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「いつの日にか僕も誰かのゲロを片付けよう」

正月には、ある種、危険なものがありました。

なぜなら僕は今、ジョージアという国の料理を研究せねばならず、更には正月と言う名の、餅の大量消費月間の任務を、遂行し続けなければならず、このふたつの相反する食文化は、いずれも台所で行われるものであって、そこでは無限の飲酒が伴われるからです。
 

生地を捏ねたり、餅を茹でたりする間、この機会に、罠に陥って契約してしまった悔しいアマゾンプライムを、癪だから観てやろうと、ドラマ「フリンジマン」や、アニメ「いぬやしき」などを流しながら、料理の試行錯誤と、飲酒による酩酊に、時間を忘れて、狂気勤勉のキッチンドランカーと化したのです。
 

餅料理とジョージア料理、この不可思議な食事の繰り返しは、アルコールによる人体のダメージを、幾分かは回避してくれたはずなのですが、なにぶん無尽蔵に飲める条件下では、御助力も虚しく、普段決して飲むことのないような量を呷り、酔いを超えて、流石にやや気持ち悪い朝を迎えることになりました。
 

酒を抜くためと、素材を買い足しに行くため、いつも通りの「昭和の季節労働者」のような格好で、ふらふらと神戸の辺りに出て行った時、久しい知人より、予期せぬ連絡が有ったのです。

その内容は、浮わついた我が心を瞬時に氷結させるような辛辣なもので、それは、恩も未だ返せぬような恩人の死でした。
 

彼女は未だ若く、もちろん、その死など想像すらしていませんでしたが、その怠慢を詫びても今更許されないような気持ちで正直に思い返すと、数年前に珍しく飲み歩いていた時、行き着いた先でいよいよ気持ち悪くなり、便所へと向かったものの、あろうことか便器に到達する寸前に嘔吐してしまったのです。
 

やらかしてしまったと、対処におろおろしているところに彼女がやってきて、初対面であったにも関わらず、きっぱり「大丈夫、後は全部やっとくから」と言ってのけ、外に出た後どこかで昏倒している間に、僕の吐瀉物を全て片付けてくれた、なんとも恥ずかしくて、終ぞ申し訳ないままの、僕の恩人でした。
 

そんな彼女の居る店へ、菓子折りと頭を下げてぎこちない謝辞を述べに行ったのも数年前。

以降、決して忘れることはありませんでしたが、不義理にもご無沙汰を決め込み続けたまま、こうして終焉を迎えることになってしまいました。

彼女を想うべき、こんな時にまで、情けないがな自省し勝ちな僕なのです。
 

あれ以降、酒を飲み過ぎて吐くなんてことは、一切無かったとは思います。

ですが、よりにもよって、酔い覚ましに街へと出ている、こんなタイミングで。

僕は普段、完全に冠婚葬祭NGという奇怪な生き方をしていますが、この時ばかりは、身体が勝手に告別式へと向かっていました、昭和の出で立ちのままで。
 

中には喪服の人達しか居らず、僕は入り口で少し話を伺い、外から遺影を眺めるだけしか出来ませんでした。

足早に去る中で、あまりの情けなさに、いつの間にか、そう、いつの日にか「僕も誰かのゲロを片付けよう」という、身勝手で前向きな気持ちへと切り替わっており、只正月の商店街を流離うのでした。
 

悲しみに暮れるべきだったのかもしれませんが、ある意味、死してなお、彼女は僕にヒントを与えてくれたのかもしれません。

何度でも、情けないもんなんです、わたしは。

そんな開き直りのような、明るい新たな気持ちを胸に、未だ開き切らないシャッターだらけの商店街を、腹を空かせて流離い続けました。
 

僕にしては例外的な事なのですが、正月の有線BGMというのは、普段聴こえて来る「旋律斬新性の飽和した自棄糞の邦楽の嵐」なんかに比べると、やや安心するというか、決して正月が好きなわけではないのですが、この正月BGM流れるシンとした冷たい空気の街を歩く事に限っては、妙に心地良いものなのです。
 

数少ない営業している飲食店のメニューを眺めながら歩いていると、不意に後ろから話しかけてくるおじさんが居て、そのまま会話しつつも一緒に歩くことになりました。

どうやら僕の事を知ってるらしい見ず知らずのこの御老人は、僕の話す節々にも、知ってる知ってると、まるで神様のような振る舞いです。
 

実に自然な流れでありながら、突如現れたこの神様のような御老人に連れられ、そのまま僕は、新開地に在る「グリル一平」という洋食屋で、オムライスを御馳走になりました。

「いつも見とる」「あんたなら大丈夫じゃろう」と、神憑った発言と、人間とは、仕事とは、お互い語り合い、店を出て別れました。
 

おねえさんありがとう。

おじさんありがとう。

僕はこの日起きた全ての流れに身を任せ、悲しい死んでしまった恩人と、嬉しい増えてしまった恩人とに導かれ、装い新たに気持ちを強化し、楽しく今年を歩もうと決意する事が出来ました。

皆様、残念ながら、僕の今年の抱負は「ハイテンション」となりました。
 

お詫びと言ってはなんですが、最後にジョージアの素晴らしい音楽を。

ヤンスク・カヒッゼという素敵な歌う指揮者の音楽らしいのですが、デビッド・ポツキシュビリという振付師の動きを使ったアニメーションも実にいいので、是非観てみて下さい、僕のこの日の話を思い出しつつ。

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山羊研究家。都会の農家でもあります(ハーブ中心)。手彫りの額縁やスンバ島の建築など原始的な木工をやっていたり、ちょっと変わった料理のイベントや出店をしたり、解説や対談及び単独のトークイベントも少なからず。2月5日発売「murmurmagazine for men 4号」出てます。
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