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夏の終わり、初期衝動。〜ヨルシカ新曲「夜行」に寄せて〜

5分前からのカウントダウンのせいで気が急いていた。
5分前どころではない。
公式Twitterからの新曲のお知らせがあった6日前からこの瞬間を今か今かと待ち望んでいたのだ。
震える手で液晶をなぞる。
鼓動がうるさい。
再生マークをタップ。
音量を上げる。
程なくしてアコギが爪弾かれる。
凪いだ海のような、優しく、穏やかな音がイヤホンを伝って流れてくる。
深呼吸をひとつ。
まだ鼓動は高鳴ったままだ。

《ねぇ、》

優しい問いかけ。
誰かが誰かに何かを話しかけている。

《このまま夜が来たら、僕らどうなるんだろうね》

そう放った話し手は微笑んでいる気がした。
母親が我が子に声をかける時のあの陽だまりのような柔和な表情が浮かんだ。
話し手が誰なのか、誰に問いかけてるのか、何もわからないまま、紡がれていく言葉を辿る。

《君はまだわからないだろうけど、空も言葉で出来てるんだ》

綺麗な言葉だと率直にそう思った。
空も言葉でできてる、どういうことだろう。
科学的な意味ではもちろんないはずだ。

《そっか、隣町なら着いていくよ》

「そっか、」とは何に対しての言葉なのだろう。
どういう状況なのかいまいちピンと来なかった。

理解が追いつかない僕を置いて曲は進む。
弦が弾かれて飛び出した高い音が鼓膜の奥で反響した。
直後、他の楽器達も一斉に音を鳴らし、vocal、suisの声もよりハッキリとした輪郭を持って、それでいて凛とした美しさを保ったまま、強く、強く、言葉を紡ぐ。
ハッとした。この曲の作者であり、ギターを担当しているn-bunaの声が重なっている。
水に絵の具が溶けていくように、緩やかに、混ざりあっていく。
絵の具のついた筆を水につけた時のあの感じ。
まだ溶けきらずはっきり色が見えるあの瞬間。
彼の声が聞こえた時、その一瞬が頭を過った。
彼の声ははっきりと、雄々しさを持って存在していた。

サビ前まではなんだかモノクロだった世界が彩られていく。水彩だ。淡い、それでいてカラフルな世界。

明らかに耳に優しくない音量だった。
それでも構わず、音量バーは操作しなかった。
それどころではなかったのだ。

MV公開のお知らせツイートの動画がフラッシュバックする。

"この曲には確かに2人の影があった。
だから2人の声で言葉が紡がれていくのか。"

あっ、と思った時にはもう涙が流れていた。
不意に浮かんだ考察が元だから、見当違いなことを言っているかもしれない。
それでも、頭の隅に浮かんだその考えが瞬く間に脳内を侵食していって埋め尽くしていく。
息を吐く、という簡単なはずの行為が何故か上手くできなくなって、呼吸が浅くなる。
仕舞いには嗚咽まで漏れ出す。
過呼吸。
なんだか胸がぎゅぅっと締め付けられて、痛かった。
痛むのは肺だろうか、心臓だろうか。
心だろうか。

丸めて抱えていたタオルケットに顔を埋めて感情を沈めようとしたけど、リズミカルに進んでいく曲の盛り上がりにつられるようにどんどん言葉にならない思いたちが膨らんでいく。
愛しさ。寂しさ。虚しさ。ノスタルジー。センチメンタル。
なにがなんだかわからない。
とにかくグチャグチャで、名前をつけて早く落ち着きたいのに、流れてくる言葉たちはどれも"ソレ"の名前に相応しくない。
これも違う。これも。これも。そうじゃない。そんな言葉じゃない。
そうしている間にも名の知れない何かは膨張を続けて、身体の中から内臓を圧迫しているような感覚まであった。

ヨルシカの曲はいつも喪失感を纏っている気がする。
曲に乗せられている言葉たちはいつも遠くの誰かを想っている。
どれも"君"に寄せられた言葉たちだ。
そこに示された果てしない距離が、名の知れない何かを呼び起こすのだ。
そう。決して生み出すのではなく、"呼び起こす"。
きっと誰もが知っている、心の奥の奥、愛しい存在へ向けられる感情。
人と人との繋がりの中で必然的に生まれる何か、とでも言うべきか。
人間が人間である以上1人では生きていけないことの証明のような、そういうもの。

《夏が終わって往くんだね》

空に吸い込まれていくような声色だった。
曲中の誰かが空を見上げながら寂しそうに、でもどこか清々しく歌っている情景がありありと浮かんだ。
夏の終わりの風景だ。
風に僅かに混じった秋の匂いは夕立の雨の匂いに忽ち掻き消されてしまう。
夏草が揺れる。
髪が靡く。
それから誰かは少し伏し目がちに呟く。
一瞬、表情が歪む。

《そうなんだね》

そう放たれた途端、歌詞中の2人の距離が果てしなく遠くなる。

息を飲んだ。
あまりに綺麗だった。
感情が滲む瞬間は何時だって美しいと感じる。

何故そんなに悲しそうに歌うんだ。
あの柔和な微笑みはどこへいったんだ。
さっきまでのはそんな悲しみを押し殺したような微笑みではなかったじゃないか。
悲哀感が僕の心を飲み込んでいく。

茫然としている間にも曲はどんどん進む。
惚けた頭では言葉を上手く咀嚼できず、感情や情景や考察の欠片が浮かんでは消えていった。

サビの後半で力強く鳴らされるピアノが印象に残っていて、その残響が曲が終わった後もしばらく残っていた。
鍵盤の触れ方からも何かを訴えているような、叫び声のような、そういう切実な感情が溢れ出していた。
それが甚だしく印象的だった。

圧倒されてしばらくの間ぼーっとしていた。
感情の起伏が激しすぎて頭も体も追いつかなかったようで、画面に表示されたヨルシカのロゴをただ見つめていた。
最後にあった4行の歌詞が壊れたカセットテープみたいに反芻されている。

《夏が終わって往くんだね
僕はここに残るんだね

ずっと向こうに往くんだね
そうなんだね》

酷く寂しそうで、そしてどこか諦めを含んだ呟くような声だった。
少し震えた声。
噛み締めた唇。
絞り出した言葉。
それらが僕の心をいとも簡単に鷲掴みにして離してくれない。
人より共感性が高いのが原因だろうか。
言葉を吐いた当人にはなれない。
つまりその人の感情の全てを理解することも出来ない。
そのはずなのに、訳も分からないままただ胸が痛い。
寂しい。
誰かに抱きしめて欲しかった。
何故か人の温もりを欲していた。
自分でも訳が分からなかった。
しばらくの間、寂しさが消えるまでは呼吸に意識を飛ばして、息を整えることだけに集中した。

美しい。
ヨルシカの曲を聴くと、1番初めはいつもそう思う。

これからの物語の展開が楽しみで仕方ない。
この曲はまだ物語の一端に過ぎないのだ。
分からないことだらけだ。
名前も、関係性も、歳も、コンセプトも、何もかもわからない。
それなのにこんなに心を揺さぶられた。
いくつも散らばった謎が解き明かされた時、前々作「だから僕は音楽をやめた」と前作「エルマ」から成る物語に触れた時のあの衝撃が、否、それを超える衝撃が待っているのだろう、と思うとドキドキする。

まずは、18:00に解禁されるMVを心待ちに。

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相変わらずめちゃくちゃな構成で、まとめもクソもない意味不明な文章だ。
でも、この曲を聴いた瞬間のことを、残しておきたいと思った。
それだけの話。
初期衝動に任せて書きなぐった、感情の暴走の結果。

思い出は何時でも誰にでも平等にあって、美しい。
失ったものばかり綺麗だと思う。
自らの手の中に無いものばかり輝いて見える。

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