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『おちょやん』19 おおけに、さいなら岡安

 赤松ら借金取りに唐辛子入りの酒を「辛口が好きやから」飲ませた千代。
「死にとうなければなよ出ていかんかい!」
 そう啖呵をきります。せやせや、一服盛るのは乱世の梟雄と、台所預かる女の手やで! やったれ、やったれい!
 そういうおちゃらけはともかくとして、杉咲花さんのピリッとした風情がどんどん、毎朝、よくなってゆきます。

女将の顔立てたる

 ここで騒ぎをとめに、シズが入ってきます。
「やめとくれやす!」
 ここはお芝居を見にくる人がくつろぐ場所。騒ぐようなら出ていって欲しい。そう切々と訴えます。
「お頼み申します」
 すると極道借金取りは、「女将の顔に免じて去(い)んだるわ」と言い残し、ひとまずおさまります。こういう顔にこだわる大正が見たかったところはあります。大正時代は、今よりもずっと男尊女卑が厳しいというのは、その通りです。けれども、男女双方の顔を立てるという文化はあるのです。そういう顔を重んじて、本気で命の取り合いをするようなことはないっちゅうことですね。
 こういう商売をしているとなれば、なおのことなのです。年上の女性のことを刀自、姐御さんと立てることは大いにある。ヤクザだけでもないのですよ。それがどうしたことか。そういう儒教の教えか、価値観か。金を稼げない女を軽視するだけなのか。高度経済成長期の規範だけを身につけて、こういう年上の女性を「ババアw」と笑いものにし、若い女に嫉妬するだけの愚物扱いするフィクションには困り果てたったところです。
 でも、それも終わる。篠原涼子さんは、まさに女将の顔。ええ顔です。これなら借金取りも追い払える。そういう説得力があって素晴らしいですね!

テルヲ、借金総額二千円の衝撃

 どうして借金取りが荒れ狂っているのか? テルヲの借金総額がここで明らかになりましたわ。2000円だとさ。大正時代の大卒男性初任給が50円から60円。ざっとこれを25万としまして。え、あ、今なら1000万円いく? そら千代が何年ただ働きしても返せんわ。千代の年収が、かなり低いと考えて。150万円としまして……おおもう!
 それでも血の繋がった娘なら返せと迫られる千代。このままだと借金取りの嫌がらせで大変なことになります。このまま千代を置いておくべきか? それでもシズは話はわかったと構えてはおりますが。

 しかし、ただで済むわけもない。岡安には嫌がらせ三昧ですわ。頼んだ覚えのない弁当が大量に届くとか。器物損壊とか。一世紀前でも悪知恵は同じようなものかも。通販でいろいろ注文されたり、ピザ頼まれたり、社用車に硬貨で傷つけるようなもんですかね。
 現代人でも想像できるだけに、ゾッとするものがある。わかるで、わかる。こういう卑劣な手口あるある。職場に電話しまくるとかな。
 常連のキャンセルも相次ぎます。なんと5件も! キセルを届けられなかっただけで、常連の信用を崩したとして、千代はクビになりかけたことがあります。その非ではありません。
 えげつないわ……ええんか、朝ドラでこんなん?

うちらには一生分からんこと

 一方でライバルの福富は大繁盛。女将もお茶子三人組も、ニコニコですわ。ここでボンの福助が、あの橋の上にみつえを呼び出します。みつえは女学生らしい袴スタイルです。トランペットで生きていきたいのに、芝居茶屋が潰れないと困る! 岡安が繁盛しないと困ると、自分の都合だけを一方的に言いよります。みつえはムッとしています。親が聞いたらどう思うことか。そういう気持ちが出ている。
 そしてみつえは、親に追い出されたらどうするかと福助に問いかけます。
 どんだけしんどいか、うちらには一生分からへんこと。そう言うのです。みつえは千代のことを思っている。千代を追い出すというのは、親から追い出された子を世間に放り出すということ。
 その苦労、辛さ、悲しみはわからない。そうつぶやいている。これはええ問題提起です。近年の朝ドラは、みつえ側が主役でした。おリボン結んだ女学生、自転車乗ってるお嬢さん。でも、そういう目線だけでいたら、千代のような貧困層の女性の境遇は想像できません。視聴者まで千代みたいな境遇を追い出して、想像しなくなったら? それはたった一世紀まえの日本人のことを、私たちが思い出せなくなるという大損失なのです。
 そういうシリアスな問題提起をしておきながら、みつえがトランペットを水にぶん投げ、そしてあの役に立たない杖を出すおっちゃんを出すことでぶち壊しにすると。杖もまた水に投げます。なんでや!
 そう突っ込みたくなるけれど、これも道頓堀やね。セットの秘話を公式サイトで読みました。水のにおいがしてこそ道頓堀。そういう上方の誇りを感じでグッときます。

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2020年度下半期NHK大阪朝の連続テレビ小説『おちょやん』をレビューするで!週刊や!(前身はこちら https://asadrama.com/

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