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恵みの稲妻

激しい雨音のなか、突如として部屋が真っ暗になる。
さっきの落雷で停電したらしい。
窓の外が白く光った。一瞬テレビやソファの見慣れた輪郭が暗闇に浮かび上がる。ほどなくして、大岩を砕くような、かまびすしい雷鳴が湿った空気を揺らした。

都会に住んでいると、夏の激しい雷雨は災難だと感じることの方が多い。ちょっとした非日常感と高揚はあるけれど、不便がそれらを凌駕する。服や荷物は濡れるし、しばしば停電するし、落雷や大雨が本当に災害を引き起こすこともあるから。

でも生きる場所が違えば、落雷は「恵み」の象徴になることもある。

少し前、母とふたりで北九州市の門司港を訪れたときのこと。
目的もなく港町を歩き回った後、丘の上から海と町を見下ろすように鎮座する三宜楼(さんきろう)まで行ってみることにした。
三宜楼は、1931年に高級料亭として建てられた3階建て巨大木造建築だ。当時は大変な人気で、高浜虚子など著名人の往来も多かったらしい。戦後まもなく廃業し、2000年代には解体の危機にも晒されたが、地元の有志の人々によって保全活動が行われた。今では構成文化財として大切にされている。

かつて栄華を極めた古い建物には、いたるところに縁起物のモチーフが用いられている。


左手前から右上へ、松、雲、山、月を模した4つの下地窓がある。階段を上れば天に近づくことから「出世階段」と呼ばれる。
重なる3匹の祝亀は、長寿や継続の縁起物だ。


初夏の蒸し暑さに疲弊していた私たちは、1階で営業していた茶寮で抹茶を点ててもらうことにした。
通された客間には、「稲妻」の下地窓があった。

稲妻が走る下地窓。縦の格子は雨、下部の模様は田んぼを表している。

客間を出ると、案内係の人が解説してくれた。
「稲妻って、『稲の妻』と書きますでしょう。雷が田んぼに落ちると、稲の実りをよくしてくれるからだそうです。雷が落ちることで、空気中の窒素が分解されて地中に溶け込みいい土になるんだ、と前にいらしたお客様が説明してくださいました。稲妻は古くから恵みの象徴だったのですね…」

科学で証明されるずっと前から、人は自然の仕組みを知っている。人間は絶えず進歩してきたはずだけれど、同時に物事を深く見つめる力を失ってきたのかもしれないな、と思った。

停電から数分、ぱっと部屋が明るくなった。
煌々と照らすいくつものライト。暗闇に慣れた目には、全てがあまりにもまぶしかった。




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