次元戦線 (1/3)【狭間】
──ギイイィィィ……
漆黒の虚無空間が、わずかに重苦しく振動する。闇の満ちた空には、遠近無数の次元世界<パラダイム>が、星のような輝きを放っている。
世界と世界の狭間に広がる虚無空間に忽然と、巨大な城門のような『扉』が浮かんでいる。両開きのゲートが、きしみ音をあげながら口をあけていく。
やがて『門』が開ききると、向こう側から、六枚の翼を持った白銀の龍が飛び出してくる。その背には、大剣を担いだ青年の姿がある。
「『扉』のサイズ、変えられるんじゃないか! クソ淫魔!?」
『疲れるから、あまりやりたくないの! 省エネは大事だわ!!』
ドラゴンの背に立つ青年──アサイラがが文句をわめくと、その脳裏に直接、女性の声が響く。
『……また『淫魔』と内緒話ですか、我が伴侶?』
「ん……」
青年を乗せた白銀龍──クラウディアーナが、からかうような、いぶかしむような声音で自らの乗り手に尋ねる。アサイラは、曖昧な返事をする。
(クソ淫魔、ひとつ頼みがある……これから言うようなことが、できるか?)
(あら。めずらしく殊勝だわ、アサイラ? なにかしら……)
青年は、『淫魔』と内密の会話を交わしながら、前方に視線を向ける。担いだ大剣の重量を、肩に感じる。
虚無空間には、比較できる地形がないため、正確な彼我の距離はわからない。ただ、まっすぐ向こう側に太陽のごとく燃えあがる、巨大な緑色の球体が浮かんでいる。
「あれが、セフィロトの本社か……」
アサイラは、緊張した声音で、感慨深げにつぶやく。青年が目指す故郷の次元世界<パラダイム>、それを知る男──セフィロトの社長が、あの場所にいる。
白刃きらめく大剣をかまえつつ、アサイラは背後を一瞥する。二人の協力者たちが、開け放たれた城門のごとき『扉』から、姿を現す。
まずは、純白のドラゴン──側近龍アリアーナが出てくる。その背には、獣人の女戦士──シルヴィアが、セフィロトから奪った銃火器とともにまたがる。
続いて窮屈そうに這い出てきたのは、岩山のごとき巨体の暴虐龍ヴラガーン。着流しの女鍛冶──リンカが、己の刀を手にして、龍の頭上に立つ。
さらに後方から、龍皇女に仕える側近龍たちが続く。アリアーナ同様に、純白の龍態を持ったドラゴンたちだ。
『……我が伴侶、セフィロトの出迎えですわ』
アサイラの足下で、クラウディアーナが小さくも凛とした声でつぶやく。
人間の視力でははっきりととらえられなかった無数の黒点が、セフィロト本社よりこちらに向かって殺到していることに気がつく。
「無人機だな。セフィロト社が、未知の次元世界<パラダイム>を先行調査するさいに使用する小型ドローン……」
アサイラの疑問に応えるように、双眼鏡を手にしたシルヴィアの声が後方から聞こえてくる。
『虚無空間では、次元転移者<パラダイムシフター>や壮年以上のドラゴンみたいな、導子力の高い生命体じゃないと存在を維持できないのだわ』
『それで、傀儡のごとき無人の兵器を持ち出したと? わたくしどもも、ずいぶんと侮られたものですわ』
『たぶん、ほかに手段がないのだわ。虚無空間上でドンパチしようだなんて、普通の人間じゃ、思いもつかないだろうし……』
後方から状況の俯瞰に徹する『淫魔』の分析と、それに対するクラウディアーナの会話が、耳の外と脳の奥から同時に響いてきた。
───────────────
「戻られましたか、『ドクター』!」
セフィロト本社内、防衛オペレーティングルームに詰めていた連絡士たちが、総立ちで白衣のスーパーエージェントを出迎える。
赤い輝きを放つ精密義眼をはめこんだ、かくしゃくたる老人はため息をつきつつ、適当に空いている席を選んで腰をおろす。
「なんとなればすなわち……社長に戦果を報告したと思えば、返す刀で防衛任務への配属だ。このワタシといえども、さすがに過労死してしまうかナ」
前方の壁面を埋め尽くすモニターには、虚無空間を駆けるドラゴンどもとその背にのる人間たちの姿が映っている。
「本社内にシフトアウトすれば、次元障壁に焼かれるとはいえ……なんとも、非常識な光景であることかナ」
白衣の老人はさほど驚いた様子もなく、しかし、あらためて嘆息をもらす。
「『ドクター』の事前の指示通り、探査ドロイドを戦闘用に換装し、虚無空間に放出しました。全機体の三割ほどです」
「残りの機体は、現在、換装作業中……といったところかナ? 10%が完了するごとに、戦線に加えたまえ。逐次投入になるが、やむをやん」
最高幹部の指示に敬礼を返し、オペレーターたちはディスクに向きなおる。そのとき、厳重にロックされたはずの指揮所の自動扉が、音を立てて開く。
スタッフ全員の視線が、部屋の入り口に注がれる。扉の向こうには、ワンピース姿の小柄な少女が立っていた。
→【群蟲】
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