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サンポーの遠足「集合住宅歴史館」見学/答え合わせのような旅は、しない

1、散歩マニアに効く3大「誘い文句」

 ジモトぶらぶら散歩マガジン『サンポー』というウェブメディアがある。そこでは、さまざまな視点をもって歩く散歩者(ライター)がおもいおもいに記事を書いている。

 各人の気づきをシェアしたり、「こんなおさんぽ、どうでしょう?」と、企画のアイデアを出し合えるチャットワーク・グループを作っているのだが、2019年の暮れに、編集長のヤスノリさんから『UR都市機構・集合住宅歴史館』の見学をする話がでた。こんなふうに。

 「こういうところがあるんですけど、誰か、行きたい人いますか? 来年いったんなくなってしまうらしいです。予約制で、月曜から金曜の13:30~16:30が営業時間です」

 ……なにっ……、わたしは絶句した。

 本人は、きっと何も狙ってないのだろうけど、誘いかたがズルい!なんてことないふうの超ラフな声掛けのなかに、散歩マニアに対してもっとも効果のある表現トップ3をすべて使っているんだもの。順に説明すると、こうだ。

 ①期間限定。今のうち行かないとスポット自体が消滅する。レア度UP
 ②完全予約制。なんとなくふらっと訪問できる場所ではない。レア度UP
 ③平日昼間のみ。社会人の就業コアタイム。行きにくい。レア度UP

 しかも、『UR都市機構・集合住宅歴史館』は、JR八高線「北八王子駅」より徒歩10分という立地。都心からは、そこそこ遠い。うーん正直、こんなふうに一緒にわいわいやれるメンバーがいなかったら下手すりゃ一生(!)行かないスポットかもしれない……。これは……行くべきでは……ッ。

 

2、サンポーの遠足にきた散歩者

 「行くッ!」と手を挙げた散歩者は4名。

 まずは、編集長のヤスノリさんである。「街で見かけるテトリス」「街に寿司を置いてみる」「詠んだばかりの短歌が生まれたところを案内してもらう散歩・インスタント聖地巡礼」など、なにそれ?っていう、発想のおばけみたいな散歩をしている人だ。

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 次に、本業がタクシードライバーの、ぜつさん。Twitterで、仕事中に起こったことをつぶやいているのもスキだが、動画投稿の「いきどまりトーク」シリーズも味わい深い。本人に会うまで実在しない人(ぜつ氏は架空の人物でそれをうごかす本体がいる)とおもっていたが、めちゃくちゃアイコンのままだった。

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 そして、街頭ハンターの王田土人さん。『路上探検フェス(路探祭)』で販売していた街頭ポストカードがわたし好み。全部ほしいし、飾っておきたいし、うちの小学3年生の娘や小学6年生の息子に、どんなふうに描いているのか教えてやってほしいくらいだ(ただの王田ファン)。あと、たまに妙なものを発見する人。

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 さいごに、わたし。Cooley Gee(くーりー・じー)という、しょっちゅう迷子になっている2児の母。道をロストしてどこにいるのか分からなくなるついでに路上観察をする。地図をうまく解読できないため進む方向が適当で、「じぶんが歩いた道順通りにおもいだして書く」ことしかできない。

3、「終わりのない自由研究」をしよう

 『サンポー』でネタを書く散歩者(ライター)は、恐らくみんな「じぶんが気になる視点」がありすぎて妙なポイントで動きが止まる人たちである。一緒に歩くと「絶対」といっていいほど、どこ行くの?何を見てるの?っておもうような行動をとるのだ。恐らく、というのは全員リアルで会ったわけじゃないが発信内容をみるからに仲間だろうなあ、と。

 あれ何?どういうこと?みたいな、わりと不毛な問いかけタイムが無限に許される。日が暮れてもやる。遠慮せずに首を傾げていられる。スマホでさくっとウェブ検索をする人も、なぜかいない(ネットで調べてもヒットしなさそうなことに目がいく癖がある)ので、現地での情報収集が命である。この「ぜんぜん終わりのみえない自由研究」ノリがすごくたのしい。

 身のまわりに「路上観察がスキ」と口走ってしまう勢がいたら、デートをしてみてほしい。きっと「そんなとこ見ます??」という虫眼鏡ポイントをいくつか保有しているはずだ。どこを見ているのか説明されることで視点が次々と加わり、一時的にじぶんが蓄える情報量もふえる。ふわああああっ!と、『サイコメトラーEIJI』的な気分を味わえる。

 どうなるかというと、なんかその辺のモノを見たり触れたりするだけで、その背景になにがあったか邪推したくなるスキルが、勝手に発動しはじめるのだ。事実の先にみえた風景をTwitterでシェアすることが多い。

 すごく余計な能力にもおもえるかもしれない。けれど時々「わかる!」とか「ありそう!」といって共感してくれる人があらわれる。これがミソだ。「すごい、よくそんな視点が!」とその場で褒めちぎり会がはじまったらもう、相手はじぶんと似た能力者である。「パーティを組む」コマンド選択をおすすめする。

 ①路上観察する人は、だいたい意気投合する。
 ②お互いの視点や習慣がかけ合わさると未知の沼が発生する。
 ③日々ずんずんハマっていく。結論、たのしい。

 その上、わたし、変なポイントをみている人を眺めるだけでも飯ウマな「散歩マニアマニア」なので、サンポーの遠足『集合住宅歴史館』への参加は、挙手一択だった。ついていくだけのピクミン族というのも、相手にイヤがられなければ、とてもたのしい。

 

4、JR拝島駅で、ウワーッ!

 サンポーの遠足当日、お散歩の目的地『UR都市機構・集合住宅歴史館』には現地集合となった。まず、JR新宿駅から拝島駅へと向かう。人生で、はじめて行く駅というだけでわくわくする。

 ホームに降り立つと、ウワーッ!エレベータが停止中!!
 なのはいいんだけど、ウワーッ!TOSHIBA(東芝エレベータ株式会社)の黄色い案内がよく見ると2種類ある!!
 ソレもいいんだけど、ウワーッ!!注意喚起する内容の違いでイラストにある人のコスチュームが微妙に違ってるぅ~~!!!

 現場状況によって使い分けるモノなのだろうけど、「同じでいいや」ってならなかったのか。こまかい、実にこまかい。

 ①定期点検中/胸ポケット大きい、赤いネクタイをしている、帽子が赤い
 ②作業中/胸ポケット小さい、首元が閉じている、帽子が無地

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 ドアップで見てみよう。

 興奮する絵ではないはずだが、ちょっとした「まちがい探し」が発生しているようで、モーレツに興奮する(鼻息フンガー)。しかも、ここにくればいつでもある!というわけじゃない。偶然のタイミングで見れたのがイイ。「定期点検」といってもいつこうなっているか分からない。数分後、別のエレベータに移動していたし、なにかに気づいてウズウズしたら、なるはやで写真に撮っておくのが吉だね。

 JR駅構内にあるコンビニエンスストア『NewDays(ニューデイズ)』、それ自体はわたしにとってさほどレアではない。改札口の外にある場合も。

 ……でも、高円寺『スパイスカレー青藍(せいらん)』がカレーパンになってるのを見つけちゃったじゃないの~~! 2020年1月14日(火)発売の新商品らしい。この日は、1月16日(木)だったのでガチンコ「おニュー」である。またもや偶然が発生でびっくり。サンポーの遠足をするよっていう日に、サンポーではじめて書かせてもらった記事の「おすすめカレー」が、目前に再浮上したのだ。ああっリアル店舗、また行きたくなったなあ。

 え、路上観察じゃないって? いやいや、こういうじぶんだけがウホッとなるモノを見つけてたったひとりでも盛り上がれるのが、お散歩の醍醐味だとおもう。ただ、分かち合える人がいたらもっとたのしいだろうな……!ともおもう。ひゅーっ、ソロが身にしみるぜ~っ

 ぴりりと辛い高円寺『スパイスカレー青藍(せいらん)』のカレーパンをほおばりつつ八高線の八王子ゆきの5番ホームまで向かうと、人っ子ひとりいなかった。見渡すかぎり無人。

 あれ……拝島駅から乗車する人、少ないのかな?と、首を傾げ発車時刻をみると、次発まで20分以上ある。げぇっ!2~3分間隔で発車する山手線のノリで、駅の改札内をうろうろしてしまった……。

 いや、待てよ。そういえば『NewDays(ニューデイズ)』前で写真を撮っているとき、ゾロゾロとヤバい数の人が大移動していたような……。ああ!そうか、あれが乗り換えのタイミングだったのか……!華麗に乗り過ごしていたことに、ようやく気付いた。たぶん2回やらかしている。

 ま、いっか。

 「いつもトイレをきれいにご利用(以下略)」という、褒めることで正しい行為を促す系のお願い文とともに白衣の女医設計士っぽい女性が描かれてるの、なんだかドキッとする。

 なぜ、このタッグなんだろう。ふたりの会話が成り立つシチュエーションを妄想する。じっと用を足しながら。右上には、魔法使いがかぶってそうな羽根つきハットだ。中身がいない。もしかして、「女」という共通点がある以外これといってなんにも考えていないイラストなのでは……。

 ひさしぶりの和式でコートの裾(すそ)とマフラーに気がいっていたせいか、わたしの『サイコメトラーEIJI』はまるで暴発しなかった。だって気になるよね、トイレの床。これ以上いわないけど。気になるよね、床。

 

5、JR北八王子駅で、でたーッ!

 『降りたことのない駅で、吟行しようぜ!』というネタを、2019年の夏、『サンポー』で書いた。これがけっこう好評だった。内容はこんなかんじ。

 短歌のすみっこを伝えるWebマガジン『TANKANESS(タンカネス)』が、歌人で集まって大阪で吟行(街を歩きながら見たり感じたことを短歌に詠む)をするというので、散歩好きの『サンポー』からも参加させてもらうことになった。

 JR北八王子駅も、わたしの人生ではじめて降り立つ場所だった。そこはわかっていたはずなのに、「吟行をする」という発想がまったくなかったのが、今になってかなしい。そわそわする光景は、いっぱいあったのに。

 集合場所の『UR都市機構・集合住宅歴史館』にたどり着くまで、わたしは気になるモノを何十枚も写真に撮った。その画像データを見ながら今すぐよーいドン!で短歌を一首一首詠んでいくのもわるくはない。……が!現地でウンウンうなりながら、ああでもないこうでもないと言葉を組み立てたかった気持ちがつよい。急用があってあまり余裕がなかったのもあるが、少々焦ってしまったかも。ううーん反省点。

 で、で、でた―――ッ!ニッチなマニア界隈の中でも王道となってきていて「路上観察といえばあれでしょ、片手袋」っていわれちゃうくらい有名になっちゃったヤ~~~ツ!!

 ナマで見たの、はじめて!
 意識的に見たの、はじめて!
 ハッシュタグ付けてツイートしたの、はじめて!
 ほんとに実在した~~!!

 「知らない人の落とした手袋が片方だけ路上のどこかに放置されたさま」を発見しただけでモーレツに興奮してしまって(2度目の鼻息フンガー)、その状態に合った適切なタイトルをつけてつぶやくというクレバーな対応ができず、とても残念である。この後、誰かのつぶやきで「こんにちは!」といってるだけの片手袋をみてめちゃくちゃ笑ってしまったんだよな……。

 「タイヤが半分だけ地面に埋まっている柵のようなモノ」を、ひさしぶりに見た。失敗した~!とおもうのが、このバームクーヘン型になったタイヤで囲まれた空間を、撮影しておかなかったこと。

 こういう「地面ぶっ刺しタイヤ」、公園の遊具になっているのを見かけたことはあるが、遊歩道を仕切る柵のように扱われているケースって、わたしは初見かもしれない。よくあるのかな。

 タイヤのすぐ脇が車道である。交通量がひじょうに多いわけではないが、バスやタクシーがときどき行き来している印象はある。乗ってあそぶ・飛んであそぶ・またいであそぶ・玩具であそぶというのは、危ない。

 ……しかし、やけに神秘的なオーラをかんじた場所だった。なんだったんだろう、わたし霊感とかスピリチュアル的なものまったくないんだけど。

 八王子市、「ポイ捨て禁止」ポスターに込められた意思がとても可視化しやすい気がする。短い間隔で点々と、けっこうはっきり目のつく位置に貼られており見つけるたび「またあった!」とおもってしまう。

 実はイラストのパターンがめちゃくちゃあったりするのかな?と、周辺を練り歩いて路上を観察してみたがおそらくこの3つが主流だ。もっとあるよ!と知っているかたがいたら、ぜひ教えてほしい。

 北八王子駅の周辺をぶらぶらしていて、いちばん気になったのが「」。左右にスイッチ切り替えができそうなふうにも、目の錯覚で内側にくぼんでいるようにもみえる。「」に気をとられて見落としそうだったが、建物の右側が地上(地面)からやけに浮いている。階段が上下パコパコしそう。

 本気でそうおもっていた。電車ドアの開閉を100%手動にするメリットって「雪除け」以外ないんじゃないかと。1駅ごとに、ボタンを押して扉をあけるよう車内アナウンスがかかっている。ハイハイわかってますよ~!と、おもいながら結局わたしはボーッとして、「ドア付近に立っているけどその駅では降車しない人」が代わりにボタンを押してくれていた。慣れないとだめだ。

 

6、答え合わせのような旅、をしない

 「サンポーの遠足」とおもって訪れた『UR都市機構・集合住宅歴史館』でわたしは、到着するなり軽いパニックになっていた。てっきり、ヤスノリさん・ぜつさん・王田さんと落ち合って、4名であちこち散歩しまくるのだとおもっていたのだ。

 ……が、専属ガイドさんを含む、UR都市機構関係者がずらっと会議室で待機しており名刺交換がはじまったのだ。テーブルには資料3点が置かれ、なにやら映像の準備もしている。

 一瞬、いつもの習慣が悪手だったのか?と、不安におそわれた。わたし、おでかけ先のアクセス方法は最低限チェックするが、現地のこまかい情報はあえて検索ノータッチでくるタイプなのだ。おススメや目玉や見どころなどを一切、知らないまま訪問する。なぜなら「ガイドとリアルの答え合わせをするような旅をしないため」である。クライアントがいて原稿料のでる取材ならガンガン事前情報を仕入れて質問事項もまとめてから望むけど、だってこれ、散歩好きな大人たちの遠足でしょ……?

 あたま真っ白になりながら、チャットワークでのやりとりを読み返したり、念のため『集合住宅歴史館』公式ページをひらいたりした。うん、なにも分からない。おもしろいことになったな、と微笑みつつ他3名を待つことにした。

7、集合住宅歴史館で、エッ……。

 遠足には、<集合時間>というのも必ずある。ここ『集合住宅歴史館』に関して、ヤスノリさんから受けた案内によると、

 ①13:30スタートだけど、
 ②13:00から待機場所が設けられていて、
 ③13:25までに居ればOK

 5分前行動だとヒヤヒヤしてしまうわたしは、およそ20分前には到着しちゃってたのだが、残りの『サンポー』勢は、待てども待てども現れない。目の前には、ぴしっとしたスーツ姿の人々が起立して待っている……。

 あーっ、これ絶対ぎりぎりに来るやつ!……でも、そうか、そうだよな、歩いていられる時間があるんだからみんなまだ歩いてるよな……と、座っているじぶんをもどかしくおもっていたらほんとうにぎりぎりに来た。

 ……分かる。敷地の入口から建物の玄関まで、100メートル近くあったもんね。体感で。その道のりを素通りせず両脇がどうなってるか観察したくなるよね。ウワーン、わたしもそうすればよかった!

 先に、集合住宅歴史館』の本来の見どころを伝えておこう。なぜなら、わたしの視点ではソコを詳しく解説することが、ほぼないとおもうから。

 ①独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)がつくった、
 ②今はもう現存しない古い時代の日本の人気「近代集合住宅」を、
 ③現物のまま一部(1部屋ぶん)を完璧に移動・復元させて、
 ④中に入って見学できるほか実際に手で触れてみることができ、
 ⑤どれだけ写真や動画を撮影してもOK……な、ところがすごい

 個人的には、代官山の同潤会アパートが実際どんなふうだったかをナマで見れたのがよかった(PDF資料)。現在、「表参道ヒルズ」になっているところもそうだが、家賃が高くて、とてもおまえには住めるところじゃないと若い頃やたら聞かされた記憶があって、どういういきさつだったかは覚えていないが「見れるなら見たかった」と実はずっとおもっていたのだ。そのわりに、ウェブ検索とかまったくしなかったのだけど。

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 それをふまえての、「美空ひばりが写っているカレンダー」である。ここは『蓮根団地』(昭和32年竣工、PDF資料)の部屋の一角だが、再現をするにあたり当時あったモノをほどよく配置して雰囲気をだしている。

 美空ひばりさんご本人が美しいのは言うまでもないが、カレンダー用紙の保存状態もよい。発色もきれい。めくってみると往年のスターたちがページごとに出現する。なぜ、このカレンダーがここにあるのだろう?とおもって『集合住宅歴史館』専属ガイドさんに質問してみたら、

 ①以前の館長が個人で所有していたもの(どうやら私物らしい)
 ②「COLUMBIA」のカレンダーで月ごとに電化製品の紹介写真あり
 ③何年のカレンダーか記載がない。日付と曜日、掲載人物の活躍した年数などから1970年製だとつき止めてくれた人がいる
 ④1~12月まで順番に並んでおらず、欠けている月もある
 ⑤写真にいる人物の名前(芸名)は左下にすべて掲載されている

 といったことが会話のなかで分かった。

 わたしの一押しは、実はこのガイドさんである。こういう、ふと気になった些細なことでも、質問するとできるかぎり分かりやすくいろんな方向から教えてくれようとする。話しているとおもしろい。

 『集合住宅歴史館』にあるモノの説明をするときに、NHKドラマのネタとひっかけてきたり、建築関連のニッチな映画の話をはさんできたりする。多くの人が知っている話題はもちろん、専門職ならではのマニアな情報までおさえている。おそらくすべて本人の趣味や興味から派生した知識ばかり。スキなんだなあ、というのが伝わってくる。

 ここは、『多摩平団地のテラスハウス』(昭和33年竣工・PDF資料)を復元した部屋の一角だ。

 2階に上がる階段の傾斜がやや急で、手すりにつかまってないと少し怖いくらいだったが、わたしの実家もこうだなとおもうと親近感がわいた。

 階段側の壁の下部には仕掛けが。手で開け閉めできる木製の戸があって、あまり見たことがないものだったからついあそんでしまった。風通しをよくする換気窓(通気口)の役割と、下からくる人が誰なのかを覗き見る役割、どちらも「いいな」とおもう。猫だとすり抜けていってしまいそうだ。

 ここは、『晴海高層アパート/廊下のある階の住戸 』(昭和33年竣工・PDF資料)を復元した部屋の1つだ。

 建物の特殊な構造上、廊下のある階・ない階に分けられていた。廊下は、全長100メートルほどあり、さまざまな人が行き交うため各戸の玄関ドアが横にひらくタイプになっている。

 これを見て、ドラマ『世にも奇妙な物語』をおもいだした。当時SMAPの木村拓哉演じるサラリーマンが男性用の公衆トイレから出られなくなる回があった。とびらを押したり引いたり蹴っ飛ばしたり突撃したり、あらゆる脱出方法を試みるがびくともしない。洗面所の蛇口からは水がでて止まらなくなり、地面にあふれて汚いし危ないし怖いし、どうしたらいいか分からなくて極限状態に陥っていく。……が、その公衆トイレとびらは、単に「横にひらくタイプ」だった、というもの。

 またもや、集合住宅とは直接関係のない当時のモノに目がいってしまう。専属ガイドさんによると、「(写真左上の)茶色の戸だなに入っていた新聞をそのままテーブルに置いたようですね。本当に、全部そっくり移動させているんですよ」。

 住宅用設備の変換をみるコーナーで、「昭和時代のそれっぽい雰囲気」をかもしだすため故意につくったアイテムを並べるのではなく、自然発生的にそこにあったものを展示品の一部として再利用している、というのがイイ。だって捨てちゃいそうじゃない、そういうの。心をわしづかみにされた。

 牛乳を、毎日コップ2杯は飲んでいる。

 どこかの宅配業者さんが牛乳瓶を8本ほどわが家に置いていったのだが、空き瓶を回収しにこないまま数年(!)が経った。名刺やリーフレットの類もいただいておらず、フタにもどこの牛乳か記していない。こわい。あの人は、営業さんじゃなかったのだろうか。近所で、乳製品の宅配を請け負っているところはいくつかあるようだが、わたしが数年ほったらかしているうちに閉店したところもあった、気がする。

 「お試しにどうぞ!また回収にくるのでよかったらそのとき感想をきかせてください!」と、朗らかな笑顔で言っていた。中年男性だった。

 飲み終わった牛乳瓶は、洗うときれいにひかって並べておくとかわいい。中になにも入れなくても妙な魅力をかんじる。「いつかあのおじさんがくるかも」とおもうと捨てられなかった、というのもある。

 ……が、「牛乳受のある風景」を見たこの日、わたしはようやくその呪縛を解き放った。引き取り手は、あの人じゃなくてもいいのだ。

 

8、遠足の感想

 『サンポー』残り3名の散歩者の視点は、どこへ行った??

 と、言われそうだけど正直まったく分からない……。ヤスノリさん・ぜつさん・王田さんがどこでなにを発見して、凝視して、首を傾げ、質問していたかをぜひ書き残したかった。でも、じぶんが気になるところを見ていくので精一杯だったのだ。『UR都市機構・集合住宅歴史館』、なにこれ?っておもうモノの宝庫である。

 専属ガイドさんも、「見る人が変われば、見るところもこんなに違うんですね。特に今回は、なんていうか……ええ、はい(にっこり)」と、各箇所オーバーしまくった所要ガイドタイムへの愚痴を通り越したような微笑みをくれた。ほんと、引き延ばしちゃってごめんなさい。おもしろくて。


 どのポイントから見るか?で、楽しみかたがずいぶん変わる。建築の知識がたくさんなくてもいい。建物マニアでなくてもいい。昭和の空気をかんじたいとか、貴重な現物にふれてみたい、変わったスポットに行ってみたい、インスタ映えするところを探したい、など、わりとどんな動機でもなにかしら吸収できるものはあるとおもう。

 冒頭でもお知らせしたが、『集合住宅歴史館』は、2020年にいったん閉館する。赤羽に移転するらしく、見学の再開はまだまだ先である。住まいの歴史って言葉のひびきからは想像できない愉快なガイドをしてくれる方もいることだし、しばらく見れなくなってしまう前に、一度訪れてみてはどうだろう。