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出会ってしまった物語

どうしよう。また、大好きな一冊に出会ってしまった。
本を読み終えるたび、そう思う。どうしよう、とは言うものの、心の中には優しくてあたたかい気持ちが溢れている。それが、「うれしい」という感情であることを、私は知っている。

最近そう思ったのは、辻村深月さんの「スロウハイツの神様」を読み終えた時。とてもすてきな余韻に包まれているので、感想を文章に残しておこうと思う。

作家、脚本家、漫画家など、さまざまなジャンルで創作活動を営むクリエイター(売れっ子から卵まで)が共同生活を送る「スロウハイツ」。夢を語り合い、時にぶつかり、傷つきながら、支え合いながら「作品」を生み出していく住人たちの日々を中心に、心の葛藤、秘密、そして消せない過去を描いた物語。
登場人物たちの人柄やスロウハイツに住むことになったきっかけ、過去に起きた事件などを穏やかに解説していくような上巻。下巻はうって変わり、怒涛の伏線回収。それぞれの秘めていた思いや真実が明らかになっていく展開が、いやぁ、お見事。もう、「ああ〜〜〜……………」って呻くような声ばかりで言葉にならない、この感じ。たまらなく大好きな本に出会ってしまった時は、毎回こんな感じになる。



※※※ 以下、ネタバレを含む感想です ※※※



勝ち気で曲がったことが大嫌いだけどとても繊細な脚本家・環、一見へんてこりんだけどとても深い愛に満ちている作家・コウちゃん、闇を描きたくない漫画家の卵・狩野、感情を描くことができない監督の卵・正義、心優しい画家の卵・スー、環をライバル視するあまりスロウハイツに居られなくなった漫画家の卵・エンヤ、その代わりに住人となった謎めいた美少女・莉々亜……
登場人物の誰もがとても魅力的だった。

「あなたにとっては、些細なことに映るでしょう。くだらないと、そう思うかもしれない。だけど、私の友達はみんな必死だわ。自分にとって何が武器になるのか。それを考えて、小説を書いて、漫画を描いて、必死に世界に関わろうとしてる。これが自分の武器なのだと考え抜き、これで訴えかけることができないんだったら、本当に自分の人生はどうしたらいいんだって、一生懸命なのよ。世界に自分の名前を残したい、それを一度夢見てしまった以上は、と今日も机に齧りついている」
 そのために、負けず嫌いが高じて人に会えなくなったり、衝突したり、自分自身を磨り減らしたり。そうしながら、生きていく。この方法で世界に関わりたいと望んでしまったから。  (本文より)

「作品」を生み出すための決意やプライドが、それぞれのパートからひしひしと伝わってきて苦しくもなった。生み出す、ってそういうことだ。天才と呼ばれる人だってそう。簡単に生み出すことができるのなら、こんなに苦しくならないはずだ、と。

仲良し、だけどずっとこのままではいられないことをわかっている住人たち。それでも、この日々がずっとずっとずーっと続けばいいのに、と願わずにはいられなかった。狩野とコウちゃんの微笑ましい会話を見ていたかったし、正義とスーには別れてほしくなかった。皆が皆を大切に思い合いながら過ごしてほしかった。環にはきっと、「生ぬるい」と切り捨てられてしまうだろうけれど。

環の正体や狩野の秘密は、読んでいて引っ掛かるところがいくつかあったから、それが決定的になった時は「おお、やっぱり」と思ったのだけれど…
コウちゃん、コウちゃん……!!!
コウちゃんの、コウちゃんにしか語ることのできない回想が、もう、愛でしかなかった。彼女を救いながら、自分もまた救われる。なんて優しいの、と、涙が止まらなかった。

「まぁ、なんていうか。あらゆる物語のテーマは
 結局愛だよね」  (本文より)

コウちゃんパートは言葉に表せない。この、正義の言葉に尽きる。

「もっと早く出会いたかった」と思わないわけではないけれど、自分に然るべきタイミングで出会っている、といった方が合っているような気がする。もっと早く出会っていたら、もしかしたらここまで心を揺さぶられることはなかったかもしれないな、なんて。
「スロウハイツの神様」は、まさに私に然るべきタイミングで出会えたのだと思う。また何度も何度も読み返して、すてきな余韻に浸ることにしよう。

さて、次はどんな物語に出会ってしまうのか。今から楽しみだ。

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