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【第2部11章】地底にある星 (2/16)【珍客】

【目次】

【降下】

「……わかった。こっちに来い! ヒポグリフも連れてだ!!」

 警戒と敵愾心を露わにした怒声が、渓谷に響く。ララを地面に立たせたたシルヴィアとと、鞍のうえから降りたナオミは顔を見あわせる。

「たたっよたったたた!」

 赤毛の女騎手と狼耳の獣人娘が答えを出すまえに、小柄な少女は声のほうへと走り始める。二人は観念したように、ララの足跡に続く。

「ここだ。ここから入れるが……武器は、持ってないな?」

「凍原には、魔獣もいるだろ。護身用の武器もだめのか?」

「そもそも、魔術師だったら武器の有無はあまり関係ないのだな」

「黙れ! 妙なものを持ちこまないか確かめさせてもらう……上着のしたを見せろ!!」

 氷点下の風が吹きすさむなか、三人は防寒具を脱がされる。ヒポグリフ毛のコートに隠されていた身体を見て、ドヴェルグたちが目を丸くしたのがわかる。

「おまえたち……ヴァルキュリアじゃあ、ないのか?」

「バッド。こんなところで身ぐるみはがされたら、凍死しちまう。ほれ、エグダルの旦那の紹介状だ。ウソじゃないだろ」

 ナオミは、懐にしまっていた封筒をとりだすと、ぴらぴらと揺らして見せる。封蝋に刻まれた印は、間違いなくビョルン氏族のものだ。

 戦乙女でなかったからか、はたまた紹介状を確認させたおかげか、ドヴェルグたちの敵愾心はいくぶんかおさまった。

 三人は、岩影のなかにカモフラージュされた横穴へ案内される。周囲の地形に溶けこんで、上空からでは見つけることが困難な入り口だ。

 ナオミは、イクサヶ原で見かけた盗賊の隠れ家を思い出す。洞窟のなかへ入ると、意外に広い空間がある。

「ヒポグリフは、ここにつないでおけ……あと、上着は脱いだままのほうがいいぞ」

 ドヴェルグの指示に従い、ナオミは手綱を適当な天然の石柱に結びつける。ぴん、と立てて周囲の音を探るシルヴィアの狼耳が、奇異の視線を集めている。

「よし、準備はいいな? 族長のところまで案内する……わき道が多いから、はぐれるなよ」

 入り口の空間の時点から、すでにいくつかの道に枝分かれしている。ドヴェルグたちは、迷うことなく穴のひとつに進んでいく。

 洞窟の主たちは夜目が利くのか、カンテラの類を手にしていない。ナオミたちは、置いてきぼりを喰らわぬよう、あとを追う。

 防寒具は脱いでおけ、と言われた理由はすぐにわかる。地下道の奥からは生暖かい空気が吹き出してきて、すぐに蒸し暑いくらいになる。

 奇妙な地下道だった。天然洞窟というわけではない、人の手が入った形跡がそこかしこにあるにもかかわらず、足元は起伏が激しく、右に左に曲がりくねっている。

 そこかしこに分岐路があり、まるで侵入者を迷わせるために掘られたようだ。そんな地底の悪路を、ドヴェルグたちは慣れた様子で足早に進んでいく。

「……坑道じゃない、ってことね」

 シルヴィアに手を引かれるララが、ぼそっ、とつぶやく。ドヴェルグが一瞬だけ足を止め、露骨な舌打ちが洞窟に響く。

「ドヴェルグでも、ヴァルキュリアでもない、おまえたちには関係ないだろ」

 振り向くこともなく言い捨てると、洞窟の主たちは歩を速める。

「バッド。置いていかれたら、進むも戻るもかなわないだろ」

「だいじょうだな、ナオミ。あちらは、土の臭いで道を見分けているみたいだ。それなら、こちらにもわかる」

「……おまえ、鼻が利くのか? 耳だけじゃなくて、本当に雪狼みたいだな」

「この次元世界<パラダイム>には、獣人がいないのだな」

「ジュジーン? なんだ、それは」

 今度は振り向いて見せたドヴェルグは、ふたたび進行ペースをゆるめる。足の遅いララも遅れることなく、どうにかあとに続いていける。

 やがて一行は、開けた地下空間にたどりつく。ララが、目を輝かせて顔をあげる。ナオミとシルヴィアも周囲に視線をめぐらせる。

「わあっ、すごぉい! これがドヴェルグ族の街並みということね!!」

 まっすぐ伸びる整然とした通路は、馬車数台がすれちがえるほどの幅がある。ナオミとララには薄暗いくらいだが、照明となるかがり火もたかれている。

 通路の左右には、石造りの建物がそのまま地面に埋まったような構造物が岩天井まで伸びている。入り口や窓はなめらかなアーチ状で、戸はついていない。

 三人は足を止めて、家屋のなかから向けられる余所者への警戒の視線も忘れ、しばしドヴェルグ族の調和のとれた街並みを眺め続ける。

「いつまで呆けているんだ……来いよ。族長のところまで案内する」

 案内人のドヴェルグが、ナオミたちに声をかける。彼らにしても、自分たちの居住区に感心のまなざしを向けられるのは、悪い気はしないようだった。

 一行は、大回廊を突き当たりまで進み、戸のない扉をくぐり、天井の低い廊下を通り抜ける。やがて、ひとつの部屋へとたどりつく。

 それほど広くはない個室の中央には、魔法<マギア>によると思しきたき火がたかれ、囲むように岩床のうえにじゅうたんがしかれている。

「族長。珍客だ」

「……うむ」

 案内人の一人が炎のゆらめきの向こうへ声をかけると、小柄なドヴェルグが身を起こす。白髪の混じった豊かな黒ひげをあごのすぐしたで束ねている。

「エドヴィル族長?」

「いかにも」

「エグダルの旦那から、紹介状を預かってきた」

 ナオミはブーツを脱ぐと、じゅうたんのうえにあがり、たき火をまわりこんで封筒を渡す。ドヴェルグの首長は、感慨深げに封蝋の印を見つめる。

「これを受け取る側になるとは、思わなかったんな」

 ビョルン氏族の長は、弟からの手紙を開くと、中身に目を通しはじめる。そのあいだ、ナオミはかたわらでひざをつき、しばし待つ。

「……だいたい事情はわかったんな。おぬしさまら、魔銀<ミスリル>が必要だと」

「そういうことね。船の修理に不可欠なの!」

 手紙から顔をあげた族長に対して、ララがぴょんぴょん跳ねながら、返事をする。初老のドヴェルグは、孫を見るように目を細める。

「船というのは、ようわからんが……手紙には、なるたけおぬしさまらの力になってほしいと書いてあったんな。ヴァルキュリアにも話を通してある、と」

 シルヴィアは、息を呑んでエドヴィル族長の結論を待つ。ナオミは、はやる胸中をおさえきれず、身を乗り出す。

「エグダルの頼みを断る理由は、ない。ヴァルキュリアから文句をつけられないなら、なおさらたんな……必要なだけの魔銀<ミスリル>を、用立てよう」

 ドヴェルグの首長の言葉を聞いて、三人は安堵のため息をもらす。ナオミは、緊張の糸が切れて、じゅうたんのうえに尻をつく。

「グッド……断られたら、ウチら、どうしようかと……」

「ただし、少しばかり時間はかかるたんな。屋敷の部屋を貸すから、なるたけくつろいで待っていてくれ」

「わあっ! やったあ!!」

 シルヴィアの横で歓声をあげたのは、ララだった。

「魔銀<ミスリル>をもらって帰るだけだと、ドヴェルグ族の暮らしを見学できないから……どうしようかと思っていたということね!」

【軋轢】

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