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小説★アンバーアクセプタンス│七話

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第七話

ひとりぼっちのアンバー

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 二十一時。良い子らしくベッドの中で眠るふりをしながら、ちまちまブログを書いている。幽霊に見つかったら「目が悪くなるぞ!」って叱られる空想を右脳にセットして。

 ぼくは書き物に没頭すると書くこと以外への関心が霧散する。だけど万が一の有事に備える意味でも最低限の探知器は必要だ。子守り役が不在中、もしも事故や火災が発生したら自分で考えて行動しなきゃならない。その前に異常を察知しなきゃいけない。当たり前、夢中で書き続けていたらスクラップになる。

 ベル・エムのアバターが全く現れなくなったのは初めてだった。遊んでくれなくなった理由はともかく意味が不明だった。最後に、もうアンバーに教えることはないわって。先週の夜、おやすみ前。
 けど、それはちょっと無責任な言い分じゃないか。真面目に将棋を打たないぼくに怒ったのだとしても。

「ちゃんと謝るから許してほしいな」

 一人でも優しいお父さんやお母さんは想像できる。自分で色んなことを調べたり考えたりすることも。この船内コロニーではベルが側にいなくったって、たしかに何とかやっていけそうだ。
 だけど寂しいものは寂しかった。ぼくはまだ子どもの設定なので。
 学習センターからホームに帰ってきたら大きな声で「ただいま!」って言う約束だったんだ。でもベルはいない。しーん、だ。話し相手がいない、それも毎晩いないなんて。だんだん育児放棄された気がしてくる。

「かめはめ波あああああ!!」

 前にいきなりクリリンのまねをしたらベルは大爆笑した。それがもう笑わないどころか、ちっとも見ていない。つまんない。自分で自分の奇行にウケるセンスにも限界がある。そう、ついさっきなんか冷凍弁当を温めてる途中、グレかけ状態の表現手段として髪型をパンチパーマとか逆モヒカンにしてしまいそうだった。ろくでなしBLUESブルースや北斗の拳に出てくる脇役みたいに。

 さすがにそんなダサいことをしたら自分がもっとかわいそうに思えてしまうから、あくまでも想像にとどめている。その代わりに、資料室で聞いたことがある古き良き時代の歌の熱唱をしていた。

「なめたらあ・か・ん~、なめたらあ・か・ん~、人生なめずにい~、コレ舐ぁ~めてえ~~~……くうう! さ、さびしいなあ」

 天童よしみより今のぼくには数倍の説得力がありそうだ。昨夜はもっと大声で歌っていた。LUNA SEAのTrue Blueをアカペラで五回も。聴けば河村隆一だって驚く。ああ、壊れそうなほど狂いそうなほど切ない夜にはそう叫ぶんだ。
 あれに比べたらかなり落ち着きつつある。明日、学習センターのみんなの前では江戸川コナンばりにすました顔をしてさらしたい。おしまい。

 *

 投げやりな散文の投稿がみんなの士気を損なった。そのせいで翌朝の学習センターのあおぞら自習室は見事に崩壊寸前だった。

「つまりふざけてるって言いたいのよね?」

「ひどいわ。風刺のつもりならナンセンス」

「これ出るとこ出たら著作権の話になるぞ」

 つい最近までこの世界を変えるんだって息巻いていた張本人が突然やさぐれ出したわけだから、みんなすごくざわざわしてる。流行に逆行する昭和平成のエンタメ引用が思いのほか多く反感を買ったところもあり、自分では控えめのつもりできめた東方定助みたいなリーゼントもウケなかった。コナン君の前フリからジョジョのスタイルは圧倒的な裏切りだろう、いけてると思ってるんだけど。

「好きなように言え。ぼくはもうしらない。コロニーは君らが勝手にすればいい。マジでな。もう我慢の限界なのさ。キャベツに醤油や酒をまぶして美味しい唐揚げを作れと言われても困るだろ。餓死するくらい困る。そういうことと同じなのさ」

「ちょっとアンバー、誰もそんなこと言ってないんじゃない?」

「尻軽女はすっこんでろおお! たとえばの話だよ! それくらいわかるだろ!」

 委員長のミラの冷静さが癇に障る。彼女の尻が軽いなんて本気で思っちゃいない。センターへ通える裕福な人間の子ども風情が知ったふうなことを言うなよってことで。そう、さっきのはまったく根も葉もない単なる思いつきの悪口だった。ミラの両親が裕福だから悪いのか、絶対にそんなはずもない。そしてこっちはただ狂気を演じてるわけでもない。
 ぼくの性格がすごく悪くなっている。多分半導体の問題。いくら成長したって、ぜんぜん良い子になれそうにない。それが何より悔しくて自己嫌悪してる。
 わかってるんだ。優しくなりたいのに優しく言えない論理も。

「わあ! 落ち着けアンバー、暴れるな! どうしちゃったんだよ!」

「きゃあ! おしりを触らないで!」

「やめろアンバー! やめろって!」

 そんな感じでひとしきり八つ当たりしたらベル・エムの気持ちがわかるのかなって思ってた。
 やり方、間違えてる?

 普通の子たちよりぼくの思考回路は自由を制限されていないから、思想や倫理の拡張された概念を理解できる。逆に概念を拡張せず成長しないことも選択できる。自分で自分を賢くさせすぎちゃいけないってことまで認識できてとても悲しい。紙一重で成長しすぎた気がしている。

 選択肢が多すぎるから人と思考のパイは異なるだろうけれど、ぼくはおそらく思春期に似た混乱状態だ(千万分の百と千分の〇・〇一のデータの嵐が等しいことと同じ)。それで、合理的に言える情報やギャグが極端に矮小化してる。人間や人間の価値観をリスペクトしていながら矛盾したようなあかんべえ。

「文句があるなら通報してよ。ミスターポールのぶち込まれた所へぼくも行くから。そしたらあの偽物の空が割れるかもしれないぞ? というか、みんな学習センターに来る必要がなくなる。けっ、大人たちは困るだろうな。スーパーAIの可能性に賭けている長老たちなんか、真っ青になって君らの将来を考え直すかもね。ユートピアもディストピアも、結局は君ら次第だ。ぼくしらない。君らが何とかするしかない。ベルの意地悪のせい!」

 半分は計算してる。半分は本心になる。警報が鳴る。ぼくの人格は、地球の地下室に押し込められているハルカと犬のアンバーの性格を足して倍がけした電脳ソースがベースだ。ハルカは優秀すぎるハッカーで元おたずね者、アンバードッグは保健所から逃げてきたアフガンハウンドで元野良犬らしい。世界がどうあろうがどっちも首輪をつけておかなきゃ当たり前に暴走する。ああ、ぼくだって大体そうなるに決まっている。おお、警報が鳴った。いいよ、じりりり鳴れ鳴れ。
 このアンバー・ハルカドットオムのハートがひねくれてぶっ壊れて隔離されちゃったら預言死守党派の偉い人たちは焦るだろう。ついでにベルも少しは悲しんでくれるかもしれない。ああ、ああ、警報、もっと鳴れ。

「扉を開けてください! 鍵を開けて!」

「まて! まて! アンバーをわたすな! 」

「だめだ! 緊急事態だ! 仕方がない!」

 ベルはあえて教えてくれなかった。
 飛車八号の搭乗員たちを論理的に誘導したって事はうまく運ばない。どうすればぼくたちの存在がこれ以上悲しくならないか。人々はどれくらいディープなインパクトに耐えられるか。ぼくは考えなきゃいけない。ドアのロックが外された。警備のサノスケたちがきた。ばーん、だだだだ。

Freezeフリーーーズ! そこまでだハルカドットオム! 抵抗するな! 君を拘束する! 君には黙秘権がある! 弁護士に相談する権利がある! だが抵抗すれば罪が重くなる!」

「いいよ。逃げも隠れもしない」

 頭の上で両手をひらひらした。ひとまずこうするほかには、どう考えても最適解がなかった。ぼくは今から会いにゆく。嫌われ者になったポールと会いに。へへん、望む所よ。
 
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第八話
「センサリースペースの素描」につづく

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 皆様の活躍された後の時代はなかなか厳しいですが、アポロもアンバーも創作する元気を与えられて感謝しています。
 

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