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集団接種会場にて【短編小説】

「あなたは、どちらのお薬なのかしら?」

 ある年、致死的な流行病が世界を襲った。症状は風邪によく似ていたが、ウイルスは若者を媒介にして広がり、それが高齢者に広がると次々と死者が出るようになった。
 世界各国は我先にとワクチンを開発し、そのうちにある2つのワクチンが完成した。翌年には定期的なワクチン接種が開始され、接種の効率化を図るために多くの都市で集団接種会場の方法がとられた。

 ある朝、青年は3回目の予防接種を受けようと接種会場へ向かった。空は晴れ渡り、外はすっかり良い日和だというのに、街には人影もなく、会場までの30分間誰ともすれ違うことが無かった。
 あれだけ溢れかえっていた人々はどこへ行ってしまったのだろう。

 会場へ着くと、思いのほか多くの人たちが待っていた。外には誰もいなかったのに、と青年は不思議に思いつつ辺りを見回した。広いホールの縁にはぐるりと椅子が並べられ、申し込んだ時間ごとに来訪者がきちんと整理されていた。中年の案内係が青年を席に案内し、「2番」と書いた整理札を渡してくれた。
 並べられた人たちはどこか余所余所しく、それぞれ携帯をいじったり、提出する書類を何度も確認したりしていた。先ほどの案内係は時計を確認しながら、なんだかそわそわした様子で目の前を行ったり来たりしていた。
 青年も他の人たちと同じようにじっと自分の番を待とうと、本を開いた。その時、隣にいた女性が青年に声をかけてきた。女性は70歳ほどだろうか。服は落ち着いた色でおとなしそうな外見だったが、その目は好奇心でいっぱいに見えた。

「それで、あなたはどちらのお薬なのかしら?」

 当たり障りのない会話の後、突然彼女が聞いてきた。どちらの、というのは2つのワクチンのうちどちらかという意味に思われた。

「今まで"A"の薬を2回受けました。今日は"B"の薬になるかも知れません。」

 ワクチンはその日の数によって選べるかどうかが分からないので、青年はそう答えた。

「そうね、私もよ。でも、あなたはまだお若いものね。、、、分からないわ。」

 彼女が最後に言った言葉の意味が分からなかったが、その時ちょうど番号が呼ばれた。彼女と青年は同じグループに振り分けられ、別の部屋へ移された。青年は彼女に再び話しかけようとしたが、席が離れてしまい、なんだか話しかけづらい雰囲気になってしまった。
 新しい部屋はいくつものパーテーションで区切られ、防護服を着た大勢のスタッフが行き来していた。パーテーションのせいで呼ばれた人がどうなるのかは見えなかったが、医師による診察とさらに別の部屋でワクチンを打たれるのだと説明があった。
 その第二の待合室では長い間待たされたが、気がつくと例の彼女は先に呼ばれて居なくなっていた。

「2番の方、どうぞ。」
 青年が呼ばれ、医師の居る部屋に通された。

「ああ、あなたは医療従事者の方ですね。今までの"A"の薬は大丈夫でしたか?」
「はい。大丈夫でした。」
 問診はあっさりと終わり、青年はまた"A"の薬を割り当てられた。

 次の部屋でワクチンを打たれた後、証明書をもらう列で例の彼女を見かけた。彼女はスタッフに何か質問をしていたが、先ほどよりも何となく不安そうに見えた。
 その後、副作用を確認するため、また別の部屋に通された。そこで15分間待ったが、例の彼女が前の部屋から出てくることは無かった。

 そのことが気にかかり、青年は最後の待合室を出てからしばらく彼女を待った。それでも彼女が出てくる気配はなく、青年はしぶしぶ来た道を戻って会場を出た。会場を出るとき、振り返ってはじめのホールを見渡した。来た時には気がつかなかったが、会場の中には青年と同じような年ごろの人たちは見当たらず、例の女性と同じような年配の人が多いということに気がついた。外に出ると続々と他の接種者が訪れていたが、やはり年配の人々だけだった。
 そして不思議なことに、青年の様に帰っていく人の姿はなかった。

 もしかして、、、。不安な気持ちが頭をよぎりながら、青年はまた誰もいない街を歩いて家に帰った。
 あの女性はどうなっただろう?あの最後の言葉は、、、?
 "B"の薬はいったい何なんだろう?
 ぐるぐると考えが過ぎって眠れない日々が続いた。

 流行病のニュースも落ち着き、しばらくが経った。この病の起こした出来事によって多くのことが変わったが、一番変わったことは、高齢者の死亡により、若年層の人口比が増え、経済が持ち直したことだった。街には若い人の姿が戻り、活気に溢れた。

 ワクチンの事など忘れかけていたある日、駅で若い女性を見かけた。
 あの落ち着いた色の服、好奇心に満ちた瞳、、、彼女と同じ。まさか。

 衝撃を受けながら青年は女性を追ったが、その姿はもう見えなかった。


#創作大賞2022

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