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【漫画】HP1の太宰治が異世界転移?生き残れるの?『異世界失格』(1巻~2巻)

こんにちは、ごみくずです。
レビューは有料表示になっていますが、全て無料で読めます。

スパム等の無為なコメントを避け、本当にコメントを残したい人用にコメントのみ有料としているので、安心して読んでいただければ幸甚です。
そして面白かったら応援の気持ちで課金していただけると励みになります。

さて、今回の漫画レビューは、最近アニメ化した作品『異世界失格』をご紹介したいと思います。

この作品を知らずとも、タイトルから「もしかして?」と何かを感じた方は察しが良いですし、きっと心動かされると思います。

正直なところ、従来型の『異世界モノ』は苦手で余り読んではいないため、情報が足りない部分もあると思いますがご容赦ください。

また、熱が入り過ぎて非常に長いですので、目次を見ていただき、興味のある所を読んでいただけると嬉しいです。
作品の背景を知りたい方は「何故『さっちゃん』なのか?」あたりからがお勧めです。


『異世界失格』の作者について

作者は物語の構成と作画に別れております。
原作:野田宏さん、作画:若松卓宏さんのコンビです。

このコンビは以前『恋は世界征服のあとで』というラブコメでアニメ化もされたので、ご存じの方もいるかもしてません。

上記の作風は、シリアスなシーンや見ていて困惑するような描写は殆ど無く、一貫した人間賛歌の恋愛コメディで、テンポのいい優しいギャグが強みでした。最終話のデス美の決意と不動の変わらぬ愛は非常に心打たれますので、気になった方はこの機会にご覧になってください。

過去に私も紹介記事を書いておりますので、下記のリンクから作品が購読できます。

『恋は世界征服のあとで』が連載開始早々に何故アニメ化までされたのか経緯は不明ですが、作品の構成が冒頭からアニメ化を狙っているように思えました。

誠実にして不器用な昆虫ヲタクの不動と戦闘力以外は最高の美貌と奥ゆかしい好きな男性に尽くすデス美という二人の性格と恋愛に対する互いの姿勢、そして戦隊モノという世界観はヲタクの方が高評価する要素が多く、企画段階からアニメ化を意図して作ったようにも感じました。
勿論企画については野田さんだけでなく編集者や編集長の力もあると思いますが、細かいギャグは野田さんの企画と作話力があってこそかと思いますし、その世界観を的確に表現するには若松さんの画力が必要不可欠。

企画力に優れ、ギャグの流れが軽快で、展開やコマ割りの抑揚も良くて、女性キャラも魅力的に描ける確かな画力。
このコンビの強みはこの辺りでしょうか。そして本作もアニメ化を狙っているなというのを感じました。これは面白くならない理由がないという題材ですので尚更です。

その強みが、今回紹介する作品『異世界失格』にもしっかり反映されていると思います。

なお余談ですが、『恋は世界征服の後で』が『異世界失格』の連載開始後、程なくして連載終了した理由はやはりこの作品が始まったからなのでしょうか?気になります。

それでは話を戻し作品の冒頭に移ります。

この主人公、どう考えても…

昭和23年6月13日、雨の降りしきる玉川上水。
一人の作家が情人と心中を試みます。

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用
アニメ版では日にちと玉川上水を示す石柱は表示されませんでした

場所と日付からみて、どう考えても『太宰治』です。
太宰治なのですが、作中では明言されません。明言されず、自らも名乗らず、周囲には自分の事を『センセー』と呼ばせます。

外見的な要素の他に、太宰の有名な要素である、味の素、カルモチン、川端康成への殺意の想い出、「富士には月見草」を代表する、ひっそりとした美しさや弱さの持つ美しさ、踏みにじられるひっそりとした優しさや甲斐の無い無償の奉仕にフォーカスし寄りそう言葉、今回の心中も含め5回の自殺未遂、「生まれながらにしての作家」等の有名な太宰作品の一文を織り込んで。

パビナール中毒から回復した結婚後も常時カルモチンを服用していたかどうか記憶が曖昧なのではっきりしたことは言えませんが、確か不眠で飲んてたのではなかったでしょうか。
この作品では、スナック感覚でカルモチンをぽりぽり貪る死にたがりの変態に再構成されており、退廃的な晩年の太宰に、初期の自殺要素を強めにして再構成したのではないかと感じる人物像です。

そして、情死のお相手は『さっちゃん』と呼ばれる女性です。


『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

さっちゃん…?

御存じの方も多いかと思いますが、実際に太宰治と心中したのは『山崎富江』さんです。

東京都文京区本郷の生まれの女性です。享年28歳。
不倫の末の情死をしているため訝しい目で見られる方もいるかもしれませんが、実際はかなり才色兼備の才媛で、生まれもお嬢様です。

その『山崎富江』さんに対しニックネームが『トミエ』や『トミちゃん』ではなく『さっちゃん』という事は、作中人物の構成にはあまり関係ないのかな?と思ったのですが、何か違和感が拭えず色々とすそ野を広げ調べたところ想い出しました。

その辺りの背景や事情については後ほど、山崎富江さんの人物像と共に解説いたします。

そんな『センセー』と『さっちゃん』は心中を目前に、突如突入してきたトラックに衝突され、気が付けば聖堂に。

さっちゃんの姿は無く、センセーだけが聖堂に居ます。
さっちゃんはどこに行ったのか。

センセーのこの世界の目的はさっちゃん探しとなり、出迎えのアネットをやり過ごし聖堂から単身旅立ちます。

転移先の異世界『ザウバーベルグ』事情

センセーが突如転送された世界について簡単に触れます。

転移の目的

世界の名前は見出しの通り『ザウバーベルグ』といいます。
異世界モノらしく、剣と魔法とドラゴンの世界。

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

転移者は世界の4つの聖堂に転送され、其々の場所から地図の中心となっている魔王の住処を目指し旅をします。

転移者がこの世界に到着するトリガーは、『当選トラック』に轢かれる事。そして、転移者が呼び出される目的は、魔族の王である『憤怒の魔王』を倒す事。

RPGを元ネタにしている異世界転移(転生)モノにありがちな設定です。

『転移者』の特徴

転移者は其々魔王を倒す使命を帯び、『神授の力(ギフテッド)』を与えられ、魔王討伐の為魔王のすみかを目指します。
ギフテッドの能力の特色は、本人の自己実現願望を物理法則を曲げて表出される能力が転移時に1つ付加されるという、ある意味魔法を超えた強大な力です。
※今後1つ以上付加された転移者が出ないとも限らないですが、現状は1人に1つです。

転移者の過去は様々ですが、現世で浮かばれない人生を送ってきたものも多く、そういう人物には当選トラックもある意味「死の救済」に近い状態で訪れており、その苦しみが大きければ大きいほど、現世の苦しみや不満から来る強い渇望を補うようなギフテッドが与えられる傾向にあるようです

この強大な能力は魔王討伐という目的があればまだ能力のはけ口があるのですが、目的がなくなれば身の丈にあわない力となり、ザウバーベルグの人々を搾取する者も現れるという状況です。
もちろん迷惑な転移者ばかりではないのですが、一部は現世での鬱憤を晴らすように力を誇示していきます。

その転移者の中で、特に圧倒的な力がある七名の転移者がこの話のキーになります。悪なのか善なのか、現時点では分かりません。

誰が呼び出しているのか

転送者を呼び出すのは、エルフを中心とした神官集団であり、その首長が教皇。世界の治安を守っているのは彼等を中心としたエルフ族の様です。ザウバーベルグの北東の大陸に『ヴァイス大聖堂』という本部があります。

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用


一見、目的からは志が高いように見えますが、教団名は『世界教団(ヘルゼーエン)』という、秘密結社のような、宗教を背景とした独裁的な支配を思わせる名前です。

加えて、一部の幹部が世界の平和を握っているという、見るからに歪な組織形態など、少し怪しさを感じます。

『七人の聖天使』が反逆すると『七人の堕天使』と呼び始め、転移者を迷惑がっている節もあります。
素直に魔王を倒してくれた転移者が何故世界教団に反逆したのか?

作中、当作品のエルフの寿命については言及されていませんが、他の作品同様、エルフが他の種族より長寿な可能性を考えると、組織の成り立ちが妖しかろうと、当時の事を知る人間が寿命なりで死ねば晴れて聖なる教団となり得るため、少し注意して見るべきかもしれません。杞憂であればいいですが。

憤怒の魔王と魔族

地図の中央に住まう魔王は竜族のようで強大な力を持ちます。
その配下の種族は様々です。
世界教団と教団が呼び寄せた転移者の敵であり、どれだけ人類に害を及ぼしているのか?というのが気になりますが、作中それほど害を及ぼしてはいないように見えます。これは彼が健在なときでもそうでした。しかし早々に物語から退場するため本当の所は分かりません。
この語られない部分が物語の大きな秘密のように思えます。
彼は何故『憤怒』と呼ばれていたのか。何に怒っていたのか?

以上がこの世界の背景です。
多種多様な種族が住まう世界で、果たして世界教団という世界を一部の人間で管理する集団の主観的な正義が全てなのか、という違和感が、この物語の先々の伏線になっていると思います

気になる人は読むしかありませんね。


どう考えても世界を救う事に興味ないセンセーの「旅の目的」と「作品の魅力」

転移者したものは誰しもが『神授の力』即ちギフテッドを手に入れ、この世界の住民では到底かなわない力を持ちます。

しかし転移者最弱のセンセーは、転移者失格

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

HP1!
魔力無し!
ギフテッド無し!

これでは、この世界に転送された意味がない存在。何しに来たの?

これは転移者失格です。

誰かに養ってもらえば生きられるでしょうけど、じゃあ「世界を救う」という転移者の大義名分と目的はどうやって果たすのか?という状況。
転送者として選定した人が悪い。

しかしセンセーの物語の目的はさっちゃんとの心中。
センセーの旅の目標はさっちゃんを探し出会うこと。

力が欲しいわけでもなく、死にたい所を邪魔された事で苛立ってもおり、このザウバーベルグがどうなろうとセンセーには知った事ではありません。
とにかく心中せねばいかん!!と旅立ちます。
なんかポジティブだな。

作中に頻出する『太宰の言葉』

そしてその死を求める旅の先々で、様々な人物に出会います。

転移者やザウバーベルグの人々も含めた、様々な人間の心の弱さや醜さ、寂しさに出会い、先生の創作意欲は掻き立てられます。

特に、現世では誰にも認められないような辛く悲しい日々を紡いでいた転移者たちが多く存在する世界はセンセーにとって興味深く、切なく弱い存在が転移によって身の丈に合わない特別な力を得、そこで人生が変わってしまう転移者たちの生き様は、情死に当たり「小説が書けなくなった」と言い残したセンセーの創作意欲を激しく掻き立て、生の輝きを取り戻していきます。

太宰作品と言えば、弱さの美しさや、無償の奉仕を行う孤独な人々の心に寄り添う作家とも言え、悲しさを持った人物たちは彼にとって絶好の題材です。

蛮勇にも似た、でも違う「自殺願望」

加えて、センセーは死の恐れを通り越して、むしろ死にたい。
死にたいしてめちゃくちゃポジティブで、悦楽の時間とすら思っています。
そして、いい作品が書けるなら死んでも良いと思っています。


既に生に執着していない為、世事や財や権力争いなどに全く興味がなく、ニヒリズムから来る精気の脱力状態を貫いています。
しかし道中小説のネタとなる人材に会うと、途端に人が変わったようにその題材に食い入るように向かっていき、その瞬間だけ生命力がみなぎりだし、その姿は相手が恐怖する程です。

その行動原理の背景は『死を恐れない』勇敢な気持ちからでは無く、『死を与えて欲しい』という自殺願望と、『いい作品が書きたい』という作家としての強欲な本性からなので、決してヒーローとは呼べないのですが、自分を殺してくれる人に嬉々として向かって行く姿は恐怖心と戦い前に進む勇敢や蛮勇とは異なる姿であり、相手は怯え、勇敢ではないのに勇者のように見えることがあります。

このように、作中繰り返される『普段の虚無からの反転』も作品の魅力のひとつです。

上記にあげた全体の構成が、太宰が残した銘文、名作の数々を下敷きにした構成になっており、その切なさをもった各話が毎度心に響きます。

頭を隅の方を擽られるというか、眠っていた切なさを呼び起こされるというか。日常では得られない『心(脳)の振動』を感じられ、太宰作品を読んだような読後感があります。

まずこの作品を読み進めることでセンセーと旅をしながら、その言葉の氷のような鋭さと儚さを体験していただきたいです。

ちなみに、個人的に好きな話を1つ挙げると、世界樹の村トネリコのバーのママ、エッシェの物語が太宰的な話となっていてお勧めです。タマの話など、其々素晴らしいですが。

旅の仲間たち

ここからは、センセーと出会い、共に旅する仲間達です。
このほかにもセンセーの味方は増えていきますが、周囲に付き従う人物はこのメンバーです。

アネット(神官)

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

エルフの神官で、転移者を呼び出す聖堂の案内人。
戦闘面のスキルは神官らしく防御系です。

年齢については、エルフは長寿ですので実際の生年齢は不明です。
とはいえ人間でいうところの20代前半のように見えます。
金髪で長耳。長身に豊満な胸と美貌の持ち主です。

非常にまじめな性格で努力家。
就任当初は自分の仕事に誇りに思っていましたが、転移者の幼く使命感の無い唯々腐りきった人間性に触れる事で、次第に仕事に対しての情熱を失い、事務的に「さしすせそ構文」を繰り返す女となってしまいました。
転移者が嫌な奴ばかりだったせいか、内心は転移者を大分見下しています。「現世で辛い想いをしてきたから転移してきたんだろ?転移させてやったんだ」くらいには思っているようでした。

しかし、常識的で学習意欲旺盛で真面目な女性の性なのか、ステータス最低で退廃的な雰囲気が漂うセンセーに「私が居ないとこの人はダメなの」と惹かれてしまい、以後職を捨てセンセーに貢ぐ女となり、センセーの眠る棺桶を引くことに生きがいを感じながら、各地の転移拠点へ連れていきます。

センセーの旅の目的が、「心中相手さっちゃんの探索と心中」と知りながらも。センセーを想いながら、その目的を果たす手伝いをします。本当に先生が好きなんですね。

物語の切っ掛けとなった彼女の想いがセンセーに届くのかどうかが、本作品の大きな見どころの柱となりそうです。

タマ(格闘家)

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

ネコ人間の格闘家です。
年齢的には15歳以上の10代というところ。

きゅっとした大きい釣り眼に凛とした顔立ち。
小柄ですが格闘家らしい洗練された体形と女性的な凹凸が同居した非常にセクシーなスタイルをしており、体の黒い服の様な部分は体毛ではなく洋服で、身体は人間とほぼ変わらない模様。若松先生のセンスが光るデザインです。

本名は別にあるのですが、センセーは初対面から『タマ』と決めつけて呼び続け、当初本人は激しく是正を求めるも、アネットたちまでタマと呼ぶので結局本人も抵抗しなくなってしまいます。気に入っている様子はないですが、気に留めなくなったようです。

アネットとの信頼関係は良好なのですが、ネコ的な性質からセンセーに甘える事があり、時折アネットとのトラブルになります。
本人はセンセーに恋愛感情を抱いておらず、格闘と武者修行に夢中。

実は獣人の国家『グリューン国王』の国王サイベリアンの一人娘で『マチルダ』という名です。
父は格闘の王、そして教育係の大臣ブリアードはは過去偉大な格闘家であるなど、獣人の王族は代々格闘家です。その生立ちからなのか、王族の娘なのに性格がおてんばで快活。王族にありがちな尊大な態度を取る事はありません。
生立ちや性格がドラクエⅣのアリーナを彷彿とさせます。

実は彼女には『レオン』という双子の兄が居ましたが、不慮の事故で母ラバーマ王妃と共に亡くなっています。
兄は国民を愛し、周囲が期待する程の優秀な少年で、「クロ―ロン峠の悲劇」といえば誰もが知る悲劇であり、タマは兄の死により国を背負って立つ決心をし、格闘を始めます。しかしそれを認めない父とは精神的な亀裂が走っています。父はタマの潜在能力を認めつつも、危険な目に遭わせたくありません。

亡き兄と孤独な父を想う彼女の「強くなりたい」という想いはどこに向かってどう着地するか。
そして、彼女がどういう王となり国を束ねるのか。
冒険ではこの点が見どころになるのではないでしょうか?

ニア(剣士見習い)

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第2巻より引用

2巻で登場。
タマの故郷に向かう途中、ウィリディスの村で出会います。
彼は転移者ではなく現地の少年。歳は10歳くらいのようです。

自称『剣士見習い』です。しかし、見習いなら誰でも名乗れますので余りあてにはなりません。
現在は孤児であり、ウィリディスの隣にある砂漠の大陸ザムスタークのヴュステ孤児院出身。
孤児院の生活の為にウィリディスまで来て詐欺を働いているようですが、ウィリディスでは親が居ない事で社会生活でのルールやマナーを教えられていない村の迷惑ものとして扱われており、センセー一行に近寄った目的も金品略取でした。

絵柄だけみるとかなり生意気な雰囲気の少年で、瞳に光がないのが気になります。しかしその瞳に光を失った少年に宛てた作品中のセンセーの言葉に心の奥底に触れられたことで、センセーを慕うようになり、旅に同行します。
当初剣士として役には立ちませんが、盗賊みたいなポジションを経て、徐々に剣士らしくなっていきます。

当初から腕前に似合わず立派な剣を持っていますが、これは盗品では無く父の形見ということで、その出生の秘密が作品の重要な伏線となっているようです。

メロス(使い魔)

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

アネットの使い魔です。
作中の役割としてはマスコットキャラです。
どうやらオスです。

あまり頭がいいとはいえないですが非常にかわいらしく健気で、小さい体に似合わず魔法のマント等、様々な物に化ける事ができ、攻撃されないキャラの利点を活かして、パーティーの全滅を救ったりする、結構重要な立ち位置のキャラです。

ちなみに何故『メロス』かというと、飼い主のアネットから本部当てに退職届を届ける様頼まれたのに、本部に届けずアネットの元に戻って来て、アネットに怒られた姿から、センセーが自作のメロスの様子に譬えて名付けました。センセーのいつもの勝手に名前を付ける癖に対して、当初メロスは相当困っていましたが、センセーに懐いている為よくセンセーを助けます。

なお、後々メロスに似た使い魔のメスが登場し、メロスは一目惚れします。
その時センセーはメスの使い魔になんと名付けるか?そしてメロスの恋の行方は?
これは実際に作品を読んで確かめていただきたいと思います。

敵か味方か『ウォーデリア』

もう一人。独立勢力というか、孤立化した勢力と言えるウォーデリアも重要な人物の一人です。

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

『憤怒の魔王』の娘で、『リュカ』という竜の子どもを友としています。
その力は強大で、並みの冒険者や転移者では敵いません。

そして彼女は特に転移者を非常に恨んでいます。

しかしその悲しい目がセンセーの創作意欲を掻き立て、死を恐れずグイグイと距離感を詰めてくるセンセーに恐怖すら感じている模様。

センセーも自分を刺した少女相手に瀕死になりながら目を輝かせて、血まみれの手で少女の髪をかき上げながら頬を撫でるを辞めなさい!!(笑)
そりゃ恐怖するわ…(笑)

小説を書くこと以外に興味のないセンセーが興味を抱いた女性は全て心が美しく、悲しく儚い想いを秘めている為、彼女もきっとそうなのでしょう。
単純に害を成すものではない彼女の動向も注目です。

そしてセンセーは、彼女を題材に小説が書けるのか。どんな小説を書くのだろう。この伏線も大きな山場で発揮されるのでしょう。

本当に見所沢山な作品だ~。オラぁワクワクすっゾ!!

何故『さっちゃん』なのか?

冒頭で触れた、この作品におけるセンセーの心中相手の『さっちゃん』と、その元ネタと思われる『山崎富江』さんについて触れていきたいと思います。

作中の『さっちゃん』について

落ち着いた口調と佇まいから感じられる品の良さの内側に潜む、沸々と煮えたぎるマグマの様な重く鋭い嫉妬心が瞬間的に噴き出す素振りを一瞬見せる、そういう雰囲気を醸し出す和装の美女。

玉川上水の話しぶりでは、心中に対し主体的で、寧ろセンセーの背中を押しているようにも見えます。

『異世界失格』(野田宏/若松卓宏/小学館)第1巻より引用

そして彼女も、センセーと同様に当選トラックに轢かれた為、一緒に異世界に飛ばされている筈ですが、何故かセンセーの近くにはいません。
さっちゃんはこの世界のどこかでセンセーを待っています。

山崎富江さんの人物像

作中のさっちゃんのモデルとなった(と思われる)『山崎富江』さんの人物像についてご説明します。

享年28歳。

お父さんは日本最初の美容学校であるお茶の水「東京婦人美髪美容学校」の設立者である山崎晴弘さんで、その次女として東京都文京区本郷で生まれました。文京区本郷といえば現在は東大やお茶の水の近隣で、一等地と言えそうです。

父親の影響からか本人も美容の英才教育を受け、また、YWCA(キリスト教女子青年会)を通して聖書と英語そして演劇を学び、義姉と共に銀座二丁目で美容室を経営する傍ら、慶応義塾大学の聴講生として学ぶ等、現在で言えばテレビや雑誌で特集を組まれそうな人物です。そしてかなりの美人。

戦時末期に三井物産の社員の方と結婚しますが、夫は結婚後10日でマニラへ単身赴任。その後まもなくマニラは米軍の侵攻に巻き込まれ、現地で兵として召集され行方不明。富江さんは直ぐ未亡人となります。
三井物産と言えば当時の財閥でエリートでしょうし、当時は親が相手の家柄を吟味して結婚を決めたので、やはりいい家柄のお嬢さんでしょう。

そして終戦。
空襲で焼け野原となったとはいえ、ご実家の生業や美容師という職業柄、生活にも困る風でもありませんし、本人の書いた文章や周囲の評価からはテキパキと仕事をこなし、小説の為に退廃的な生活を心がけ、病状の悪化した太宰の面倒を見てしまえる、ふしだらな所の無い才女のようにも思います。本人の資質や生い立ちを考えれば、流行作家との情死という選択をせずとも、日本の美容史や女性経営者として歴史に名を残す人物となっていたかもしれません。

そんな『山崎富江』さんですが、作中のセンセーの心中相手『さっちゃん』とは呼び名が違いますし、史実の太宰の周囲にいた女性を見ても『さっちゃん』とあだ名されるような名前の女性が居なかった為、センセーのディフォルメ感から言っても独自に用意した人物の様にも見えたので当初は記憶の薄れもあって追及しませんでした。

しかし余りにも違和感が払拭できなかったため改めて作品を洗ってみると、『さっちゃん』は『山崎富江』さんで合っていました。太宰治作品は殆ど読んだ身ですが、さすがに何十年も前の話なので色々と失念していました。

『さっちゃん』を作品の登場人物まで裾野を広げて整理していくと、短編小説『ヴィヨンの妻』に登場する、作家大谷の内縁の妻『さっちゃん』が該当し、これにはハッと想い出しました。そういえば、この作品は太宰が山崎富江さんとの生活を下敷きして描いた作品です。
なお読むのであれば、WEB上で無料で読める青空文庫版がありますが、解説がしっかり描いてある新潮版の方が良いと思います。

何故名前と関連性の無いニックネームなのか?

当時、山崎富江さんは太宰治から『椿やのさっちゃん』『スタコラサッチャン』『女太宰』『もぐら』『東光』などと呼ばれていました。
この逸話は、山崎富江さんの残した日記(『愛は死と共に』編集:長塚康一郎)に記載がある内容で、『さっちゃん』というあだ名は太宰の友人知人にも認識されており、面識もあるようでした。そりゃ作品の元ネタになるくらいだし、周辺の飲み友達には有名な話だったのでしょう。

そして、作中の『さっちゃん』が持つ独占欲と嫉妬は、当時新宿の文壇バー『風紋』で太宰や富江さんと交友があった当バーの経営者、林聖子さんのインタビューから知る事ができます。富江さんは独占欲が強く、他の女性を太宰の周りから排除する動きをしたとか。

林聖子さんが富江さんを個人的な感情から辛辣な表現をしているようにおっもうのですが、しかしこの言い草は理解が出来、当時母の経営するバーによく顔を出してた、林聖子さんにとっては父の様な優しい太宰が富江さんが間に入る事で疎遠になった。しかもこちらのバーも太宰作品『メリイクリスマス』の舞台の原案となっており、それ程自分のバーに通い交友があった優しいおじさんが来なくなったら寂しいでしょう。

また、太宰から『女太宰』と言われたという事は、考え方も太宰と似ており、夢見がちで盲目で献身的で純粋という、儚くも尊い性格が原因で破滅を招いてしまうタイプで、人の弱い部分に寄り添うことの出来る人だったのかもしれません。「死にたい」といった翌日に「生きて居たい」といい、「傍にいて僕を守って」と怯える子供のような太宰に寄り添い、看病し、共に死ぬのですから。

今回取り上げた『異世界失格』の『さっちゃん』が、山崎富江さんの書いた手記や林聖子さん等周囲の人物評によってキャラを再構成しているのであれば、この先々もかなり面白いのではないかと期待感が湧いてきます。もしかしたら大分目を引く存在になるかもしれません。

そして、作中センセーを愛し支えるもう一人の女性アネットも、すこし富江さんに似ている所があるため、最終的にさっちゃんとアネットがどう対峙するか見物です。

ただ、アネットは健気で社会的で、先生の願いを叶えようとはするものの、そのアウトプットは「生」に対してなので、さっちゃんとは似た者同士ですがベクトルは正反対な存在です。

『スタコラサッチャン』

肝心の「何故『サッチャン』なのか?」については、戦時中連載されていた田河水泡(『のらくろ』の人)の少女漫画作品が元ネタで、私は後述のサイトでしか見た事が無いのではっきりした事は言えませんが、どうやら江戸っ子口調の早口で明るくハキハキと話し、何でも手際よくテキパキと動く山崎富江さんを学友がスタコラサッチャンに準え仇名が定着し、後年富江さんと交際を始めた太宰が、どこからかその逸話を知って使い始め、そして広まったようです。

『さっちゃん』、呼びやすいですからね。それに漫画で社会的に認知されていたら定着するのも分かる気がします。

この辺りの事情と考察は『太宰治真理教』というサイトに素晴らしく濃厚な考察がありますので、読んでみてください。

しかし、このあだ名の件にしても、発見された死体の状況からしても、太宰は山崎富江さんの事が本当に好きだったのか分からないような扱いをしている場面が散見され、特に二人の死体の表情は、安らかな顔の太宰と恐怖で歪んだ富江さんという正反対の最期で、恐らく睡眠薬の過飲で昏睡状態だった太宰を川まで引っ張って入水させ、死の苦しみと恐怖で後悔したのだろうというのが目に浮かび、真面目でいい育ちの美しい女性が、(心が鋭く優し過ぎる故に)言葉の美しさで人を魅了する、世間的には「ろくでもなくなってしまった男」に引っ掛かってしまった感が拭えないというか。

ただ、改めて言いますが、ここまで一途に男性を愛し、心身共に疲弊し日常生活もままならない男に献身的に尽くせる女性は、世間がどう言おうが素晴らしい女性には違いないと思います。

山崎富江さんの遺書とヴィヨンの妻。そしてもの思う葦

現代は便利になったものでネット上の青空文庫で、山崎富江さんの書いた太宰との同棲と自殺までの日記『雨の玉川心中 ~太宰治との愛と死のノート』を読むことができます。少し長いですが、気になる方は読んでみてください。

読んでいると、品の良い佇まいで、彼の小説の中の美しい銘文やセリフと同じような事を冗談交じりに真面目に語る太宰の知性と心眼に惹かれ、二人の接点である聖書の問答あたりで魅せられていったのが分かり、太宰が彼女に母や姉を求め、彼女も次第に内向きになり、太宰の周囲の恩人たち、例えば、恐らく太宰が生きて作家をする前提で最善の未来を示した井伏氏を「先生を困らす者」と内心悪く想ったりしており、盲目というか、二人で声を掛け合って奈落へ進んでいったのを感じ取ってしまいます。本当のところはどうかは知りませんが。

しかし、最期の遺書はそれまでと一転してお詫び通しで、様々な想いが伝わって来て、ここだけだと言語化が難しいです。
その昔、この内容を元に『知ってるつもり』のような番組で映像化され、今でも記憶に残っています。

その他『ヴィヨンの妻』は不甲斐なくだらしないダメ人間の大谷に対し、さっちゃんの凛とした強さと明るさ。そして専業主婦のさっちゃんが働きに出る事で知る、善意を装って人を騙し搾取する後ろ暗い人々。彼らを見るとダメ男大谷が非常に尊くも見える。
落語の様な語り口調の前半と、後半の鋭さの対比がゾクゾクとする作品ですので未読の方は読んでみてください。最期はっとさせられます。

『トランプの遊びのように、マイナスを全部あつめるとプラスに変るという事は、この世の道徳には起り得ない事でしょうか』

そしてもう一冊、『もの思う葦
こちらは随想集ですが、初期から晩年までの随想や批判を網羅し、太宰の作家としての思想や作品に込めたい想い、そして川端康成や志賀直哉への抗議文を等から彼の作家としてのスタイルを知る事ができる、非常に濃い作品集となっています。基本的に作品集を一通り読んでからのほうが入り込み易いし理解は深まると思いますが、『もの思う葦』や『川端康成へ』『如是我聞』あたりにまず触れてもいいかと思います。

太宰治は『走れメロス』や『人間失格』、他は『斜陽』くらいしか読んだ事ないけど、『異世界失格』が面白くて太宰に興味が湧いた。
そして、この作品を深く読み取りたいとの思いに至った方は、まずこの辺りを読んでいただくと、作品の根底がより深くフォローできると思います。

とは言えリリース順で読んだ方がより深く楽しめるので、寝る前に少し読んでみても良いかもしれないですね。

太宰作品共々、この作品を読んで欲しい

いかがでしたでしょうか?
文中に、太宰の作品も併せて紹介してきました。
現代の人々は太宰治に触れ、心振るわせられる事があるのでしょうか?


ちなみに、実はこのレビューは作品のアニメ化が決まった2年前ごろに既に下書きを書いたのですが、本文に入る前の前置きがあまりにも余りに長くなってしまい、そのまま燃え尽きて描き上げずに放置してしまいました。

そして、改めて書いてみると太宰治についての補足を書きまくってしまい、更に文字数が増えてしまった為、本文に入る前の前置きを全て削除した次第です。そんなに書いたのかと、我ながら驚きますが、題材として、そして太宰の描き方についても最高に太宰している作品で、異世界モノのフォーマットという、一見子供向けのように見えて、実際は色濃い傑作であると思って居ます。

今回は力が入り過ぎました(笑)

最近よく自分の書いた文章を生成AIに読ませて文章についてのアドバイスをお願いするのですが、長文レビューを読ませると「熱量は認めるが長すぎると読まれない」という回答なので気を付けないとですね(笑)。

また更新しますので、次もお読みいただけますと幸甚です。
それでは良い一日を。

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