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【連載】黒煙のコピアガンナー 第六話 愛すべき友のために

[第六話]愛すべき友のために

 日ごとに気温が下がりつつあるバークヒルズ。季節は冬へと移り変わりつつあり、澄み切った朝日に照らされた鉄工所はいやに寂しくそこにあった。

 十数名の鉄工所の従業員がギャングへの反抗を理由に報復され、残りの従業員にもしばらくの休暇が言い渡された。ギャングは他にも反抗の意思がある者がいないか調査するため、一件ずつ従業員の家を回っている。従業員達は証拠になるものは何も保管していない。口約束のみで交わされた協力関係を暴くのはギャングでも難しかった。

 誰も出勤してこないはずの鉄工所に向かう人の姿があった。男はいつものように素手でシャッターの下側の取っ手を掴みシャッターを自分の肩の高さまで持ち上げた。錆びついたシャッターの音が誰もいない鉄工所にこだまする。男はシャッターをくぐって鉄工所の中に入るとシャッターから手を離した。けたたましい音を立ててシャッターが閉まる。

 鉄工所に入って来た男の着ている薄汚れた作業着の右胸にはダニエル・デンという刺繍が入っている。ダニエルはゆっくりとした足取りで鉄工所の中央まで歩いて行く。いつもなら活気溢れるが、今は挨拶を交わす人すらいない。静まり返った鉄工所にダニエルただ一人が立っていた。

 ダニエルは作業机に腰かけ、考え込むように頭を抱えた。


*     *     *


 アトラスの部下達はシュプレヒコールが聞こえる鉄工所に続々と集まってきていた。鉄工所の前には野次馬が集まり、聞こえてくる雑な音楽に耳を傾けている。これほど大きなデモ集会はバークヒルズができて初めてではないか。部下達は口にこそ出さないものの、内心そんな不安を抱えていた。

 報告を受けて急行したアトラスを見つけると、部下達は隣接した縫製工場の屋根にアトラスを連れて行った。そこから見下ろすと、鉄工所のシャッターの前に集まり声を張り上げるデモ隊が見えた。デモ隊はバークヒルズで生まれた若者達で構成されていた。

「アトラス兄貴、どうします?」

「これは相当な規模ですよ」

 アトラスは渋い顔をしてデモ隊を見つめていた。部下達はアトラスの決断力を信頼している。アトラスが決断を下し自分達に指示を出すまで下手に動かないのを鉄則としていた。

「この子達、武装はしていないね?」

 アトラスが言うと、部下達は一斉に頷いた。

「はい、武器になるものは何も持っていません。最悪、ギターで殴られるくらいでしょう」

 デモ隊の中心のダニエル・デンの隣に調律されていないめちゃくちゃなギターを弾いている少年がいた。音階など気にせずひたすらジャカジャカかき鳴らしている。その音に駆り立てられるように若者達は思い思いのメロディでダニエルに続いてシュプレヒコールを叫んでいた。

「まるでパンクロッカーだね。持っているのはフォークギターだけど」

「え?」

 アトラスは梯子をつたって屋根から降りた。

「ここは引き続き僕らが受け持つ。君達は交替で見張りを続けてくれ」


*     *     *


 アマンダはギャバンから緊急会議が開かれると聞き、会議室に足早に向かった。スティーブ達が報復に遭って一週間が経った頃だった。もう大きなトラブルは勘弁してほしいとアマンダは思っていた。辛い気持ちを押し殺して仕事に集中する日々が続いていた。

 会議室に入ると、バークとギャバンが既に到着していた。

「兄さん達は?」

「アトラスは調査中、グレイブはもう来る頃だろう。ジェシーは欠席だ」

 ギャバンが簡潔に答える。

 ギャングの幹部はアトラスを含めて三人で、当然だが全員バークの息子達だ。それぞれに得意分野があり、直属の部下を集めてチームを結成している。町内の生活改善はアトラス、略奪や報復などの武力担当はグレイブ、医療関係を取り仕切るジェシーは多忙のため滅多に会議に出席しなかった。

 わかっていたことだが、グレイブが出席すると聞いてアマンダの胸はざわついた。

 数分後、会議室の扉が開き、くたびれた革ジャンに分厚いジーンズの巨漢の男が入ってきた。グレイブだ。

「アマンダ、会議を始めてくれ」

 ギャバンがアマンダに指示を出す。アマンダは極力グレイブから意識を逸らしつつ、ギャバンから渡されたメモに視線を落とした。そこに書かれている内容を一目見て、アマンダはドキリとする。

「鉄工所で若者のデモが発生。内容は鉄工所の従業員の報復への抗議です。参加者は15歳から24歳までの若者が中心で30人程度、首謀者は鉄工所の従業員のダニエル・デン。現在はアトラス兄さんのチームが監視している模様」

「ということだ、兄貴」

 アマンダの報告を聞いてすぐにギャバンがバークに向かって怒鳴る。

「どうするんだ! 若者とはいえそれなりの人数だ。兄貴が深く考えずに報復なんてするからこういうことになるんだぞ」

 バークに強い口調で話しかけられるのはギャバン以外にいない。それほどバークとギャバンの兄弟の絆は深いのだ。しかし、バークがその意見を聞くかどうかは時と場合による。今回はバークの中ではあまり大きな問題として捉えていないようで、何も言ってこなかった。

「って言ってもよ、これだけの人数集まられちまったら黙ってるわけにもいかねえだろ」

 バークの代わりにグレイブが意見した。

「俺んとこの連中はいつでも出動できる。体張った仕事をやらせねえと手が付けられねえ奴らばっかりだ。俺達がちょっくら行って片付けてきてもいいんだぜ」

 グレイブの横暴な物言いにギャバンはさらに声を荒げた。

「反抗したら暴力で押さえつけるのはやめろと言っているんだ!」

 いつになく感情的なギャバンに対して、バークは何食わぬ顔で軋むパイプ椅子を後ろに揺らしてタバコをふかしている。グレイブも机に肘をついてさも退屈そうだと言わんばかりだ。アマンダは会議をどう進めていけばいいのかわからず萎縮した。

「遅くなって申し訳ない」

 扉をバタンと乱暴に開け、アトラスが入ってきた。

「近況報告だ」

 アトラスは場の緊迫した空気をもろともせず、部下が書いた走り書きの報告書をめくって話し始めた。

「ダニエル・デンは鉄工所に34名の友人を集めて立てこもっている。主な主張は未成年のスティーブを報復に巻き込んだことに対する謝罪要求だ。スティーブがギャングに殺害されたことでギャングに不信感を抱き始めている」

 アマンダの鉛筆を握る指に力がこもる。スティーブのために人が集まっている。デモをすれば自分達も報復に遭いかねないというのに、危険を冒して34人もの人間が鉄工所にいる。アマンダはそこに自分も行けたらと思った。

「今までに数件あった報復では未成年が対象になることはなかった。しかし、今回は大人達と一緒に未成年のスティーブも殺されている。報復に子供を巻き込んだのは失策だった。父さん、今回は非を認めて謝罪した方がいいと思う」

 そう言うアトラスの声は真剣そのものだった。言っているアトラスも今回の発端がスティーブ本人であることはわかっている。スティーブのためにした行動を罰するための報復でスティーブだけ不問とする選択肢はなかった。

 アトラスは真っ直ぐにバークの目を見つめ、一瞬たりとも瞬きをしなかった。その眼差しはかつてのユリーカを思い出させる。バークに意見を言う時、ユリーカもこうして真っ直ぐバークを見つめた。その目の輝きはバークから意思を引き出し、大きな決断をさせる力があった。と同時に見透かすようなその目をバークは恐れていた。

 バークはその視線を避けるように立ち上がると、グレイブのいる方へ回り込んだ。その間もアトラスはバークから一瞬たりとも目を離さない。バークは後ろを通る時にバシッとグレイブの肩を叩いた。グレイブは叩かれた反動で顔を上げちらとバークを見やる。

「ガキの遊びだ。そんなもんほっとけ」

 バークはそう言うと誰とも目を合わさず、会議室を出て行った。

「全く、少しは他人の意見を聞く素振りだけでも見せればいいのに」

 アトラスは溜息をついた。

「兄貴に言ったって無駄だ。俺達は兄貴の理想のためにここで生かされているようなもんだからな」

 ギャバンも呆れている。アトラスは溜息で返事をする。

「じゃあ、俺、待機ってことでいいんすよね?」

 グレイブの発言にアトラスとギャバンが冷たい視線を飛ばす。

「今の段階ではこの手のトラブルは僕の管轄だ。手出しするなよ」

「わかってますよ」

 アトラスの厳しい口調に素直に返事をすると、グレイブは会議室を出て行った。

「俺も仕事に戻る」

 ギャバンは杖を使い一人でイスから立ち、出て行った。

 数分間、残されたアマンダとアトラスはピクリとも動かず無言でいた。

 アトラスはふと思い出したようにアマンダの方を向いた。

「そんなに怖がるなよ」

 アトラスはまだ少しピリッとした雰囲気を残しながらアマンダに声をかけてきた。アマンダは止まりかけていた呼吸が再開したようにビクっとして息を吸う。

「大事な友達が死んで君もまだ気持ちが晴れないでいるのはわかる。立場上、今回の件は平静でいろと言う方がおかしい。だけど、君はそんな優しさに甘えていていい身分ではないよね」

 アマンダは自分の腰のコピアガンのことを考えた。ギャングに入ったアマンダはスティーブの味方ができる立場ではない。

「君は父さんの跡を継いで、バークヒルズのトップに君臨するんだろ?」

「あ……うん」

 アマンダはまだそのことを覚えていたのかとうんざりする。触れてほしくない所に踏み込んでくるこの兄のことがまた少し嫌になる。

「君がそれを本気で目指すなら、こんな会議ごときで怯んでいては話にならないよ。父さんの跡継ぎの候補は他にもいるんだから」

 何か特筆すべき偉業でもなければバークの跡継ぎは幹部の一人から選ばれるはずだ。ギャングに入りたてで仕事を覚える段階のアマンダがいきなり跡継ぎになれるわけがない。コピアガンを持っているという特別性以外に何もないアマンダがギャングのトップになると宣言してしまったことは幹部達にとって喜ばしい事態ではなかった。いつか必ずアマンダを潰そうとグレイブとジェシーが何かを仕掛けてくる。アトラスも今は協力的だが、力を付け始めたらどうするかわからない。

「僕のことは気にするな。僕は元から出世願望なんてない。だけど、本気で跡を継ぎたいと思うなら、彼らと剣を交えることも視野に入れておかないとだね」

 アマンダの肩をポンポンと叩くとアトラスは会議室を出て行った。一人残されたアマンダはアトラスとの最後の会話について思いを巡らせた。


*     *     *


 夕方になるとデモ隊はシュプレヒコールを止め、鉄工所の中に立てこもった。鉄工所の中央にはスティーブのために祭壇が作られ、そこに雑草をかき集めて作った花束や手紙、イラストなどが置かれた。参加者達は祭壇の前に集まり、輪になって歌い踊っている。伴奏は弦が緩んだり切れたりしている古びたギターだ。メロディがめちゃくちゃでも誰も気にしない。なぜなら誰もまともな音楽など聴いたことがないからだった。

 シャッターが軋む音で全員が一斉にピタリと止まり、静寂が訪れた。シャッターに全員の視線が注がれる。ギャングの服装をした人物が現れると、皆が口々に罵りの声を上げた。

「ギャングが何しに来たの?」

「まさかもう報復?」

「いいぜ、やってみろよ!」

 現れたギャングはよく見ると長い金髪をしていて小柄だった。しかも一人でここまで来た。それは仕事終わりに立ち寄ったアマンダだった。

 アマンダは予め予測していた歓迎の言葉に諦めの気持ちが湧きあがった。やはり自分が来るべきではない。一声かけて立ち去ろうとしたが、輪の中から赤毛の背の高い少女が出てきて先にアマンダに声をかけた。

「アマンダじゃない。皆、ちょっと静かにして。この子はギャングだけどスティーブの友達よ」

 赤毛の少女が言うと今度はそれに反応して皆が小声で口々に噂し合う。

「アマンダ・ネイル?」

「本当だ、よくここに来られたね」

「しっ、聞こえるよ」

 アマンダは赤毛の少女がずんずんと近づいてきて目の前まで来て改めてその髪の色の鮮やかさに既視感を覚えた。

「私、ニッキー・レアドよ。わかる? ビアンカと同じ縫製工場で働いてるの」

「あ、どうも……」

 アマンダは姉のビアンカの同僚だと言われようやく誰だかわかった。町一番のオシャレ好きで早いうちから縫製工場で働いていた。ビアンカとは同い年で目立つ赤毛だったので話したことはなかったが印象には残っていた。

「スティーブのためにここに来てくれたんでしょ? 私が話を通すからちょっと待ってて」

 ニッキーが振り向くと輪の中心にいた男が叫ぶ。

「ニッキー、何だって?」

「大丈夫よ、ダニエル。アンタも知ってるでしょ? スティーブの親友よ、アマンダは」

 アマンダはニッキーに連れられて輪になっている人達の方へ歩いた。祭壇にはスティーブとの思い出の品やイラストなどが置かれていた。アマンダは歩きながらじっくりと祭壇に見入った。

 その表情を見て、参加者達はアマンダがギャングの仕事で来たのではないと察し、警戒を一段階下げた。参加者が少し輪を広げて空間を作り、アマンダとニッキーはそこに入れさせてもらった。

「俺はスティーブが鉄工所で働くことになった最初の日のことをよく覚えている。久しぶりに新人が入ったから俺達は舞い上がっていた。特に俺はそれまで一番の下っ端だったから、後輩ができることが嬉しかった」

 ダニエルはスティーブとの思い出を語った。それぞれの印象深いエピソードを語ってスティーブを偲ぶ時間だった。ダニエルの話が終わると、時計回りに一人一人が自分の思い出を語った。誰の中にもスティーブとのささやかだが幸せだった思い出があった。アマンダには見せなかったスティーブの一面も知ることができた。自分達がどれだけ大切な人を失ったか、一人一人が話し終える度に痛感した。夢を持ってこの土地を去ろうとした人から全てを奪った報復がいかに理不尽か皆がひしひしと感じた。

 アマンダも自分が語る思い出は何にしようか考えながら話を聞いていた。あまりにも多くの時間をスティーブと一緒に過ごしてきたので、どれを選ぼうかとても悩んだ。母親同士が仲が良くて生まれたばかりの頃からいつも一緒に遊んでいた。男女の垣根もなく、町を駆け回ったりチャンバラをしたりして遊んだ。ジョンも一緒になり、枯れ木小屋を見つけてからはこっそり町を抜け出してそこへ行った。スティーブになら何でも話すことができた。時には大人達には言えない話もした。叱られたことへの愚痴や、好きな食べ物の話、どこで誰が話していたのかわからない噂など、くだらないけどその時は真剣に興味を持っていた色んな事をスティーブと話したのだった。最後にあった日も枯れ木小屋で二人きりで話した。あの時止めていたらスティーブ達は死なずに済んだはずだ。ギャングにいるのだから報復部隊が動いていることを知る手立てはいくらでもあったのに。

 アマンダは気持ちを抑えきれなくなり、顔を膝に埋めて涙を隠した。

「大丈夫?」

 ニッキーとは反対側のアマンダの隣に座っていた少女がアマンダに気付いて話しかけた。アマンダは首を横に振る。

「ごめんなさい。スティーブのことを思い出したら止められなくなっちゃって」

 アマンダは袖で涙を拭いて顔を上げた。

「スティーブと私は一番の親友だったの。生まれた家も違うし性別も違ったけど、双子みたいにそれ以上の絆があったように思えるの。ギャングに入ってから会っていなかったけど、最後に会った時もスティーブは前と同じだった。遠く離れても私とスティーブは繋がっていると思えた。どこか知らない場所へ行ってしまってもスティーブが元気でいてくれるならそれでいいと思ったのに……」

 アマンダの話に何人かの人達がもらい泣きしていた。アマンダはギャングである前にスティーブのことを思う親友だと皆が認めた。誰も何も言わなかったが、周囲の反応がそう物語っていた。

 そうこうしていると、再びシャッターが揺れる音で皆がまた一斉にシャッターに視線を飛ばした。シャッターをガタガタ言わせている人物達の声が向こう側から聞こえてきた。

「おい、これ鍵かかってんじゃないの?」

「シャッターに鍵なんかついてるのか?」

「お前、そっち持てよ」

「せーので上げるぞ」

 声は二人分だった。男の声だ。横柄で人を小バカにしたイラつく声で、こちらに聞こえるようにわざとゆっくりはっきりとしゃべっている。バティラ兄弟だとアマンダは瞬時に気付いた。

「俺が行く」

 ダニエルが立ち上がるがアマンダが片手を上げてそれを制した。とほぼ同時にシャッターが開き、バティラ兄弟が姿を現した。顔全体と腕の見えている所に赤くただれた火傷跡が残っている。アマンダはそれがコピアガンの黒煙によって焼かれた跡だとすぐにわかった。

「こんな所に集まってパーティですか?」

「おや、何か派手な飾りがあるじゃないですか」

「スティーブの祭壇か、手が込んでるねえ」

「これなら天国のスティーブも浮かばれるってか」

 アマンダは立ち上がり一歩前へ出てデモ隊とバティラ兄弟の間に壁を作った。ダニエルはすぐ後ろでアマンダを見守った。

「何しに来たの? ここはアトラス兄さん達が見張っているはずでしょ」

 バティラ兄弟はアマンダを見ると憎悪の目を向けてきた。

「見てくれよアマンダ。この火傷跡。まだジクジク痛むんだ」

「お前のせいで俺達は一生この痛む火傷跡と付き合っていかなきゃならねえんだぜ」

 バティラ兄弟は袖をまくって火傷跡を見せた。アマンダは少々罪悪感を覚えた。たしかにそれはグロテスクな火傷跡だ。だが、そもそもの原因を作ったのは彼ら自身なのだ。アマンダもやりすぎたと反省しているが、絶対に謝るつもりはなかった。

「帰りなさいよ、ここはアンタ達の来る所じゃない」

 バティラ兄弟が冷静に話すだけで納得する連中ではないことは誰もが知っているところだった。案の定、バティラ兄弟は別のことに興味を向けてまたもアマンダをなじってきた。

「アマンダ、お前こそ何でここにいるんだよ」

「俺達は報復部隊に入ったんだ。つまりこれはれっきとした仕事ってわけ」

「ギャングの癖にデモに参加してるお前の方こそ帰った方がいいんじゃないか?」

 まさか、とアマンダは思った。略奪部隊と報復部隊はグレイブが指揮するため何人かは両方を兼任しているとは聞いている。しかし、いつでも人員不足の略奪部隊と違って報復部隊は限られた精鋭しか入れないはずだ。バティラ兄弟はグレイブに実力を認められたということか、とアマンダは瞬時に思考を巡らす。

「まあ仕方ないよなあ。アマンダはスティーブのこと大好きだもんな」

「未来の旦那様を殺された気分はどうだ?」

「ギャングになってもスティーブが前と同じように接してくれると思ってたんだろう?」

「実際にはお前を捨ててどこかに逃げようとしてたけどな」

 バティラ兄弟はゲラゲラと笑った。この二人の性格の悪さはギャングに入る前からだ。デモ隊にも前からよく思っていない人達がいる。報復部隊だと言われたら手の出しようがないが、内心では皆が早く帰ってくれと思っていた。

「スティーブはそんなんじゃない」

 アマンダは声を荒げず冷静に努めながら言った。だが、心の奥底では沸々と怒りが込み上げてきてコピアガンもそれに反応しているのを感じていた。

「スティーブを侮辱するな。夢を叶えるためにリスクを冒して行動したスティーブを悪く言っていい権利はお前らにはない」

 アマンダが言い放った。後ろのデモ隊もその言葉に背中を押されるようにしてバティラ兄弟に向かって叫ぶ。

「てめえらこそよくこんな所に入って来られたな!」

「俺達がどんな気持ちで暮らしてるのか知りもしないクソ野郎共が!」

 デモ隊の声はアマンダにとっては心強かった。と同時に不安でもあった。バティラ兄弟と戦闘になったらギャングに武力で抵抗したことになる。そうなればこれは平和的なデモ活動ではなくなる。今後ギャングから何をされても文句は言えない。アマンダは彼らに危害が加えられないようにしなければと必死で考えた。だが、どうするべきか全く考えがまとまらない。コピアガンはアマンダの腰でキラキラと輝いている。

「おい、どうするんだ、アマンダ?」

「また俺達をそのコピアガンで焼くか?」

「次は俺達死ぬかもしれねえよな?」

 アマンダは意識的に呼吸を深くゆっくりして衝動を抑えた。手はガンホルダーに伸びている。バティラ兄弟はそれ見たことかと意地悪な笑みを浮かべてギラついた目でその手の動きを見ていた。後ろのデモ隊の鬼気迫る空気も感じた。アマンダは言った。

「私のこの力が卑怯だってことくらい自分が一番わかってる」

 怒りに打ち震えながら、アマンダはガンホルダーに手を這わせた。バティラ兄弟はアマンダがいつコピアガンを抜くか、今か今かと待ち構えている。

「これのおかげで私は苦しい思いもするけど、これのおかげでできたことも沢山ある。だから――」

 アマンダはガンホルダーのバックルを外した。ガチリと固い音がして腰に巻き付いていたガンホルダーはコピアガンを抱いたまま右手にぶらんと下がった。

「――これは使わないで戦う」

 アマンダはそう言うとガンホルダーを遠くへ放り投げた。

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