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「外食産業時間」①『ロッテリア』。川崎地下街アゼリア店。

 古い話で、申し訳ないのですが、2009年10月18日のことです。

 この頃、いわゆる「ファーストフード」(リンクあり)に入店して、食事をしてから、店を出るまで、いつも、自分がただ食べているだけで、その時間にどんなことが見えたり、聞こえたりするのを覚えていないと思って、その時のことを記録しようと思いました。どこにも発表したこともなかったので、同じ日付けの時に、読んでもらえたら、と思って、お伝えしようと思いました。「外食産業」のありかたが、すっかり変わってしまったコロナ禍の現在だと、また違うことを感じられるかも、とも思っています。

 不定期ですが、何回か、この「外食産業時間」は続けさせてもらう予定です。
 よろしくおねがいします。

2009年10月18日。

 今日が、映画「しんぼる」(松本人志監督)の最終日だと知り、神奈川県・川崎のチネチッタでやると分り、川崎で降りてチケット屋で1300円で売っている前売り券を買おうかどうか迷って、やっぱり窓口で買おうと思ってチネチッタに行って買い、席が指定なので、それまでに何か食べようと思い、さっき地下街で通りすぎたアゼリアの中のロッテリアに入った。絶品チーズバーガーを食べて以来、たまに食べたくなる。だけど、探すとロッテリアは意外と少なくて、だから昨日、調べたら川崎駅の近辺には3軒もあるのを知った。

 午後6時15分に店に入る。地下街の片隅というような場所。入り口から入って、抵抗なく注文のカウンターの前にいる。絶品ベーコンチーズバーガーのセットを頼む。720円。30円引きの、それでもお試し価格という事になっている。ホットコーヒーで、ポテトにつけるケチャップも頼むと、小さいプラスチックの容器に入れてくれ、トレーに置いてくれる。ガラス張りの店の外には、「禁煙席33席。喫煙席12席」と書いてあった。注文して、右側のスペースが禁煙だったので、そちらへ向かう。

座席

 座席のカウンターは、水平に真っすぐな板ではない。一人分の幅を区切るように、くぼみのように、荷物置き場のように、一段下がっている部分が、一人分置きにある。なんだか作業場みたいにも、感じる。そのカウンターの座席が、横向きと縦向きに並んでいて、その少し奥の右側に、普通のファーストフードでは見慣れたテーブル席がある。かなり鮮やかな赤い色のプラスチック製のイス。そこに12人くらいは座れそうで、だけど、人がいるから、さらに奥の席に歩く。

 一人当たり、人の体の横幅ギリギリくらいの机のような座席。それはちょうど目の高さよりちょっと高いくらいの壁で仕切られている。その前にイス。宇宙飛行士や、F1のドライバーが乗るようなコックピット、みたいな狭いスペース。それが、お一人様用にいくつも並んでいる。

 私は、店の一番すみの位置にある席に座る。狭い通路を隔てて、女性が座って食事をしている。数十センチしか離れていない。だけど、それぞれがまったく関係がない。座ったままだと、周りがよく見えないくらいだけど、周囲の人の頭は見える。少し遠い席に、頭が薄めでメガネをかけた自分と同年代くらいの中年の男性が何人も、でも一人ずつ座っているのが分る。他にもけっこう年配のお客が多いみたいだった。

人の動き

 すごく狭いスペースのはずなのに、それほどの狭さは不思議と感じない。かなり一人を意識する。店内には、ロッテリアの商品の宣伝みたいな声のテープの声と、ジャズみたいな楽器だけの音が響き続けている。私の席からは、注文のカウンターに並ぶ人達が見える。注文のカウンターそのものは柱があって見えない。サラリーマン風の男性と、3人の女性客。どの人も会社帰りという気配で、そこにまた一人並ぶ。

 私から見て、斜め左側の普通のテーブル席に座っていたメガネをかけた中年女性が立ち上がり去ると、そこにすぐに、20代くらいのOL風の女性がトレーを持ってきて、置いてから座る。気がついたら、私の座る右側の壁にそうようにあるちょっと遠いカウンターにも、コックピットの席にも人が増えていた。さっきよりも4人くらいは多くなったと思う。
 
 左側から会話が聞こえてくる。ナプキンをとりに立って、戻ってくる時に見えたら、そこは「お一人様ボックス」を二つ使って、若い母親と小学生の低学年くらいの女の子が二人でしゃべっていた。

 私の目の前の席に若い男性が来た。5センチくらいの厚さしかない、座った時は頭くらいの高さになる仕切りの向こうに座っている。だけど、その仕切りのせいか、相手が見えないというだけで、その近さがあまり気にならない。店内のお客さんは、メガネをかけた人がかなり多いと気がつく。

人と座席

 テーブル席に座っている買い物帰り風の女性のところに、若い店員が来て、途切れない笑顔で何かを説明している。手にしているのは、クリスマスケーキの予約のパンフレット。そういうサービスまでやっているのを知る。テーブルを数えたら、5つ。それぞれが二人用だから、この店でわりと普通のスペースに座れるのは、禁煙では10人。あとは、くぼみがあるようなカウンターと、宇宙船のコックピットのような一人用のユニットが並ぶ。

 窓際まで、この席が並んでいて、最初は窓際に座ろうかと思ったけれど、距離が短いから、ガラスにべったりと張り付いた自分のイメージが浮かんでやめた。一人用ユニット席は10席。半分くらいがうまっている。

 注文カウンターに並ぶ人達の向こうに、微妙にガラスで区切られた形になっている喫煙席があって、そこにいる人の後ろ姿が見える。私からわりと近くのカウンターに二人若い男女が一人ずつ並んでいる。隣の女性は本を読み始めた。向かい合わせに前に座った若い男性のズボンだけが見える。相手は見る気はないと思うが、向こうからも見えるはずだ。

絶品ベーコンチーズバーガー

 絶品チーズバーガーを初めて食べた時は、300円くらいで、これだけ肉の味がするのはありがたいと思い、次に野菜も入った絶妙バーガーも試してみたが,やっぱり絶品の方が、などと思い、だけど、今食べている絶品ベーコンチーズバーガーは、それほどありがたい感じがしなくなっていた。

 この値段で「いい肉」が食べられるはずはないけど、でも、もうちょっとおいしかったはずなのに、と思うのは単に慣れただけなのかもしれない。だけど、その店によって、微妙に差が出る、という事はマニュアルがどれだけ進んでもあるような気がする。というよりは、作ってから出されるまでの時間がすごく短ければ、そのタイミングにあえば、おいしいのではないか、などと思う。そういう事を小さなラッキーというのかもしれない。

 テレビのニュース番組のコーナーの中で、いわゆる「セレブ」の話を取り上げていて、そこに出て来るお子様達が、ハンバーグは許せない。肉を食べるのなら、ひき肉にするのでなく、ちゃんとステーキの形で食べたい、みたいな事を小さい体で言っていた印象だけをぼんやりと思い出す。

人間工学の気配

 目の前の壁は木目調のブラウン。壁に小さい棚と、机は大理石風のプリント。座った人間の頭の高さくらいの仕切りの壁。圧迫感とプライバシー感の絶妙なバランスがあるような、高度な人間工学のものすごく細かい計算があるように、なにかギリギリな気配がある。限られた中で最大限の人数を入れられるように、そして、その中で快適さを最低限は与えられるように、というような冷静さの結晶という感じがしてくる。

 トレーに、出来た商品を載せて、店員が歩いて来る。左へ曲がったら、また戻って来た。見つからないみたいだ。全体的に疲労感が漂う人が多い中、まだエネルギーを感じさせるような、エリート風という形容詞がつくような30代くらいの背広の男性が、片手でトレーを持って、ユニットの奥の席へ向かう。

 自分が座っていると、他の人が、どこの席に座ったかはっきりと分らない。座った後は、わずかに頭だけが見える。若いミニスカートをはいた女性が立ち上がって、帰っていく。どこにいたのか分からなかった。会話をしていた親子連れも帰っていく。

仕事帰りの疲れ

 スペースシャトルの中の方が広いんじゃないか、と意識すると狭さを感じる。メガネの女性がまた一人来た。コックピット席に座ったみたいだ。この店には、30代くらいでメガネをかけた会社勤め風の女性客が多いように思えてくる。

 昼間のマクドナルドと違い、ちょっとシニカルな大人の気配がするのは、年齢の高さのせいもあるけど、仕事帰りで、その疲れをほとんどの人が漂わせているせいかもしれない。一人の客が多いファーストフード店は、テンションが低いのは共通しているけど、それが空気の微妙な違いを生んでいるような気がする。

店員の動き

 若い女性の店員が、掃除をしている。赤いキャップに、グレーのベストに黒いズボン(今は、パンツというのかもしれない)のユニフォームの素材感や色合いが、大げさにいえばNASAの気配か、もしくは昔のヒーローものの科学特捜隊的なニュアンスがある。

 私から見て、縦に伸びているカウンターに座っていた若い女性が立ち上がって帰っていく。そこにすぐに店員が来て、机をふいたりイスを整える。そのタイミングがすごく早いけど、もちろん帰っていった人は気づいていない。店員は、思ったよりも動き回っていて、その中に、さっきの若い店員よりもキャップが落ち着いた色の店員がいて、年齢も高そうだから、えらいのかもしれない、と思う。

店内の色

 自分が座っているイスはエンジ色で、向かいの席はベージュ色だった。また、ユニットの向こうの席でメガネの女性が立ち上がって帰って行く。仕切りの壁の高さのせいか、帰る時に立ち上がって、ああ、あそこに誰かいたんだ、とはっきりと分るが、それまでは、人がいることがちょっと分かりにくい。

 この感じが、高速バスで人が降りていくのに近い印象なのは、その仕切りの壁の高さのせいだろう。会社から帰る時に、ある意味ではオフィスより機能的な空間でハンバーガーを食べる、ということになるのかもしれない。

 注文カウンターの席に若い女性と、野菜も入ったレジ袋を持った中年女性が並ぶ。右側の壁の、座った目の高さくらいのところに、細い小さいタイルが縦に並んでいる。白。エンジ。水色。薄い黄色。その4色のタイルが意外と不規則に横に列を作っている。床は木目調で、壁もエンジ。全体としては、落ち着いた色が意外と多用されている。

増える人の動き

 若い男性。若い女性。若い女性。次々と立ち上がって帰っていく。もちろん、それぞれはまったくの他人のようだ。それから、ひとつおいた向こうのユニットのメガネをかけた女性が立ち上がって去って行く。店内には、若い男性。中年のカップル。初老の男性が入ってきて、列に並ぶ。初老のメガネの女性も来る。

 ここの壁には、何かしらの絵や写真が飾られていない。額に入っているのは、ロッテリアの告知だった。

 若い女性がスイーツもつけたトレーを持ってテーブル席へ座る。ユニット席はちょっと太っていたら、ものすごく狭いと思う。以前の自分でも座れないと思った。金色のサイフを持った30代くらいの女性が、6番の札をトレーに乗せて、テーブル席へ座った。

 喫煙席は、店のすみっこのここからは、一番遠い。その喫煙席のカウンターに座って、背中を向け、ケイタイをいじっている女性がいるのは分る。すごくやせてホオがこけた30代くらいの男性が、やたらとキョロキョロしながら歩いて席を探している。ピンク色の服の幼い女の子が空席を探す。

「え、どういうこと」という明らかに10代くらいの若い女性の声が急に大きく響く。さっきのピンクの女の子は、祖母の方と一緒に来たようだった。二人でテーブル席に座ろうとすると、そのとなりの女性がすごくその動きを見つめ続けている。

 午後6時50分になった。映画は7時5分に始まるから、ここから5分くらいなので、そろそろ行こうとするとピンクの女の子が、何かをテーブルから落としたようで、小さい騒ぎになっているが、店員が素早く来て、でも穏やかに「新しいものを、お持ちします」と対応している。床には白い液体が広がっている。店員は、持ってきたバケツのそばで、ぞうきんで床をふきながら、帰って行く客に「ありがとうございました」と言いながら軽い笑顔が途切れていない。なんだかすごいと思った。

店を出る

 新しい客がまた2人来る。一人は、ケイタイを見ながら列に並ぶ。

 店を出るために、立ち上がり、その列のそばを通り過ぎて、ゴミ箱に来ると、ちょうど中を出しているところだったので、促されて、トレーを店員に渡した。みんな仕事帰りの中で、中年でこれから映画を見ようなんていう客は、この中では一人だけだったかもしれない。私のうしろに、一人だけエネルギーを発していた30代くらいのエリート風の背広の男性が続いて、店員にトレーを渡していた。

 午後6時52分にロッテリアを出る。30分以上いたことになる。その間に、確かに数多くの人がやってきて、注文して食べて、去って行った。30分いたら、長い方かもしれない。だけど、私の隣にいた女性はまだいた。



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「場所に記憶が宿ること」について。

読書感想 『百年と一日』 柴崎友香 「神様の覚書、天使のスケッチ」

「駅名」という固有名詞の不思議さ

「コロナ禍日記 ー 身のまわりの気持ち」① 2020年3月 (無料マガジンです)。

「コロナ禍日記 ー 身のまわりの気持ち」② 2020年4月 (有料マガジンです)。


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