入院診療が「システム運用」である話。
病棟業務
本日は「精神科医療の、病棟業務」についてです。よのなかの、会社のお仕事(経験ないけど)に通じるものがあるかもしれません。
精神科の【外来業務】は、精神科医の個人的な力量が反映されるところが大きいと思います。精神科医が知識や技術を身につければ、治療効果が上がる、というわけですね。当たり前っぽいですね。
【病棟業務】=入院患者さんの治療、についても、同様だと思っていたんです。わたし(精神科医)が知識や技術を身につければ、治療効果が上がる、はず。いや、もちろん上がるんですけど、どうもそれだけではないっぽい、というのが最近の感想です。
入院患者さんは、24時間院内にいます。仮にわたしが毎日30分診察するにしても、23時間30分は、わたしと関係なく過ごしているわけです。誰と過ごしているか? 看護師さんと、他の患者さんですね。患者さん同士の関係も、看護師さんがみていることが多いので、ここはまとめて、「23時間30分は、看護師さんがみている」としましょう。他のコメディカル(というかソーシャルワーカー)についてはあとで扱います。
看護師の役割
「23時間30分は、看護師さんがみている」のであれば、看護師さんの仕事のクオリティが上がるのがベストです。待遇などは看護師長などに任せるとして、看護師さんの仕事のクオリティを上げるために、主治医としてのわたしができることは何か、というのが問いになります。
見通しを持つ
もちろん人によっていろいろな答えがありましょう。現時点でのわたしの考えのひとつは、「見通し」です。いまは、一連の治療のどこにいるのか。それぞれの看護師さんのそれぞれの業務は、どういう意味を持っているのか。いまどこにいて、どういう意味のある仕事をしているのか、を知っているというのは、どういう仕事であっても、クオリティを上げやすいと考えます。いま何がどうなってるかわからない、というよりずっといいはずです。看護師さんは基本的に、患者さんによくなってほしい、元気になってほしいと思って働いていますから、自分が、患者さんが良くなったり元気になったりするうえできちんと役に立てていると納得できたほうが、気分よく働けるようなのです。無駄ではないと、安心もできますよね。
古典的な病気、たとえば統合失調症や双極性障害、(古典的な)うつ病は、どういう段階を経て治っていくかが、だいたい決まっています。もちろんそうはいかないことは多々あるとはいえ、基本は言い伝えられている。まず、これを適用することが、必要になります。診断と、情報の整理ですね。最初からストーリーが見えていることばかりではないので、ストーリーに必要な情報を集め、強調すべきところを強調し、組み立てる必要があります。ここでの医師の仕事は、みとおしをつける、宣伝する、です。そういえば「ヤブ」って、みとおしが持てないことを指すんだそうですね。目指せ名医、です。目指してるだけですけど。
多くの病気における理想形: 安静+薬物療法メインの時期があり、それについで作業療法(リハビリ)メインの時期があり、疾患教育を行いつつどこまでよくなりそうかの評価を行って、適切なところ(自宅? 施設? もうしばらく入院?)に退院、という流れになります。脱線はありうるけど、理想形は持っておく必要があります。じゃないと、脱線も検出できません。
いまは薬物療法を行っていて薬を増やしつつあるので副作用の出現に注意してください(いついつまでには調整は終わる予定です、という予告も大事、そういう見通しもいります)、薬の調整は終わりました、薬の効果が十分出てきたので(よくなっていくカーブは徐々にゆるやかになるので、変曲点の検出は大事です)リハビリメインに移行します、疾患教育を行うので手伝ってください、そろそろ退院先を(これこれで)調整してください(+必要なら手続きをしましょう)、退院準備ですので生活指導や各所への連絡、面談調整をしてください、という感じですね。いまここですよ、という宣言が要ります。雑談でもなんでもいいから、宣伝が要る。
人格と病気を分ける
もうひとつ大事なことに、「人格と症状を分ける」があります。たとえば、双極性障害の躁状態は、軽くなってくると「ただのわがまま」みたいに見えることがあります。しかし実際にはただの症状だったりします。これを分けたうえで、症状ですよ、と宣伝しなければならないのです。症状であれば腹も立ちませんし、疾患教育を含めた対策も考えやすいです。今後、同じような症状の患者さんが来たときにも役に立ちます。スタッフの教育ですね。ときどき、「治ればたいへんいい人なんです」とか宣伝していることがあります。もちろん、いい人じゃなくても全力で治療しなければならないのはそうなんですけれど、それにしたって、「病気のせいでほんらいのすばらしさが発揮できない人を治療して、ほんらいのすばらしさを発揮できるようにする」お手伝いをする、というのは、精神科スタッフの士気を上げやすいストーリーです。士気は高いほうがいい。よく使います。捏造じゃなくて実際そうなので、ということは、医師の役割の一つは、「患者さんのいいところを探す」になります。ここでも宣伝。宣伝ばっかりしている気もします。
ソーシャルワーカー
わたしはソーシャルワーカーの部屋に入り浸りがちです。これも、雑談はさておき(実は患者の話しかしていないので純粋な雑談かどうかは謎)、患者さんの経過の宣伝に行っています。いま治療がここまで進みました、と宣伝することで、そろそろソーシャルワーカーの出番ですよ(退院の準備はソーシャルワーカーの大事な仕事です)とうっすら予告したりとか、家族と面談したほうがいいかしらとうっすら相談したりとか、わたしの仕事を減らしているわけですね。担当じゃないソーシャルワーカーに聞こえるところで相談することで、担当ソーシャルワーカーが休みの日でも対応してもらいやすくしておくみたいな効果も期待しています。なにより、「何がどうなっているかわかる患者さん」については、皆さん興味関心をもってくれるので、なんにせよ、協力が得られやすくなる、相談に乗ってもらいやすくなる、弱音を吐いても聞いてもらいやすくなる、というメリットがあります。
作業療法、心理の人たち
作業療法や心理の人たちとの連携はまだまだなので、ここで語れるほどのものは残念ながら持ち合わせていないです。心理との連携は少しでき始めていますけれど、彼らが心理検査で忙殺されていることもあり、「治療」に継続的に関わってもらうことが難しくなっています。もうちょっと人員がほしいところです。「退院などに向けて過程を全力で肯定してもらうセッション」を試験的に始めていて、彼らは全肯定がうまいので、とくにわたしや看護師さんたちがスパルタになりがちなケース(!)において、助けてもらっている感じがします。
空気じゃなくて宣伝! と、ASDとのかかわり
人を使う、という言い方があまり好きじゃないんですよね。別に使ってないです。でも、「うっかり」「こころよく」参加しちゃう、みたいなシステムを、構築したいように思うんですよね。そんなシステムを、患者さんごとに作っているうちに、協力してもらいやすくもなってきた気がします。
理由はさておき「ほっとくと誰にもまともに取り合ってもらえなくて自分だけじゃなく患者さんまで不利益をこうむるから、経過と理論と治療方針を説いて回るしかない」時期が長かったのも、いまとなっては役に立つ気がします。
ちなみにこの話ASDとも関係ないというほどでもなく、全然、「空気を読む」とか使わないまま、人間で構成されたシステムを動かしちゃってるんですよね。やってることはほぼ宣伝で、経過と人柄をわかりやすく大声で述べて回っているだけです。ASDであっても、もちろん立場によるのはそうでしょうけれど、人間相手の仕事ができないってほどでもないんだろうな、と思う今日このごろです。人間相手というよりシステム相手だろう、という気もしなくはないですけれど。
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