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『きらめく拍手の音』を読んで

 久しぶりに名著と出逢った。
 これは、同タイトルのドキュメンタリー映画を作成した監督が上映の翌年に書いたエッセイであり、聴覚障がいをもつ両親と著者、その家族の歴史だ。

 そもそも、鬱になってからこっち、元々好きだった読書が難しくなっていたのだが、これだけはタイトルを見た時から心惹かれるものがあった。

『きらめく拍手の音』

 なんて素敵なタイトルだろう。
 読みだしてすぐ、第一章で号泣した。

 「コーダ」という単語は私にカルチャーショックを与えたが、同時に安堵感ももたらした。…(中略)私を指す単語が存在するということ。両親の障害を私一人で背負わなくてもいいということ。私のような立場の友がいるということ。
 その時私は、自分が重ねてきた経験のすべてが、ひとつのストーリー、ひとつの世界を形成しうるのだということを悟った。   
                             1章-1より

 この一節を読んだとき、私にはこの衝撃と感動がわかると思った。(私には聴覚障がいのある両親がいるわけではないけど。)

 これは、私の話しだと感じた。

 そして、2014年5月、ソウル国際女性映画祭で『きらめく拍手の音』というタイトルで初公開された。すると、その映画を見て、初めから終わりまでまるで自分の話だったと連絡してきた人がいた。
                             1章-2より

 自分が今までに感じてきた困惑や苦労、どこにもっていったらいいのか分からない感情が、自分だけのものじゃないと分かったときの衝撃。
 それは、この主人公の語るコーダ(CODA : Children Of Deaf Adalts)の文化に限ったものではない。

 私の場合。大学の時、依存症についての精神医学の講義で「イネイブラー(助けようとしてその行為を逆に助長してしまう人)」と「共依存」という言葉を知ったとき。

 フラワーデモ(性暴力に反対するスタンディング)に参加して、同じように性暴力にあった人達のストーリーを聞いた時。

 「性的少数者」として差別されていたことを自覚した時。

 誰にも話したことのない自分の経験と立場に名前があり、同時に同じような経験をしている人達がいて、この苦しみは自分の責任ではないと知ったときの衝撃は決して忘れない。

 ある社会の中で、見ない様にされてきた人、気がつかれない人、孤立し、一人で生き抜いてくるしかなかった人。少ないように見えて、きっと誰もが抱えている何かしらのマイノリティ性が、実は自分一人のものではないと分かったとき、他のある社会と繋がった瞬間。

 私の経験してきた韓国は、少し違うだけでも、お前は「私たち」に属することはできないと線を引く国だった。顔の色が違えば、使う言語が少しでも違ったら、また異性愛者でなければ、腕が一本なかったら、少し足を引きずっていたら、彼らは自分と違う者を他者化し、自分の領域から排除した。人一倍「他者化」に熱を上げる国だった。
                             5章-1より

 この「他者化」は、韓国でも日本でも、おそらく世界中のどこでも起こっている。

 そしてこの本は、「ろう者」と「聴者」を繋ぐ「コーダ」の文化についての一つの物語であり、『きらめく』ろう者の世界を著者の感じている感動そのままに垣間見せてくれる一冊だった。

 最近、私は英語話者の友人と、たどたどしい英語とたどたどしい日本語、ASL(アメリカ手話)にたどたどしいJSL(日本語手話)を交えながら会話をする。
 その度、私は俄か手話サークル部員だった頃覚えたわずかなJSL単語と、テレビで覚えたわずかなASL単語を必死で思い出し、友人はそれを待って私の言いたい事を読み取ろうと努力してくれる。

 大学の時、自分の抱えている問題で頭がいっぱいの私は、ボランティアでサークルに手話を教えに来てくれているろう者のおじさん達を「他者化」して、彼らの文化や言語に真摯に興味を向けたことがなかった。

 この本と大学の時に出逢えていたなら。。。

 最近特に、ろう者やその周辺の人たちを主題にした映画や本が急速に増えているように思う。きっとそれぞれに、素晴らしい作品なのだろう。
 でも、もし自分の中の壁を壊して、他者の社会文化と交わりたいと思うなら、私はこの本をお勧めしたい。

 これは障害者の話ではなく、まさに文化と文化の間で起こることだったのだ。自分自身のことを説明する必要はなかった。互いに違う文化のうちの一つであるだけだった。特別で特異な存在ではない、各々固有性を持った存在、あなたと私。ようやく自由になれた。
               あとがき「日本の読者のみなさまへ」より

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