マガジンのカバー画像

ショートショートなど(一話読み切り型)

40
ショートショート、創作文をここに載せていきます。また、「地味さんに恋して」という日常の地味な存在に対する愛を語った物語も一話完結型で載せていきます。 ※ここに載せる物語はフィク…
運営しているクリエイター

#超ショートショート

【SS】くらげ一夜

  (約1600字) パソコンとスマホ、あとは生きるのに必要な分だけの衣服と作り笑いと劣情を持って、健康保険証みたいなもんは置いてきて、よく知らない宿に行って、そこの部屋でこれまたよく知らない別の宿を予約するんだよ。  持ってる現金はニ万円。一万円札が一枚と千円札が十枚。  海沿いの宿の近くで飲んでたら、そこの常連らしい歯の抜けたオヤジさんが「ここは鯖の煮付けが美味いんだ」って熱燗啜りながら教えてくれた。で、僕は正直に「すいません。鯖ダメなんですよ、アレルギーで」

【SS】大衆river

大衆river ショートショート (1864字 )   私が小学生になったばかりの頃、父が運転する車の中、二人でたわいもない会話をしていたら、父が何気なく呟いた。 「世の中には勝ち組と負け組があるけど、それで言うたらウチは完全に負け組やからな」  それは本当に“何気なく”という言葉が似合うシチュエーションで、小学生の私に向けて放たれた。負け組。当時の私はその言葉の意味をよく掴めなかった。純粋にも“不平等”なんて海外にだけ存在するものだと思っていたのだ。だって、学校

【創作文】二人分の散文

(3036字) 「あつい」  風呂上がりにタオルで髪を拭きながらふと洗面台の鏡を見た。ところどころ赤みがかったミルクティーみたいな色の髪から水滴が見境なく落ちていく。  ここ半年で三回髪の色を変えた理由と、左手親指の爪の色を髪色に合わせている理由は分からない。好きだったミルクティーは飲みたくなくなった。  少し乱暴にドライヤーで風をあてたあと、耳にイヤフォンを突っ込んだ。歌い手さんの声が脳のどっかを乗っ取る。イヤフォンは五分ほどしたら耳から抜いた。  リビングに移動し

【創作文】日常早朝39

(631字) 【39.0】 谷とも山とも言えない場所から浮かび上がる。ぼやんぼやん。 ただの日常。 僕は昨日買ってきた納豆パックを一つ手に取り、蓋を開け、そこからふわんと浮いてくる細い糸を何も考えずに眺めつつ、箸を持つ手を規則的に動かした。 そういえば今日は熱があったんだっけ。 ところどころパーツがない生物が複数名そこに存在していて、「途中にしていないで早く全部を描け」と口々に言われる。 「いや、途中じゃない。僕的には君らはそれで完成している。今はとにかく納豆を

【創作文】hold

(219字) 明日の朝は布団がほしい。 明日の夜も布団がほしい。 ダブルベッドかシングルベッドかなんて関係なくて、別に畳でも床でもいいんだけど、 とりあえず僕の口紅を透明なグラスに入れる。 カランと音がする。 『泡沫に期限切れの戯言を吹き込んでシャボン玉にしよう』 切な声、三秒。 それを魔法って言うんだね。僕には魔物に思えたけど。 構えたら黒と白の世界に辿り着く。今は遠くの赤と白に馳せる。 そして寝る。 布団以外は何も持っていないけど、寝る。

【創作文】何かに取り憑かれた男とその友人

(897字) ボロネーゼ食べたくなってさ、 とにかくボロネーゼ食べたくなって、 ボロネーゼ食べたんだけど、 そのあと一時間後くらいにボロネーゼ食べたくなってさ、 またボロネーゼ食べたんだけど、 そのあと一時間後くらいにまたボロネーゼ食べたくなってさ、 今度はボロネーゼ食べる妄想だけして、 そしたらまたボロネーゼ食べたくなってさ、 これが一週間続いてさ、 で、ナポリタン屋を開きたいなって思って、 ナポリタン屋開いたんだよ。 それがお前が今いるこの店ね。

【創作文】ロングたこ焼きを作りたい

(811字) 「ロングたこ焼きを作りたい」 朝起きてすぐ、呟いた。 ロングたこ焼きを作りたい。 思い描くロングたこ焼きはだいたい70センチくらい。横に長いやつ。 それを作ってどうするんだろう。 自分でも分からないけど寝起きですぐ言葉に出たんだから、これはもうやるしかないのだと思う。 さて、ロングたこ焼きを作ると決意したはいいものの、たこ焼き機は通常の球体のたこ焼きが作れるものしかない。 なので型から作る必要がある。どうやって作ろうか。 僕は商店街にある金具屋に

【SS】陶芸おじいちゃんと僕

(770字 2021年12月につくったものです)  地域の陶芸サークルに入った僕は、毎週日曜に公民館で陶器をつくっている。そのなかでも、佐藤さんは、群を抜いて形の綺麗な作品をつくる。佐藤さんは七十二歳の元気なおじいちゃんで、普段は農業に勤しんでいる。健康の秘訣は日々体を動かし、自然と触れ合っていることなのかもしれない。  陶芸サークルのメンバーは全部で二十五人で、そのほとんどが六十代、七十代。二十五歳の僕は、唯一の二十代で、メンバーの皆さんからは、まるで孫のように可愛がられ

【創作文】アルはチューするためにいる

(352字) ライライライライ 嘘を忘れるための虚構には休符が無くて 排水溝が溢れ出して 汚い床には踏み込めない 味のない舌を絡めて 白濁を布に垂らして 月まで飛ばした目線と まるで複製されたような同じ声 それを指先でなぞってからまた飲んで 今日も変わらず飲まれ買わされ流されて おい、いつからニコチンがチェイサー席に戻ったんだ 背丈も色もバラバラの花を飾って それを見ながら遊んでいたら 自分じゃない誰かの髪が抜けるから 頭皮のことは考えたくない

【創作文】塩対応のルミルミ

(488字 2022年1月頃つくったものです) 「ルミルミ、今度デートしない?」 「うん」 「どこか行きたいところはある?」 「ない」 「そしたら、何か食べたいものは?」 「ない」 「何かやりたいことは?」 「ない」 「……」 「……」 「じゃあ、僕に任せてもらっていい?」 「うん」 「じゃあ、あそこ行かない? 新しく〇〇駅前に出来た猫カフェ」 「うん」 「ルミルミ、君のそういうつれないところも好きだよ」 「……ねえ」 「ん? 何? ルミルミ

【SS】ほっとけない人

(1081字 2021年11月につくったものです)  二人でタクシーに乗ってから約三十分、僕達は一言も交わしていない。彼女は僕の隣でずっと眠ったままだ。  彼女と会うのはこれで五回目で、僕達にはこれと言って関係性はない。  恋人、友達、身内、仕事上の付き合い、そのどれでもなく、だからと言って全くの赤の他人でもない。  「知人」というにはあまりにも乾きすぎているように思えて、僕はとりあえず「ほっとけない人」という認識でいることにした。  僕が視線を窓の外に向けると、もう

#7 どうすればいいか分からない本の帯編 【地味さんに恋して】

どうすればいいか分からない本の帯さんのことですか? ……好きですよ。 あの、読んでいるときにピラーンって本から取れかかる現象には毎回少しばかりの戸惑いが生じますが、帯にもたくさんの人が関わっているんだろうな、と思うと捨てられないのです。 ずっとそばに居たいというよりは、普段は距離を取っておきたいけれども、完全に関係を切るなんて絶対に嫌だ。 そう思わせる何かがあります。シンプルながら、魅力が凝縮されているのです。 ですので、本を読んでいるときには外し、読み終えたら再び本に

【創作文】眠い

(147字) 紫の糸が鳴り響いてきたら そこに、若葉が三枚 土の色した拍子と あと三秒したら咲く赤い花 それが散ったら深い青の川に流す 淡い、オレンジ色を奏でるまで 辿り着いた海は白くて 重力を嘲笑って 舞い上がっていく金色 どこにも属さない感情が この場所で無防備に揺蕩って 今、とても眠い

【創作文】父さんの告白

(253字) 昨日、僕の三十歳の誕生日だったんだけど、父さんから、お祝いの言葉とともに「実は父さんAIだったんだ」って言われた。 それで、「じゃあ僕の血は半分AIなのか?」って父さんに聞いたら、 「全部だ」って父さんから返された。 友達にそれを言ったら、 一週間後にその友達から、「両親に聞いたら俺もお前と同じだったよ」って言われた。 でも今んとこ問題ないから、別にいい。 僕も子どもがいるから、いつかは話さないとな。 ところで妻はどうなんだろう? まあ、誰かを