【第2部12章】運命の交叉路 (2/4)【交叉】
【客人】←
「あわわ! なにが起こったのね!?」
「龍皇女陛下! 大事ありませんか!!」
「メロ、ミナズキ! そなたたちは、わたくしの背後に!!」
龍皇女クラウディアーナは、自らが連れてきた二人の少女を背にかばう。上位龍<エルダードラゴン>のまえに、二人の側近龍が立ちふさがり、身を張って盾となる。
「く……グッ! ドウ!!」
ヴラガーンは体勢を崩したまま、右腕を突き出す。五本の指から、龍爪が現出する。アリアーナたち側近龍ごと龍皇女を貫かんと、長槍のごとく突端が伸びる。
「ふん──ッ!」
『伯爵』は手にしたステッキのなかから、仕込みサーベルを引き抜き、暴虐龍の龍爪へ向かって真横から刃を叩きつける。
がきぃんっ、と甲高い音を立てて、刀身は飴細工のように折れる。しかし、ヴラガーンの刺突も軌道がそれ、女たちの真横の壁に大穴をうがつ。
「ふむ……ドクは、50%ほど強度を向上させたと言っていたが……なかなかどうして……」
カイゼル髭の男は、サーベルの切断面を苦々しく見つめる。暴虐龍の左手が、キャスケット帽をかぶった頭をつかもうとして、『伯爵』はわずかに跳び退く。
「貴族かぶれめッ! なぜ、オレの邪魔立てをするぞ!?」
暴虐龍は、怒りのままに大声をあげる。窓に張られたガラスに、ひびが入る。一番離れた場所にいるはずのメロとミナズキすら鼓膜がしびれるほどの声量だ。
「我輩、龍皇女どのに話があるのだよ。貴龍に殺されてしまっては、困るのでね」
するり、と『伯爵』は暴虐龍の背後にまわりこむ。ヴラガーンが反応するよりも早く、その右手首をつかみ、ひねりあげる。
「ご……ガ……!?」
「我輩、人間の身ゆえ、どうあがいてもドラゴンの膂力には勝てない……しかし、関節技ならば、パワーは関係ないのだよ」
カイゼル髭の男は、人間態のドラゴンにアームロックを極めて動きを封じる。怒りの炎が満ちた暴虐龍の瞳に、わずかばかり苦痛の色が混ざる。
「貴族かぶれめ……それは、人間態であればのこと……いますぐ龍態に戻り、ウヌの頭をかみ砕いてやろうぞッ!!」
「貴龍がそのつもりならば……ドラゴンの姿に戻るまえに、この腕をへし折ってご覧にいれよう。いかがかね?」
ヴラガーンと『伯爵』は、拮抗状態となる。がれきの散らばる大広間に、沈黙が満ちる。側近龍たちは息を呑んで、ことの成り行きを見守る。
「く……ぐぅ……」
不承不承うめいた暴虐龍が、右手の指の先から現出させた龍爪を納める。カイゼル髭の男は、人間態のドラゴンの態度を戦意の喪失と見なし、関節技をほどく。
「シュー、シュー、シュー……」
前屈みになり、間欠泉が噴出するような吐息をこぼしながら、ヴラガーンはゆっくり呼吸を整える。ふたたび顔をあげると、龍皇女をまっすぐ見据える。
猫背のまま、暴虐龍は宮殿の主に向かって大股で歩み寄っていく。アリアーナともう一人の側近龍が行く手をさえぎろうとして、龍皇女は必要とないとジェスチャーで示す。
二人の側近龍が横に退けると、宮殿の主の眼前に立ったヴラガーンは、殺気こそ抑えこんでいるものの怒気をみなぎらせて相手を見下ろす。
「どこをふらついていた! 龍皇女ッ!!」
暴虐龍は、精緻な刺繍をほどこされたドレスのえり首をつかむ。龍皇女の琥珀色の瞳が、ヴラガーンを毅然と見返す。
「次元崩壊に巻きこまれたのです。少々、時間はかかってしまいましたが、こうして戻ってこれただけでも幸運と言うものですわ」
「なにがあったかなど、聞いてはいないぞ! そもそも、貴様が……ッ!!」
「帰路の途中で、カルタヴィアーナと会いました」
怒鳴り声にひるむことなく口にした「カルタヴィアーナ」という名を聞いて、暴虐龍の言葉がとぎれる。えり首を握りしめる指の力が、弱まる。
「あの娘は、そなたによろしく伝えてほしい、と言っていましたわ」
「……どこだッ! カルタはどこにいたッ!?」
我を忘れたようにまくしたてつつ、ヴラガーンは龍皇女の肩を揺する。暴虐龍の無骨な指が君主の首をしめることのないよう、左右から側近龍が目を光らせる。
「中継地として立ち寄った、アーケディアという次元世界<パラダイム>ですわ」
ヴラガーンは鼻を鳴らし、龍皇女の身から手を離すと、身をひるがえして歩き離れていく。泰然とした上位龍<エルダードラゴン>に対し、側近龍たちは緊迫した面持ちで事態を見守る。
「……行き方は、わかりますか。ヴラガーン?」
「キサマのいけ好かない残り香をたどっていけば、たどり着けるだろうぞ。龍皇女?」
暴虐龍は、深く屈伸すると、勢いよく跳躍する。自身の圧縮空気弾によって破壊した天井を跳び越えて、宮殿のそとに着地すると、駆ける足音が遠のいていく。
「見事な厄介払いだったのですよ、龍皇女殿下」
「わたくしは真実を伝えただけですわ、アリアーナ。それに……向こうの『伯爵』どのにも、礼を言わねばなりません。どのような用件で、この宮殿を訪れたのかも」
ほっ、と胸をなでおろした様子のアリアーナに対して、クラウディアーナは柔和な声音で語りかけると、カイゼル髭の男に視線を向ける。
『伯爵』は、キャスケット帽を手に取ると、深々と頭を下げる。龍皇女は微笑みながら、会釈をかえす。
「お久しぶりです、龍皇女どの。初めてお会いしたときから、およそ四半世紀ほど経ちましたかな」
「上位龍<エルダードラゴン>の身としては、一瞬のようなものですわ。それに、セフィロトの本社でも、そなたの顔を見ましたよ?」
「あのときは火急ゆえ、略式のご挨拶すらできず、心苦しく思っていた。しかして、此度も余裕があるとは言い難いのだが……」
一見すると穏和な『伯爵』と龍皇女の会話の節々から、ぴりぴりとした緊張感のようなものが伝わってくる。
アリアーナたち側近龍と、クラウディアーナに連れられた二人の少女……メロとミナズキは、息を呑んで対話を見守る。
「単刀直入に申しあげるとしますかな。この次元世界<パラダイム>……フォルティアの『聖地』へ、足を踏み入れる許可をいただきたい」
かつて次元間巨大企業セフィロト社の上級幹部だった男は、臆することなく、千年の時を越えて生きる上位龍<エルダードラゴン>に対して己の希望を告げた。
→【星見】
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