見出し画像

読書感想 『ルポ百田尚樹現象』  「“ごく普通の人”の怖さ」

 百田尚樹という人を、テレビ画面を通じて初めて見た時は、印象が強いわけでもなかった。文章について語っているけれど、それは、比べるのはおかしいのだけど、柴崎友香や保坂和志のように、予想もつかないことを言うわけでもなく、番組のホストである漫才師とタレントにも、ずっと自然に気を配っている姿があった。

 ただ、あとになってみれば、誰かが言ったように、社会に一番多くいるような人たちと、同じ感覚を持っているとすれば、その人が「普通」に書くものが「普通の人」に最も受けるはず、を体現していた人だったのかもしれない。

 そんな風に、記憶に対して新しい意味を感じられるようになったのは、この本を読んだからだった。

「ルポ百田尚樹現象  愛国ポピュリズムの現在地」 石戸諭

 百田尚樹という名前と、スキンヘッドの姿は知っていた。 

 積極的に知ろうとしなくても、嫌でも目にするし、誰でも知っているような存在になっているのだと思う。
 そして、最近の話題は「日本国紀」のことで、その引用が適切でなかったり、内容が正確でない、という点だった。それは、繰り返し目にすることになって、少なくとも「歴史」を書くのであれば、それは致命傷なのではないかとも思っていた。

 恥ずかしながら、その程度の知識と情報しかなく、もっと言えば、少なくとも支持する側でもない人間だけど、この「ルポ百田尚樹現象」を読んだあとでは、その印象はかなり変わった。

 それは、怖さだった。

悪気のない素直な姿

 いわゆる右寄りの思想の人でなければ、百田尚樹氏に話を聞くこと自体が否定的に捉えられていることも改めて知った。著者が、百田本人にインタビューすること自体を反対された、といった描写も出てくる。

 ただ、読者としては、百田氏に対して全面的に肯定的でなく、その上できちんと話が聞ける人間がインタビューしてくれたことで、「百田尚樹」が、どんな人なのか?は、より分からせてくれたので、ありがたかった。

 百田氏自身の話の内容に関しては、著者・石戸諭氏が、それこそファクトチェックをしながら書いていて、内容を鵜呑みにすることも防がれているので、インタビューを反対した人の危惧は減少されているのだと思うけれど、それよりも印象に残ったのは、ツイッターなどで伝わってくる戦略的な悪意ではなく、百田氏の悪気のない素直な姿だった。

 さらに言えば、自分が思ったように発言し、感じたように書いているだけで、それが、多くに受け入れられる、ということだと思うと、もし敵として認識するのであれば、戦略を立てて発言したり執筆している人よりも、もっと手強いのは間違いないのも、伝わってきた。

 百田氏自身の言葉↓である。

 「僕は反権威主義ですねぇ。一番の権威?朝日新聞やね。だって一日に数百万部単位で発行されているんですよ。僕の部数や影響力なんてたかが知れている。そこに連なっている知識人とか文化人も含めた朝日的なものが最大の権威だと思う」

 ここで、一番の権威は、時の首相ではないだろうか、という「正論」を言っても、おそらくは無意味なのだろう。百田氏にとって、権威、というのは“感情に引っかかってくる存在”だから、時の首相が「権力」であったとしても、その思想心情が、自分の感情に心地よい存在であれば、それは「権威」ではない、と考えているのではないか。

 そして、それは、「ごく普通の人」という「多数派」に最も受け入れやすいことを、感覚で知っているのが百田氏ではないか、といったことは、この本を読むことで、分かるようになったと思う。

多数派の「面白さ」がわかる力

 百田氏が小説家になったのは、50歳になってからで、それまでは放送作家だった。
 そして、この作品で改めて知ったのだけど、大学生の頃から、その才能は圧倒的だったらしく、それから、長年、放送作家として活躍してきた。

 放送作家の才能というのは、その時の多数派が、何を好むのか?何を「面白い」と思うのか?に対して、理論的というよりは、感覚的に分かっている人だと個人的には思っている。

 しかも、20年以上、第一線で仕事をしてきたということであれば、多数派が「面白い」と思うことと、自分の「面白い」が一致していたのだと思う。そして、「数字が取れた」時に、最も達成感がある人なのだろう。

 いつも多数派にいられて、その自信に裏付けられた明るい笑顔は、個人的には、多数派でいられる自信が全くないので、怖さを感じる時がある。

 ただ、その多数派の「面白さ」がわかる力は、「売れる」につながりやすいのだから、尊重されるのも自然になる。

 様々な評価はあるものの、間違いなくベテランのプロの編集者である見城徹氏は、百田氏を、こう評価している。

 「事実とフィクションを混然とさせながら書いていくのもうまい。シーンを想起させる文章も、人が食い付くように書くのもうまい。全部計算して書いている。だから売れる。視聴率の取り方をものすごくよくわかっている」

 そして、「面白さ」というのは、幅の広い表現で、具体的な数値化をするのが最も難しいものでもあると思うし、「面白さ」ほど、人によって違うものもない。もちろん、「面白さ」と「正しさ」はイコールではない。

 ただ、多数に支持される「面白さ」は、経済的に成功しやすいから、「正しい」ようにも見えてしまう。
 
 それは、やっぱり、ちょっと怖い。

1990年代からの社会の流れ 

 この「ルポ百田尚樹現象」では、「新しい歴史教科書をつくる会」や、小林よしのり氏の作品も含めて、1990年代からの社会が、どのように流れてきたかも、関係者への貴重なインタビューも行いつつ、丁寧に追って、再認識させてくれる。

 左派が衰退したのは、やはりソ連の崩壊が大きかったのではないか、と改めて思えたし、だからこそ、その後に右派が勢力を拡大してきたし、それが「ごく普通の人」の感覚に大きく影響を及ぼして、多数派を形成するようになり、そこに百田尚樹が現れて、その傾向に拍車をかけたのではないか、といったことまで、立体的に理解できる。

「ごく普通の人」という存在

 この作品の中で、多発する表現が、ここまでも繰り返し登場している、「ごく普通の人」もしくは、「ごく普通の人々」である。これは、言葉を変えれば、その時の「多数派」であり、「多数派に属することができる能力を持つ人たち」というように思えてくる。

「百田さんは物事をズバッと言い切っているところを尊敬していますね。えっこんなことを言っても大丈夫なの というようなことも、人目を気にせずに語っている。そこが、スカッとして気持ちがいい」

 ファンである30代の男性の言葉であるけれど、これは、百田ファンを代表する見方ではないだろうか。

 こうした人にとっては、「日本国紀」が史実と照らして正確でないことは、それほど問題ではないのだろう。ファンにとって、大事な事は、自分が読みたい「歴史」であり、それを書いてくれるのが、百田尚樹、なのだと、思えるようになった。

 百田の言葉はある部分において、この社会の多数派の声なき声とリンクし、「空気の代弁者」として機能する。私にも見えていなかったが、百田をインタビューする中で理解できたことがある。問題は最初から、ファクトやエビデンスではないのだ。

 個人的には、いつも、気がついたら、教室でも、社会でも隅っこにいたから、いつも多数派でいられる人には、どこか怖さを感じる。それを「百田尚樹現象」に対して感じていて、だから、余計に百田尚樹を遠ざけてきたのだと分かったような気もした。

「ごく普通の人」の怖さ

 今では、誰もが知るようになった歴史的事実として、日本の、いわゆる「戦前」でも、「ごく普通の人々」は、特に「勝っている戦争の時」は、戦争に賛成したし、戦局が不利になった時も「欲しがりません、勝つまでは」を信じ、お互いに監視しあうような生活をしていたはずだった。

 それは、その時代を知らない人間が、簡単に批判もできないし、その頃、特に幼かったら、軍国少年にならない方が難しいと思う。

 そして、戦争が終わったあと、ついこの前までは、「鬼畜米英」と表現していたのに、その相手……新しい支配者でもあったマッカーサーに対して、他国ではみられないほど、大量の手紙が届いた史実もあるのだけど、そのマッカーサーを讃えるような手紙を書いたのも、「ごく普通の人々」だと思う。

 そうした「変わり身の早さ」は、生きていく上では必要なことだと思うし、自分もそこにいたら、同様な行動をしていた可能性も高いのだけど、それでも、そうした「ごく普通の人々」の変化は、怖いと思う。

 もし、今後、再び、社会の流れが変わると、急に「百田尚樹現象」は去るかもしれない。その変化があったとしたら、「百田尚樹の信条」に同意はできなくても、その変わり身自体には、やはり怖さを感じると思う。

 そして、そんな怖さも、著者が意識しているかどうかは分からないが、事実を詳細に積み重ねことで、十分に予感させる作品だった。

フェアな作品

 あまり表に出てこないような関係者へのインタビュー。歴史的な事実。著者自身の考えと、考えの変化。そして、もちろん百田尚樹を取り巻く様々な現象。

 そうした多様で数多くの要素が盛り込まれながら、とてもうまく整理され、文章で表現されている作品として読みやすい。その上で、聞き手としての力も感じさせながら、著者自身の気持ちの変化も取り入れ、それでも、事実として何が起こっているのか。を最も大事にしていると感じられるので、全体の印象としては、フェアな作品だと思った。

 百田尚樹という人に対して、賛意を持てないとしても、今の社会のことを、少しでも理解したい、という意欲がある方には、オススメできる作品だと思います。

 そして、常に多数=善ではなく、普遍的な「正しさ」があるのかもしれない、と考えたい人には、まず現実を把握する作品として、特に推薦できる著作だと思います。(これは、そういう人がいて欲しい、という私の個人的な願いも反映されているのですが)。





(他にもいろいろと書いています↓。もし、よろしかったら、読んでくださるとうれしいです)。


#推薦図書    #読書感想文   #ルポ百田尚樹現象   #石戸諭

#ごく普通の人々   #ごく普通の人   #百田尚樹   #変わり身の早さ















この記事が参加している募集

#推薦図書

42,597件

#読書感想文

189,831件

記事を読んでいただき、ありがとうございました。もし、面白かったり、役に立ったのであれば、サポートをお願いできたら、有り難く思います。より良い文章を書こうとする試みを、続けるための力になります。