【第14章】次元戦線 (2/3)【群蟲】
【狭間】←
「わあっ、ごめんなさい……でも、ララ、おじいちゃんのことが心配で……」
「このワタシの顔を見に来てくれたのかナ、ララ?」
「うん。これ、おじいちゃんと一緒に食べようと思って、とっておいたの」
ララと呼ばれた少女は、『ドクター』に小皿を差し出す。そこには、カットされたショートケーキが乗っていた。
「ありがとう、ララ。だが、ここは少々あぶないかナ。なんとなればすなわち、自分の部屋でおとなしくしていなさい」
「うん、おじいちゃんも無理しないでね……」
ケーキ皿を受け取った『ドクター』は、少女を送り出し、その背を見送る。自動扉が閉まると、二等辺三角形の生菓子の先端をフォークで削り、口に運ぶ。
「ミュフフハハ、ンマァーイッ! 疲労が吹き飛んだかのようかナ!!」
周囲のスタッフの反応を気にとめる様子もなく、白衣の老人は精密義眼のはめこまれた双眸を見開いた。
───────────────
「──ウラアッ!」
アサイラは、己の導子力を注ぎこみつつ『龍剣』を振るう。刀身から蒼黒の奔流が迸り、非実体の刃となって無人機をなぎはらう。
──ガンッ、ガンッ、ガンッ。
一定のリズムを置いて、金属のひしゃげる音が青年の周辺から聞こえてくる。後方のシルヴィアが、スナイパーライフルで一体ずつ的確に目標を撃ち抜いていく。
火花を散らしつつ飛び散っていく金属片を、アサイラを見やる。リング状の隊列を組んだドローン群が、青年と龍皇女の横をすり抜けていく。
「シルヴィア……ッ!」
青年は、後方に位置する狙撃手の名前を叫ぶ。当のシルヴィアはアサイラの、その下のアリアーナはクラウディアーナの援護に集中していたため、反応が遅れる。
急速接近した無人機たちが輪のように広がりながら、獣人娘と側近龍の上下左右に到達する。一人と一頭は、ようやく異変を察知する。
「ぐぬ、う……ッ!?」
『あ……ッ、かは!!』
漆黒の虚無空間に、緑色の雷光が走る。ドローンの編隊が展開した極細のワイヤーネットに捕らわれたシルヴィアとアリアーナは、鋼線を走る高圧電流に苦悶する。
『ドウ──ッ!』
獣人娘と側近龍のさらに後方から、大砲を放つときのような音が響く。次の瞬間、電磁網を保持する無人機の半数が炸裂に呑みこまれ、ばらばらに粉砕される。
アリアーナは、背後に首をよじる。ヴラガーンが撃った圧縮空気の吐息<ブレス>だ。岩山のごとき巨龍が、急速に追いすがる。
暴虐龍のごつごつした頭のうえには、着流しと結わえた黒髪をたなびかせる女鍛冶──リンカの姿がある。
彼女の掲げた刀──『龍剣』は、強い魔力を帯びた炎熱を発し、使い手の頭上に焔でできた魔人を形作っている。
「──打ち据えろ、『炉座明王<ろざみょうおう>』!」
リンカの叫び声に応じて、炎の魔人が手にした灼熱の鎚を振るう。暴虐龍が破壊したのとは逆側のドローン群を一瞬で融解させる。
保持を失った電磁ネットは、未練がましく火花を散らしつつ、虚空の闇へとちりぢりになっていく。
『腑が抜けているぞ……獣人の娘、それに側近龍』
呼吸を整えようとするアリアーナのとなりに、ヴラガーンの巨体が横付けする。
『……助かりました。感謝なのですよ、暴虐龍』
前方を見つめながらも礼を告げる側近龍に対して、ヴラガーンは、巨岩のごとき瞳を見開き、血気を抑えるように鼻を鳴らす。
『社交辞令を口にするひまがあったら……あのガラクタどもを、一匹でも多くしとめることだぞ。側近龍』
暴虐龍の頭上で、焔がまとう刀を手にしたリンカは、からからと笑う。女鍛冶の赤い瞳が、獣人娘を見おろす。
「おシル。アサイラの旦那の手助けに執心するのもいいが……自分の身と命を守ることが、まずは第一なのよな」
「ん……そのとおりだな、リンカ」
シルヴィアは、アリアーナの身体にくくりつけていたショットガンを片手で引き抜くと、撃ちもらされていたドローンに向けて発砲する。
よろめく無人機に、無数の散弾がとどめを刺す。機体制御のプロペラが砕け、装甲がひしゃげ、虚無空間の果てに消えていく。
『カアァァ──ッ!』
シルヴィアとリンカ、アリアーナとヴラガーンのさらに後方から、幾本もの光条が走っていく。ほかの側近龍が放った光の吐息<ブレス>だ。
主君であるクラウディアーナとその乗り手を援護するように、魔力を帯びた閃光が群がるドローンを呑みこみ、なぎはらい、爆散させる。
「行くぞ、ディアナどの!」
「お任せあれ、我が伴侶!」
イナゴの群のように行く手をはばむ無人機たちのなかに空いた突破口へ向かって、アサイラを乗せた龍皇女はさらに加速する。
強い慣性を感じながら、青年は前方を見据える。黒点のように見える無数のドローン越しに、病的な緑色の輝きを放つセフィロト本社の次元防壁がある。
「グヌ──ッ!?」
はっ、とアサイラは背後をあおぐ。死角から潜りこんできたドローン三機の、接近を許した。機体下部の機銃の照準が、青年の眉間にあわせられる。
アサイラは、弾丸を防御するため、『龍剣』を掲げようとする。間に合わない──不穏な予感が、青年の背筋を走る。
「ピガギギギ……ッ!」
無人機のうちのひとつが、突然、けいれんしたかのように身を震わせる。刹那、左右に機銃を乱射し、僚機であるはずのドローンを撃墜する。
『……背中がお留守だわ、アサイラ。それに、龍皇女!』
『いまのは……『淫魔』、そなたがやったのですか?』
『ハッキングして、操作を奪ってやったのだわ。レディたるもの、常に最新のトレンドにアンテナを張って、スキルの更新を怠らないものよ。龍皇女』
『そなたに説教されるとは思っていませんでしたわ、『淫魔』』
クラウディアーナは自嘲気味に微笑みつつ、六枚の龍翼を操り、速度をあげる。アサイラは、頭を振って連戦で蓄積した疲労を振り払い、集中を奮い立たせた。
→【破城】
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