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小説★アンバーアクセプタンス│六話

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第六話

地下室のベルの手記・現実的課題

 助手の寝言は誰かへ何かを囁いてるみたいだ。時々覚醒してるのかと疑えるほどはっきり喋る。心配して寝言中の脳波を調べてみたが、本当に睡眠中の状態だった。異様だが異常ではないということか。

「むにゃむにゃ。すばらしい大人でさえ作りもにょの子どもは許容しがたいものだよな、目が届かなければなおさら。赤子の手をひねるほど簡単に、多数派の人らの価値観とその証拠が押収できた。そう僕を立ち止まらせたのは僕自身です。自分のことだから自分持ちの責任ですがね、そうした一般的な価値観の正当性も根元から崩壊する大きな栗の木の下であなたと私。仲良く歌いましょう、うふ」

 しっかり言ってるけど言ってることがよくわからない。お前はまじで使えない眠りの小五郎かと言いたいけど寝てるから突っ込みようもなかった。ただ面白くはあるので手記に書き加えている。
 彼の寝言のつづきは聞き流し、私のヒストリーをざっくり時系列にまとめよう。

 一。
 二〇三八年。大一番の対局で私にボロ負けした父・里中七段が、それまで使用させてくれていた取り引き口座を突然ロックした。大人げなさすぎる嫌がらせだ。

 二。
 私は父の所業に立腹し、かねてから反対されていた「宇宙飛行士になる」夢を叶えようと思った。これ何とかなりませんかって、JAXAジャクサへ直接問合せした。

 三。
 棋歴や知名度を考慮され、わりとすんなり筑波宇宙追跡ネットワーク技術センターの単独見学許可が下りた。こっちは一応タイトルホルダーの中学生棋士だ、柔軟に対応されると思っていた。

 四。
 しかし見学中、技術センターの航空幕僚監部よりスパイ容疑で拘束される。無実証明のため調査には応じる(失礼な言いがかりだった。ただテクニカルな疑問点や憶測を言ってみただけなのに)。

 五。
 その調査中、世界同時多発サイバーテロが発生。概ね予想通りの時期だ。内閣は緊急事態宣言から間もなく情報防衛作戦司令本部を発足。私は宇宙航空自衛隊と米国宇宙軍の共同研究班への参加を要請された。「君の希望する進路には有利だし、自衛隊の特命予備員にならない?」と。無論合意した。

 六。
 X国の核兵器設計情報が複数の匿名集団に漏洩。また、国際宇宙ステーションの一部と多数の人工衛星が爆撃されたとの報道。中国をはじめアジア諸国で地下避難施設や地球外脱出サービスの需要が急増。一方、ほとんどのGPS装置やデジタル通信技術が機能不全。世界恐慌勃発。がーん。

 七。
 国連は加盟国に月面探査及び移住計画等の破棄を推奨の上、米大統領府へ攻撃を回避しながら活動環境の維持が可能な宇宙船型コロニーを早期実用化するよう強く要望。同時期、私は日米韓政府が共同出資する民間研究施設(つまりこの地下室)へ移管される。研究者を保護する目的を兼ねる計画だとか。助手ハルカもそんな強引な理由で同時収容された。

 八。
 この研究施設は最初広かった。でも大手半導体メーカーが極秘裏に開発・保持していた化物みたいにでっかいコンピューターを無償提供され、おかげさまで人員の生活スペースまで圧迫された。定員数が二名ぽっきりとなった。おかげさまでベルと二人きりになれて嬉しい、なんて助手ハルカが呑気なことを言ったけれど、私は狭いのが苦手で息苦しい、悠長じゃいられない。方々に根回しを急がせた。宇宙船の製造を実行する協力企業への補助金は国と鹿児島県が折半で負担。現場の連携と護衛は警察が協力。飛車八号が完成後、クルーの選定作業も迅速にクリア。ただし私本体の搭乗許可はなし(失敗して私に死なれたら困るから。だろうけど事業の理念に矛盾してると思う)。

 九。
 二〇四二年、打ち上げは成功。どん。船内の中途半端な環境と人工人格を整備するかたわらロボットの開発に着手。助手ハルカとアンバードッグの功績は大きく、十三番目のアンドロイド・アンバー・ハルカドットオムがお誕生おめでとう。

 補足。
 ペンタゴンに管理させる同意を求められた私の頭脳のデータ、これをバックアップできる装置は間違えて丸ごと飛車八号へ載せたまんま天高くぶっ飛ばしちゃいました、だから研究成果の再現なんて本船が戻ってくるまで到底不可能でごめんなさい。公式の事後報告はそんな感じ。

 わざとじゃないと言い切る材料は前述の通り拿捕みたいなスカウトをされた二〇三八年から丸三年もかけてこつこつ積み立てていた。そのへん我ながらずる賢い反則だと自覚するのでいたたまれない気はする。父の性格なんか一部でも継ぎたくないが若干影響はしてる。

 ざっと振り返ったが何しろ急展開の連続で変化が速すぎる。まるで古典的なライトノベルだ。重要なポイントは現在と未来なので古い確執の記憶なんかよく覚えちゃいない。

 ただ私には追い込まれるほど先を読もうとする癖が今もある。当面の敵が将来味方につく手を打つのは将棋の駒取りと似てる。監視している大人たちも先読みはしてて、こっちの意図に気付いているから暗黙のうち最低限の人権を認めてくれる(世の最低限の概念がいかなるレベルかはさておき)。
 飛車八号は今まさに銀河を飛び回っておりプロジェクトは快速で進展中だ。半官半民の出資体制を作らせた財務大臣も引き続き後押ししてくれる。

 しかし今後は私の度重なる心理的ミス(が原因ということ)で搭乗員らの安全確保が難しくなる。計画的失敗の初動を防ぐために誰かが預言死守党派へ何か働きかけるほかなくなるだろう。
 あらためて書いておくがこのベル・エム・サトナカの本願は宇宙船の維持ではなく、現代の人類にこの世の救済方法を創出されることだ。はっきり言ってそんなこと私自身には無理だ。仮に可能としたって私が重い使命を背負えば根本的な課題はクリアされない。

 ここはそれ程までに絶望的な世界だから。

 残酷な世界に立ち向かう勇者がいるならば、それは私みたいな半端者であってはならないと私が思う・・・・。何が誠実なる人々の意欲や再興をスポイルするかだ。何が劇的な斥力を目覚めさせるかだ。私は深く深く考えた。考える才能と責任は与えられていると思うから。

 現実、技術も資本も必要。が、私たち人類が生きるには何よりも心理的希望が重要。大まかにでも「まだなんとかなりそう」なイメージを信じる人間が増えなきゃ本当ににっちもさっちもいかない。現実、現実、現実的に一縷の望みを見据えてる。その見方を私に教えたのはかつての日経平均、ナスダック、ビットコイン、それらのチャートと板、それから棋聖や文豪や画狂たちが残してくれた棋譜、文学、美術だ。

 この背景や足元は現実の人たちの想いのスパイラルに力強く仕組まれている。世界の豊かさを減らしてしまう大人たちの思惑に打ち勝つには何が要るか。短期的にも長期的にも結局は勝ち続けなきゃまたいつか負けてしまう。その勝ち方や負け方には色々なパターンがあって、たとえば、たとえば、そう。底辺棋士が上向くには格上の名人と五戦して一勝くらいしたい。この心の手元に百点あるとして、四回の対局で十点ずつ敗北感を与えられるとしたら、最後の一回では五十点くらいの「よっしゃ!」って達成感を得たいんだ。で、残り十点がどう付くかだ。
 その点は、人の勝ち負けの内容を受け止められる人々が柔軟にびしっと支えてくれるはず。だから総体的には、私のような者は単なるきっかけだった、なんてミスターポールあたりに言われる結末が理想。

 犬の方のアンバーにしても、ほとんどそういう位置にいれば良い。

 *

 寝ぼけた助手はどう思うだろうか、よし、そろそろ起こして聞いてみよう、つんつん。目覚めろ相棒。

「あにゃにゃー、ベル、やめやめ。そんなメガネに目玉焼きは乗せないでいいと思うよ」

「ハルカ、起きて。もう、起きて。君、メガネはかけてるよ。卵はまだ割れてさえいない」

 ★

第七話
「ひとりぼっちのアンバー」につづく

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