トークボックス
AM5:50。
僕は彼らの住所、誕生日、電話番号、本名を知らない。分かっているのはSNSのアカウント名と、LINEのID。夜明けになるといつも同じファストフード店に集まっていることぐらいだ。そして、僕同様、彼や彼女達も互いに互いを知らない。
kyoko
ねえ、聞いて。
今日さ、相席屋からのクラブだったんだけど
あたしと友達、男二人で4人出来上がってんのに、めっちゃ絡んでくる奴いて
でもイケメンだったからホテル行ったの。
そしたらソイツ暴力団でしたww
で、怖くなって今、逃げてる途中です。
着いたら話すねー。
とりまバニラシェイクよろしく
すぐに既読数が4になる。
僕を含めて4人のメンバーが所属しているグループ名は、朝食会。
名付け親はkyokoで、彼女はノリで判断する傾向がある。楽観主義者で、常に性欲を持て余していて、来月は頬骨を削るらしい。
その金はいったいどこから出てくるのか、見当はつかないが一緒にいると自然と日々のことがどうでもよくなっていき、気付けば肩を組んで笑っていることが多い。僕も何度か寝たことがあるらしいが、酒が回りすぎていて、その時のことはあまり覚えていない。
他のメンバーが彼女の昨晩の出来事に対してスタンプでリアクションをとる。熊も猫もどの動物にも分類できない生き物も、皆一様に腹を抱えて笑っている。どうやら今日の朝食会は彼女の独壇場になりそうだ。
彼女は割とこういった突飛な出来事に出くわすことが多い。その度に、ねぇ聞いてと言って朝食会で、ラジオパーソナリティのエピソードトークよろしく披露する。
メンバーの誰もがうすうす、彼女の話は彼女の睫毛同様に盛ってあり、或いは丸々作り話の時っもあると気づいていた。それを彼女も何となく気づいている。それでも彼女の話は面白いので、僕も含めた3人は彼女の話を望んでいる。
鶏
今やっと、彼女寝たわ。
これからシャワー浴びて行くから遅れる。
誰かついてたらマフィン系。
あとハッシュドポテト
既読が一人分つくと、鶏のトークボックスの後にkyokoのOKという人文字のスタンプが続く。
いや、アンタ逃げてる途中じゃないんかい。とツッコもうとしたがやめた。
鶏は名前のわりに落ち着いている。前髪を人差し指で分けるのが癖で、無精ひげが似合っていて、高そうな柄物のシャツを大概、着ている。
そんな鶏は大学一年の時から付き合っている彼女がいて、そこそこ束縛が厳しいらしく、メンバーの中では中々会えないレアな存在だ。鶏はリモートでの参加が多いため、他のメンバーは驚いた反応を示している。
鶏は生まれた時から大抵の事はそつなくこなせていたらしく、そのためか、プライドが高い。だが、顔が整っているので発言が不思議と鼻につかない。カリスマ性すら感じる時もある。
最寄り駅に着くと、うっすらと空が明るくなってきていた。改札ですれ違う人々は足早にホームへ向かっていく。
会社が懇意にしているクライアントが手掛けているアプリの急な仕様変更があったため、僕は休日を返上し、始発まで働いていた。
書き換え作業は過酷だった。だが何とか終えた。
ホームに向かう人々は今から出社するのだろう。僕はかりそめの優越感に浸りながら流れに逆らった。
s
今つきましたー。
わたしまとめて注文しときます!
角の4人席押さえときます!
柴犬が敬礼しているスタンプが付け足される。
彼女は僕や鶏、kyokoの3歳下で、いつも彼女が僕らの注文を頼んでいる。
右耳も左耳もびっしりピアスで装飾されていて、読んでいた小説に影響されたらしく、先週舌の先が二又に別れていた。
スプリットタンというらしい。
そんな彼女は以前、コールセンターのバイトをしていたらしいが今は無職で、クリニックの予約が取れないと、分かりやすく気分が落ちている。
今日は調子が良さそうだ。
彼女は調子がいい時はむしろ、僕やほかのメンバーよりもしっかりしている。
もうすぐ着くと返信しようとした時、僕のスマホが震えた。
振動が長いので嫌な予感がした。
先輩からの電話に出ると、打ち上げの誘いだった。ここのところ僕は先輩の誘いを断りすぎている。先輩が主宰する飲み会はアルハラもないし、もちろんコールもない。そもそも先輩は体育会系のがたいをしているくせに、梅酒しか飲めない。僕はまた先輩の誘いを断ってしまった。早足で店に向かう。
店に入ると、既に彼女ふたりが角の4人席でスマホをいじっていた。僕に気づいたふたりは大きく手を振った。
僕はコーヒーとソーセージグリドルをトレイに乗せてもらい、ふたりと合流する。
案の定、kyokoが武勇伝のように男の話を披露していて、sは手を叩いて笑っている。僕もコーヒーをすすりながら笑う。
窓際、四人掛けの席のテーブルに陽の光が差し込む。夜が明けるのがなんだか最近早くなってきている気がする。
僕らは互いの素性を何も知らない。
おそらく誰かがグループを抜ければ朝食会は霧散して、まるでそんなもの存在していなかったかのように僕らは日々を送るのだろう。
みんなそれがわかっていた。
だからこそ、今はここが居場所のように感じている。
「早かったね」
僕は呟く。
kyokoの話がオチに差し掛かった時、鶏が合流した。
彼の息は切れていた。
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