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2月のエッセイ風「主なしとて」

明日、洗濯物干せるかなあ。

気になってスマホで天気予報を見てみると、晴れ。気温も高いみたい。
液晶上でどうやら私と同じ目論見のカエルはフライングして、もう洗濯物を干していた。いや、まだ夜だから乾かないと思うよ。

翌日。

カラカラの口に一杯の水を含んで、カーテンを開けると、それはそれはもう、晴れの中の晴れ。
ド晴れ。ドがつくほどの晴れ。日本晴れ。アジア晴れ。

こりゃ黙ってられん。

洗濯が回ってる間に着替えて、終わったらすぐ干す。コーヒーも飲み干して、そして最寄り駅へ。


決めた。今日は梅を見に行こう。
好きなんだ、梅の花。


13時過ぎ。一度乗り換えて、久々の阪急京都線。烏丸まで。立ちっぱなしでいるには長い時間。景色は次第にビルから畑に。

桂を過ぎて、地下に潜れば、烏丸は目と鼻の先。関西来たての頃、「とりまる?」と思っていた頃が懐かしい。

Googleマップで経路を確認しようとするが、なぜだか全く解像度が上がらない。通信制限でもあるまいに。試しに引きの九州を捉えると、もう怪獣にしか見えない。
長崎は怪獣の口の部分。そんなんちゃうわ。

何にせよ使い物にならないネットワーク頼みの地図。
仕方なく感覚で歩く。地上に出て、しばらく西へ進み、大通りで右、北へ。「堀川通」と標識に書いてある。
そのままひたすら北へ。二条城をかすって、もっと北へ。
途中の並木に、渋い緑色の目の周りだけ白い鳥が止まった。あれメジロかな?チーチクチーチク鳴いている。
かまわず北へ。
アーケードのような商店街を、ギコギコとガタの来まくったママチャリでおじいちゃんがゆっくり追い越して行く。むしろバランス取るのが難しいくらいのスピード。
かまわず北へ。

目的地は家を出たときからすでに決まっている。
北野天満宮だ。

梅の名所なら関西には他にもあるが、今回に限っては北野天満宮をおいて、他に行くべき所はない。

というのも、私には周囲に二人ほど、近々受験を控えている人がいる。学問の神様おいでの北野天満宮に、彼らの合格祈願をしておこう、という事情だ。

随分歩いたな、そろそろか、というところで道端の案内板を見ると、現在地は北野天満宮と同じ高さ。ということは、あとはここを左に曲がって、西へ進んでいくだけ。
普段は道端の案内板なんて見ることはないが、九州を怪獣にしてしまう地図よりはるかに役に立つ。

さっきまでの縦の通りよりだいぶ狭い横の道を進んでしばらく。白い鳥居の御前で数多のタクシーがたむろするここは、間違いなく北野天満宮。着いた。

16時過ぎ。私が到着する頃にはすでに、目当ての梅苑は閉まっていた。不覚。
でもまあいい。梅苑に入らなくても境内で梅はたくさん鑑賞できるし、今日の目当てはそれだけではない。とりあえず合格祈願だ。

実際、本殿まで歩く間にも梅の木はたくさん植わっていて、色んな種類が咲いていた。これよ、これこれ。

白梅もあれば紅梅もあり。紅梅とは言え、ほぼピンクだが、ピンクと言っても濃さは様々。およそ咲き始め、残りはつぼみ。
花見と言えば桜だが、梅は桜より一月ほど咲くのが早く、それはまだ外を出歩くには寒い時期である。また、個人的にツボなのが、梅の木の幹の細さ。桜の木の幹がどっしりしているのと比べると、心配になるくらい細い。

まだ寒い冬の中。か細い幹の先。ぐにゃっとした枝の先。顔を近づけられるくらいの高さ。

そんな状況で仄かに香ると、なんだかとても可憐に感じてしまうのである。


梅の道の先に本殿。国宝らしい。本殿で参拝して、絵馬を頂く。サインペンもついてきた。
書き方の見本があるので参考にしよう。と、そこで気がついた。二人分の合格祈願なのに、絵馬は一枚しか頂いていないのだ。
当然、見本には一枚の絵馬に一人分の合格祈願しか書かれていない。どうしたものか。もう一枚ってのも「なんじゃこいつ」みたいに思われそうで気が進まない。

悩んだ末に結局、二人分を一枚にまとめて、最後に「欲張らせて下さい」と書き足した。本殿で参拝した時の願いは一旦キャンセルで。今回の私の願い事としては、「欲張らせて下さい」の方を採用していただきたい。

見本からだいぶ逸脱した絵馬の完成目前で、突然老夫人に話しかけられた。「それ持ってきはったの?」と。先ほどもらったサインペンを指差していた。
「絵馬を買った時についてきましたよ」と返すと、「あー、そうなんですね」と。なんだか残念そうな様子。
まだ絵馬を買ってないのか?だとすれば買いにいけばいいと思うが。にしては、「問題解決!」という感じではない。

夫人の隣にいた老紳士の持っていた紙袋を見ると事情がわかった。紙袋の中には絵馬が入っている。なるほど、絵馬は家から持ってきたんだな。それでペンだけ忘れたんだ。
いや、絵馬って家にあるもんなのか?まあいいや。

結局、私は絵馬に合格祈願を書き終えると同時に、用済みのサインペンを老夫婦に差し上げた。持って帰ったところで特に使い道はないし、不要な物が増えるだけ。完璧なWin-Winである。

思いがけず、思いがけない場所で人助け。

恥ずかしいので、なるべく目立たないところを選んで絵馬を吊るして、逃げるように立ち去る。俺じゃない俺じゃない。

気持ちが温かくなった参拝道の帰り、ずれたマスクを直す時にふと、仄かに梅の香りがする。
ちらっと横を見ると、一輪。白梅が顔の高さに咲いていた。


東風吹かば にほひをこせよ 梅の花
主なしとて 春を忘るな(春な忘れそ)


帰り道でも、なんだか忘れられない梅の香り。知らない商店街のアーケードの隙間から覗く夕陽も、この日は見事だった。豊かな心境のまま烏丸に到着。今日はけっこう歩いたな。

しかしその後、夕飯につけ麺を食べたことによって、もう全く梅の香りなんて思い出せない。残ってるのは豚の味だけ。

もう一度「にほひをこ」してくれなければ、私の方はせっかくの春を忘れてしまいそうです。




そんなことのあった週末からもまあまあ時が過ぎ、国立大学二次試験まであと一週間。

私の方は、つけ麺の翌日、以前和歌山からのお土産で買ってきて残っていた梅干しを食べて、なんとなく梅の香りを思い出したような気がします。

受験生の方は、いよいよ大詰め。一週間後に本番です。


受験生のみんな。自分の実力と、無作法な絵馬と、アクシデントで急に主の変わったサインペンの力を信じて頑張ってね。


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