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【短編】そこにあったはずのもの

彼は俯いて商店街を通り抜ける。

朝はいつもギリギリに家を出るし、起き抜けで頭が働いていない。

でも一番は、まだ始まらないシャッターが降りた商店街があまり好きじゃないから。
なんだか勝手に人の家の軒先を歩いているような気がしてしまう。帰り道でちゃんと顔を上げて歩けばいい。

けれども、知らないままそれが癖になってしまい
自分が下を向いて歩いていることにも気がついていなかった。

商店街を突き抜けてそのまま通りに出ても、彼の視線は沈みがちだ。
早く駅という目的地に着きたいから...
下を向いて早足で行く方が好都合だったのだ。

ある朝、彼は歩きながら違和感を覚えていた。

なんだか目の上のあたりがスカスカする。
そう思ってパッと顔を上げると、大きな空間がポッカリ横たわっていた。


“アレ!?”

一瞬自分がどこに居るか分からなくなった。


“ココって何があったんだっけ?”

すごく広いスペースだから、こうなる前はそれなりに大きな建物があったはず...

そこに何が建っていたのか思い出したのは昼休みに入ってからだった。

あそこは学校だった。

あの学校はどこに行ったのだろう?
通っていた生徒は?

そういうば、もう随分前から反対方向の駅から来る人の数が減っていた。
何より騒々しさが無くなり賑やかな集団に出遭うことがなくなっていた。

「全然気が付かなかったな」

と彼は独りごちた。

学校ひとつ無くなっていたのに気が付かないなんてどうかしている。

彼の卒業した中学校も統合して、それでも押し寄せる少子化の波に勝てず消滅してしまった。
学校統合によって名称が変わり移転してしまったのだ。

ある時、思いついて通った中学校に行ってみると跡地には老人ホームができていた。

場所の面影はあるのに建物も雰囲気も全く違っていて、彼は自分がパラレルワールドに迷い込んだような気がした。

どんどん現実感が薄れていくのが不気味で直ぐに立ち去った。

✳︎

彼には中学が同じだった幼馴染がいる。
中学生になってグレ始めて手がつけられなくなった。
それで一度は少年院送りギリギリまで行った。
嘆願書が功を成しなんとか少年院へは送られずにすんだ。

幼馴染がどこの高校に進んだかも知らなかった。
知らないまま、16歳になってすぐバイクの事故で死んでしまったと共通の友人から聞いた。

訃報を聞いて思い出したのは、中学生時代一度だけ話しをした時のこと。

「なぁ宮内、確かオレ達同じ保育園だったよな?」

そう話しかけると宮内はニヤッとして「そうだな」と言った。

だから彼は宮内を幼馴染だと勝手に認定していた。
それを本人に伝えることはしなかったけれど。

“どうしてそう宮内に言わなかったんだろう”

十六で死んでしまった彼を思い出すと、いつも同じ質問が聞こえてくる。
でも答えはとっくに知っていた。たぶん最初から。

不良の彼と関わりたくなかった。

あの時の短い会話で見えた瞳の奥の色に戸惑って、それ以上つき合うのが煩わしく感じてしまった。
宮内の目の奥にあったものをもう一度見る勇気がなかったのかもしれない。

たった一度だけの会話。

学校が消えてしまったことに気がついてから、彼は少しだけ顔を上げて歩いてみるようになった。


そうしたら毎日少しずつ違うものが見えた。


学校の跡地の前を通る時、足を前に出すスピードを落としてみる。
そうしてスピードが緩んだ分、時々胸の中で宮内に話しかける。


「オレ達の保育園はまだあるんだぜ」

「可笑しいよな、中学はもう無くなってしまったのに」

「お前が荒れて暴れた場所にお年寄りたちが住んでるよ」

「お前はずぅーっと若いままだな」

宮内には年を取って老人ホームに入る未来はなかった。

自分はどうだろう?

そんな未来が用意されているのだろうか?

そしてそれは幸せなことなのだろうか。

彼には解らない。


宮内よりもずっと年上になっていたのに、人生の何たるかを語る術を何も持っていない気がした。

「それでも自分には今日という日がある」

明日は不確実だけど、
宮内には訪れなかった「今日」が有る。

顔を上げて歩いてみようか。


少しだけ歩調を緩めて、十六で止まった時を重ねるように歩いてみてもいいんじゃないか。

もう思い出す宮内の瞳を怖いとは感じなかった。


十四だった自分達が、少し眩し気な彼の顔が陽光に滲む。


「だってオレ達、幼馴染だもんな」




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