マガジンのカバー画像

ショートショートなど(一話読み切り型)

40
ショートショート、創作文をここに載せていきます。また、「地味さんに恋して」という日常の地味な存在に対する愛を語った物語も一話完結型で載せていきます。 ※ここに載せる物語はフィク…
運営しているクリエイター

#掌握

【掌編】毛玉取り器のある生活

(約3400字)   床に転がった電動毛玉取り器。佐倉ライワ優希はベッドに座りながらそれを眺め、すうっと斜め下に右手を伸ばした。 「届かない」  優希は一言だけ呟き、ベッドに寝転がった。毛玉取り器は床に転がったまま。勝手に宙に浮いて優希の手元までやってきたりしない。 「もし今、このベッドの上で生まれ変わって毛玉取り器になったらどうしよう。ふふっ」  優希は右手を額に置き、はあっと息を吐いた。キィィイイイ……と、ルームのドアが開いていく。パタパタパタパタ、とスリッパの

【SS】大衆river

大衆river   ショートショート (1864字 )   私が小学生になったばかりの頃、父が運転する車の中、二人でたわいもない会話をしていたら、父が何気なく呟いた。 「世の中には勝ち組と負け組があるけど、それで言うたらウチは完全に負け組やからな」  それは本当に“何気なく”という言葉が似合うシチュエーションで、小学生の私に向けて放たれた。負け組。当時の私はその言葉の意味をよく掴めなかった。純粋にも“不平等”なんて海外にだけ存在するものだと思っていたのだ。だって、学校

【創作文】二人分の散文

(3036字) 「あつい」  風呂上がりにタオルで髪を拭きながらふと洗面台の鏡を見た。ところどころ赤みがかったミルクティーみたいな色の髪から水滴が見境なく落ちていく。  ここ半年で三回髪の色を変えた理由と、左手親指の爪の色を髪色に合わせている理由は分からない。好きだったミルクティーは飲みたくなくなった。  少し乱暴にドライヤーで風をあてたあと、耳にイヤフォンを突っ込んだ。歌い手さんの声が脳のどっかを乗っ取る。イヤフォンは五分ほどしたら耳から抜いた。   リビングに移動し

【創作文】hold

(219字) 明日の朝は布団がほしい。 明日の夜も布団がほしい。 ダブルベッドかシングルベッドかなんて関係なくて、別に畳でも床でもいいんだけど、 とりあえず僕の口紅を透明なグラスに入れる。 カランと音がする。 『泡沫に期限切れの戯言を吹き込んでシャボン玉にしよう』 切な声、三秒。 それを魔法って言うんだね。僕には魔物に思えたけど。 構えたら黒と白の世界に辿り着く。今は遠くの赤と白に馳せる。 そして寝る。 布団以外は何も持っていないけど、寝る。

【創作文】何かに取り憑かれた男とその友人

(897字) ボロネーゼ食べたくなってさ、 とにかくボロネーゼ食べたくなって、 ボロネーゼ食べたんだけど、 そのあと一時間後くらいにボロネーゼ食べたくなってさ、 またボロネーゼ食べたんだけど、 そのあと一時間後くらいにまたボロネーゼ食べたくなってさ、 今度はボロネーゼ食べる妄想だけして、 そしたらまたボロネーゼ食べたくなってさ、 これが一週間続いてさ、 で、ナポリタン屋を開きたいなって思って、 ナポリタン屋開いたんだよ。 それがお前が今いるこの店ね。

【創作文】ロングたこ焼きを作りたい

(811字) 「ロングたこ焼きを作りたい」 朝起きてすぐ、呟いた。 ロングたこ焼きを作りたい。 思い描くロングたこ焼きはだいたい70センチくらい。横に長いやつ。 それを作ってどうするんだろう。 自分でも分からないけど寝起きですぐ言葉に出たんだから、これはもうやるしかないのだと思う。 さて、ロングたこ焼きを作ると決意したはいいものの、たこ焼き機は通常の球体のたこ焼きが作れるものしかない。 なので型から作る必要がある。どうやって作ろうか。 僕は商店街にある金具屋に

【SS】陶芸おじいちゃんと僕

(770字 2021年12月につくったものです)  地域の陶芸サークルに入った僕は、毎週日曜に公民館で陶器をつくっている。そのなかでも、佐藤さんは、群を抜いて形の綺麗な作品をつくる。佐藤さんは七十二歳の元気なおじいちゃんで、普段は農業に勤しんでいる。健康の秘訣は日々体を動かし、自然と触れ合っていることなのかもしれない。  陶芸サークルのメンバーは全部で二十五人で、そのほとんどが六十代、七十代。二十五歳の僕は、唯一の二十代で、メンバーの皆さんからは、まるで孫のように可愛がられ

【SS】ほっとけない人

(1081字 2021年11月につくったものです)  二人でタクシーに乗ってから約三十分、僕達は一言も交わしていない。彼女は僕の隣でずっと眠ったままだ。  彼女と会うのはこれで五回目で、僕達にはこれと言って関係性はない。  恋人、友達、身内、仕事上の付き合い、そのどれでもなく、だからと言って全くの赤の他人でもない。  「知人」というにはあまりにも乾きすぎているように思えて、僕はとりあえず「ほっとけない人」という認識でいることにした。  僕が視線を窓の外に向けると、もう

#7 どうすればいいか分からない本の帯編 【地味さんに恋して】

どうすればいいか分からない本の帯さんのことですか? ……好きですよ。 あの、読んでいるときにピラーンって本から取れかかる現象には毎回少しばかりの戸惑いが生じますが、帯にもたくさんの人が関わっているんだろうな、と思うと捨てられないのです。 ずっとそばに居たいというよりは、普段は距離を取っておきたいけれども、完全に関係を切るなんて絶対に嫌だ。 そう思わせる何かがあります。シンプルながら、魅力が凝縮されているのです。 ですので、本を読んでいるときには外し、読み終えたら再び本に

【創作文】眠い

(147字) 紫の糸が鳴り響いてきたら そこに、若葉が三枚 土の色した拍子と あと三秒したら咲く赤い花 それが散ったら深い青の川に流す 淡い、オレンジ色を奏でるまで 辿り着いた海は白くて 重力を嘲笑って 舞い上がっていく金色 どこにも属さない感情が この場所で無防備に揺蕩って 今、とても眠い

【創作文】父さんの告白

(253字) 昨日、僕の三十歳の誕生日だったんだけど、父さんから、お祝いの言葉とともに「実は父さんAIだったんだ」って言われた。 それで、「じゃあ僕の血は半分AIなのか?」って父さんに聞いたら、 「全部だ」って父さんから返された。 友達にそれを言ったら、 一週間後にその友達から、「両親に聞いたら俺もお前と同じだったよ」って言われた。 でも今んとこ問題ないから、別にいい。 僕も子どもがいるから、いつかは話さないとな。 ところで妻はどうなんだろう? まあ、誰かを

【創作文】“ただの夜”

(800字 2021年12月につくった作品です)  古い、もう命が止まってしまった置時計をいつまでも枕元に転がして、ベッドに横たわる。  窓の向こうで月がごまかす距離。そこから届けられる光に私はいつも騙される。  こうやって照らされたかったから、ここにカーテンはいらないと言った。  裁人が食事を運んできた。  彼の名前は知らなかった。聞いたら「好きに付けていい」と言うものだから、この名前にした。 「裁人、今は何時かしら?」  裁人は、私が横たわるベッドの横の椅子に座

【SS】おばあさんが川で洗濯してたら桃が流れてきた話、聞きたい?

(830字 2021年11月につくった作品です。)  ある日、おばあさんが川に洗濯に行くと、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。  おばあさんは洗濯のノルマに追われていたので、それを無視して洗濯し続けました。  やがて、おばあさんが立ち上がって帰ろうとすると、またしても大きな桃が流れてきました。  おばあさんは、今夜のデザートにでもするか、と思い、両手で桃を拾い上げました。  やたら重いな……。  おばあさんはそう思ったので「こんなに重たい桃を抱えて

【創作文】初めて同業者に出会った幽霊

(968字 2021年11月につくったものです) 新人男『あ、すみません。ここ同席いいですか? ちょっと僕、初めてこの幽霊集会に来たもんで』 同席女『どうぞどうぞ』 同席男『僕と彼女もこの前の集会で初めて出会ったんですよ』 新人男『ありがとうございます。えっと、お二方こうなったきっかけは? 僕は病気です』 同席女『私は事故です』 同席男『僕ちょっと分かんないんですよね~。なんかいつの間にかって感じで……』 新人男『あー、ありますよね。そういうの』 同席女『あー分かります』