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スポーツの記憶⑧『世界陸上2023』------「足が速いのは、カッコよくて、気持ちがいい。を思い出した」。

 夜中に作業をしながら、なんとなく、寂しくてテレビをつける。

 それ自体は、そんなにほめられたことでもないし、それほど胸を張れる行為でもないのはわかっているし、さらには、今になってみれば、テレビ視聴自体が、「中高年の習慣」のようになっているけれど、やはり、時期によってはスイッチを入れる時が多くなる。

 サッカーのワールドカップは、よく見る。オリンピックも、時差があって、夜中に行われている方が、選手たちに失礼かもしれないけれど、何かをしながら、なんとなく耳にいれていて、観客の盛り上がりなどに合わせて、手を止めて、テレビに集中する。

 そんな見方を、「世界陸上2023」もしていたから、熱心に見ている方々に比べると、何だか申し訳ないのだけど、それでも改めて、圧倒的な肉体の凄さを分からされてくれたように思った。


「世界陸上」

 1980年のモスクワ五輪を西側諸国がボイコットしたことを契機に誕生し、3年後の1983年、フィンランドの首都ヘルシンキで第1回大会が行われた。
 当初は夏季五輪の前年に4年ごとの開催だったが、1991年の東京大会以降は夏季五輪を挟んで2年に一度開催。
「世界一決定戦」という名の通り、カール・ルイス、セルゲイ・ブブカ、ウサイン・ボルトなど、世界のスーパースターが数々の伝説を作り上げ、世界中を熱狂させた。

(「TBSテレビ」より)

 すでに忘れてしまっていたのだけど、この「世界陸上」は、かなり政治的な理由で始まっていて、最初は、オリンピックがあるのに、というような気持ちが、ただの視聴者にもあった。

 そして、4年に1度の開催が2年に1度になれば、それは、しょっちゅうやってる、という印象になっているから、より興味が薄くなったような気もしていたのだけど、2023年のブタペスト大会、と聞いたときに、個人的な記憶が蘇った。

 かなり昔に一度だけ行った町で、温泉が有名で、宿泊したホテルの地下にも温泉のプールがあったことを思い出したりもして、見る気になった。

 それに夜中に、他に何か見るものもなく、陸上競技は、実際に始まるまでの時間が意外と長いので、何か作業をしながら見るには適しているのに気がついた。

 それに、何だか落ち着いて、そこで競技をしている選手たちのパフォーマンスが見られると思ったのは、以前は、ある有名俳優が司会を務め、特に日本人選手の活躍に絶叫している姿が目に入って、そうした応援的な後押しで、より楽しめる人もいるのかもしれないけれど、私は、その声によって、遠ざかっていたことに気がついた。

 今回は、あくまで選手たちが主役で、日本の選手たちだけでなく、当たり前だけど、テレビ画面で見ているだけでも、肉体そのものが圧倒的なのが伝わってきた。それは、その動きを含めての撮影技術や、カメラを含めての性能が高まってきているせいかもしれないと思った。

 そんなことを思いながらも、でも、競技の中で見ているものは、個人的には、とても限られたものにすぎない。

100メートル女子

 競技時間は、比較的、バラバラで、だから、夜の11時頃にテレビをつけて「世界陸上」の番組が始まっても、前日のダイジェストと、ライブの放送が混在しているようだった。

 さらに、注目選手は、そのエピソードも含めて映像で紹介されていた。

 100メートル女子決勝(競技の場合は、ずっと女子、という表現なのだろうか)では、やはり、ディフェンディングチャンピオンのことが、伝えられている時間が長い。

 世界陸上初めての金メダルは2009年ベルリン大会。そこから出産を経て、30代後半を迎え、彼女は今なお金メダルを獲り続けている。まさに別格の強さ。しかも恐ろしいことに、自己ベストも伸ばし続けているのだ。また彼女は、大会ごとに違う髪型・髪色で登場することでもおなじみ。オレゴンでは「大会ごと」どころか「毎日」違うド派手な髪色で登場し、世界を沸かせた。今大会も記録・メダル・髪色と注目ポイントが目白押しだ。

(「TBSテレビ」より)

 シェリー=アン・フレーザープライス。

 ジャマイカの英雄で、世界陸上では合計10個の金メダルを獲得し、オリンピックでも金メダルをとっている選手だから、注目が集まって当然だと思う。

 そして、そのエピソードとして子供の運動会に同伴し、自分の子どもが転倒したこともあり、フレイザープライス自身が母親の徒競走に出場し、かなり本気で走る姿が動画で記録され、それがSNSで拡散した、と伝えられている。

 その映像では、本当に、一人だけ吹っ飛んでいるように移動していて、ウソのようなスピードで、世界一速いような人類は、非日常的な存在であることを改めて分かったりもした。

 しかも、レース前に、トラックに入り、あとは走るだけ、という状況でも、プライスは笑っている。ジャマイカの国旗に合わせたであろうその髪の色。そして、テレビ画面を通しに過ぎないけれど、儀礼的とか、社交的とか、サービスとか、ではなく、こういう明るい笑顔が広がるような人がいるんだ、と思わせるような華やかさまであった。

 なんだかすごい人だと思った。

チャンピオン

 もう一人、気になったのが、アメリカのシャカリ・リチャードソンだった。

 準決勝では、スタートで遅れ、ギリギリで決勝に進んできたのだけど、そのファンションは全身タイツなどでいつも話題になっているらしい。

 なんだか、全体の色のバランスや、そのタトゥーなども含めて、素直にかっこいいと思える姿だった。

 100メートル競技は、始まるとあっという間だけど、それまでの時間が意外と長い。その間のCMも含めて、それでも作業をしていると時間は過ぎる。

 そして、決勝。

 スタートは、フレイザープレイスが早かった気がしたのだけど、終盤に向けて、混戦になってきたようで、そして、テレビ画面で言えば、一番下。右端のコースということは、準決勝のタイムがそれほどでなかった証拠のようだったのだけど、そこをずっと等加速運動のように走り続けて、その加速が止まらなかったシャカリ・リチャードソンが、気がついたら、トップでゴールしていた。

 ある有名な写真家が撮影したリチャードソンの写真は、髪型も、タトゥーも、表情も含めて、なんだかすごくかっこよくて、これだけアーティスティックなバランスのある選手も珍しいと思った。

 華やかさだけでなく、少し抑制の効いたデザイン性のようなものも感じた。

 そして、その100メートル決勝は、少し高いところの映像だけではなく、もっと真横に近いアングルからの撮影もある。
 もちろんベスト3の選手は、すごく速いのだけど、速さと速さが競い合うような圧倒的な瞬間を実現させる姿は、テレビ画面で見ているだけでも、美しいのは分かった。

 自分の力だけで、あんなに早く走れるのは、やっぱり気持ちいいだろうし、改めて、足が速いのはかっこいいんだと思えた。

400メートルハードル

 普段、陸上にそれほど関心がないから、こうした世界陸上でも、すごく有名な選手のことも恥ずかしいほど知らない。

 だけど、たとえば400メートルハードルの予選を見ていて、圧倒的に速いだけではなく、異質な走りをする選手がいると思ったら、それが、ワーホルムだった。

男子400mハードルには29年間、K.ヤングの「46秒78」という不滅の記録が存在していた。これを打ち破ったのがワーホルムだ。東京五輪直前に「46秒70」を出して時計の針を動かすと、迎えた本番では「45秒94」をマーク。一気に45秒台の世界に足を踏み入れた。翌年の世界陸上オレゴンでも世界新が期待されたが、故障の影響でぶっつけ本番になってしまい、まさかの7位に終わった。いざ雪辱へ、ワーホルムは頂点しか見ていない。

(「TBSテレビ」より)

 テレビ画面で見ていると、一人だけ跳ねているようだった。

 発明家と言われ、都知事選に出た人が履いていたシューズを装着しているように見えた。

 とても軽やかだった。

 それでいて、ハードルに足をあててしまって、そのハードルが壊れるような衝撃を受けていたはずなのに、そんな気配は全く伝わってこなかった。

 そして、基本的には、同じような走りで、決勝でも勝った。

 一人だけ違う質の走りをしていて、古い表現になっているかもしれないが、バネのある動きだった。

 なんだかすごかったし、陸上競技はただ速いだけではなく、それぞれの競技に適した能力の高さがあり、それがずば抜けていないと世界一になれないのはわかる気がした。あまり安直に使いたくはないけれど、超人と言いたくなる気持ちも理解できた。

棒高跳び

 素人丸出しの、とても素朴で愚かな願望だと思うのだけど、もしも、とんでもない才能があって、出場する競技が選べるとしたら、という話を妻とするときに、一致率が高いのが棒高跳びだった。

 チャンピオンのような選手は、他の選手たちが跳んでいる時に、その高さは、まだ自分は跳ぶ必要がない、といったようにトレーニングウェアを着て、場合によっては、イヤホンなどで何かを聞いて、外界から遮断をしているような姿勢を続け、でも、ある高さになると、急に現れたように立ち上がり、そして、誰も跳べない高さを跳ぶ。

 これは実情を知らない素人の妄想に近いのだけど、そんなイメージがあって、かっこいいと思っていた。

 夜中にテレビのスイッチを入れたら、その女子棒高跳びの決勝の映像が流れていた。

 ディフェンディングチャンピオンは、あまり感情のありどころが分からなかったが、そこに挑む形になっている選手は、その不安や、戸惑いや、歓喜や悔しさまで、とてもよく伝わってくるように思えた。

 そして、すでに決勝は二人の戦いになっていたが、若い選手はこの舞台で、自分が今まで跳んだことのない高さを跳んだ。

 すごいことだと思った。

 最後は、4メートル95センチという高さをお互いに3回ずつ失敗する。

 多くの場合は、この競技での、ここまでの失敗の数などで上回った方が金メダルだけど、それすら同じだった。

金メダルのシェア

 こうしたときは、サッカーのPK戦のように「ジャンプオフ」という方法が選択される場合があるらしい、という文字が流れ、どうするのかと思ったら、二人の選手が近づき、何か言葉をかけ合い、そのあと、ハグしていた。

 二人で金メダルを分け合うことにしたようだ。

 より若い、初めての金メダルを獲得した選手は泣いていた。

 そして、インタビューでは、チャンピオンが分け合うとは思えなった。でも、シェアしない?と提案したら、それに合意してくれた。という話をしていた。

 ディフェンディングチャンピオンとしては、これ以上戦うのを選ばないと思ったのは、どうなるか分からなかったから、というように視聴者からは見えた。

 改めて、跳んでいる時の姿が流れる。

 バーの横からの映像だと、ポールを使って、5メートル近くまで跳び、そのあとに、体を空中で、とても信じられないほどの複雑な動きを一瞬でして、それで、ギリギリバーを超えていく姿を見ていると、本当に繊細な競技でもあるとも思った。

 二人で金メダルを分け合うのは世界陸上では史上初らしいけれど、これだけ同じだったら、妥当な選択でもあるとも思える。

レジェンド

 それほど熱心に見ていなくて、しかも、ごく一部しかテレビで見ていなくても、その選手たちの凄さが伝わるようになったのは、撮影技術などが進化して、その動きがより細やかに見えるようになったせいだとも思う。

 あれだけの動きが人間にできるのか、というような人類の極限が、ここに集まっている。

 運動会、と基本的には同じなのに、そして、誰もが同じような競技をしたことがあるからこそ、この世界陸上の凄さは、より分かりやすいのかもしれない。

 他の対人競技よりも、純粋にタイムや高さや長さを競うことになるため、そのピークはあまりにも短く、だから、2年に1度のタイムスケジュールでも、多くの競技では新しい選手が登場し続けることもあり、だから世界中の人から注目を集める大会として、成り立つのかもしれない。

 そう思えるほど、改めて人類の極限の肉体はすごいし、その凄さの時間も短いのかもしれない、と感じた。

 ただ、時々、そのピークの時間が異様に長い選手がいる。
 その人たちは、レジェンドと呼ばれるけれど、その呼び名にふさわしいとも思えた。





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