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1分読み切り短編小説「未完成のアート」

そいつは胡散臭い奴だった。
名前は「画伯」だと。

女がそこにやってきたのは、
もう何もかも嫌になったからだ。

そんな時、
このBarを知った。

「Art Bar Gahaku」

アーティストが生み出す
不思議なアートが
どんな悩みも解決してくれる、と聞いた。

そのアーティストが、
女が座るカウンターの向こう、
目の前にいる「画伯」。

黒い帽子に、黒い服。

斜めにかぶったキャップに、
サイズ大きめのTシャツ。

しかし、どういうわけか
牧師のようにも見える。

首には十字架ではなく、
ロックミュージシャンのような
ごついチェーンの
ネックレスをしているのに。

「さて、どんな悩みかな?」

カクテルの入ったグラスを
すっと女に差し出し、
画伯が「始まり」の合図をした。

壁に飾られた絵は、
画伯の創作のようだが、

独特なタッチで描かれたその絵は、
お世辞にも上手いとは言えない。

幼稚園児の書いた絵のようだ。

得体の知れない動物や、
構造的に成り立たない乗り物の絵だった。

(本当にアーティストなの?)
と、女は訝ったが、

聞かれた質問に答えることにした。

「実は、この不景気に
仕事をクビになっちゃって、
しかも彼氏にも振られたばかり。
何もかも嫌になっちゃったんです。
それで、偶然ここのことを知って。」

この際、
素直になんでも話そうという気になった。

画伯は一通り、黙って女の話に頷き、
静かに聞いていた。

女の話がひと段落したところで、
画伯がようやく口をひらく。

「それ、リセットできるよ。」

そして、少し間をおいて、

「もしくは、早送りできる。」

と言った。

画伯はそう言うと、
カウンターの下から、
何かを取り出し、

カウンターに置いた。

目覚まし時計の
ような形をしている。

無題63_20201029131725

「これは、君が進んできた時間を
リセットできる、または早送りできる。
時計の針は、進んだ時間を表していて、
一周したらひとまず君はゴールだ。」

(これがアート?これで悩みを解決できるって?)

やっぱり変な人だったと思いながら、
女は、画伯に話を合わせるように、

「面白いですね」と言った。

女の白けた反応をよそに
画伯は続ける。

「リセットする?早送りする?」

早々に切り上げようと、
女はカクテルを一気に流し込み、
はっきり言った。

「どちらも。」

正直馬鹿馬鹿しい。

だから、
どちらでもよかった。

「信じてないようだけど、
本当にできるとしたら?どう?
リセットする?早送りする?』

でも、改めて考えてみると、
どっちもよくない気はした。

何もかも嫌になったとは言え、
人生のゴールまで一気に早送りするには
勿体無い気はするし、

リセットしてやり直すにしても、
それなりに幸せなことや出会いもあった。

「やっぱり、どちらもしません。」

画伯はまさに神に仕える者のような、
清廉さを思わせる微笑みを見せ、

「よかった。ほら大切なものがあった。
これでアートの完成だ。」

と満足げに言った。

自分の悩んでいたことが、

この針が一周する間に
起きている少しの間のことなんだ、
と思えたら、

気分はすっかりよくなっていた。

(作品の見栄えは
悪いけど、
アートとして素敵だな。)

と女は暖かい気持ちに
なってBARを後にした。

画伯は、
女を見送った後、
ようやく完成したアートへの喜びを
噛み締めていた。

「これまで12人は
リセットしちゃったし、
23人は早送りしてしまった。
なんでしちゃうかなー
本物なのに。

でも、ようやく
アートは完成した。」

画伯は
アーティストな死神だった。

(おわり)

作/画 りょう

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(あとがき)

この話に登場する「画伯」は
モデルがいる。

下手くそな(芸術的な)絵を
インスタにあげていた
画伯と呼ばれる男。

なぜかその絵に
魅せられて、
友達になった。

今回、小説に出たいというので、
書いてみた。

こうして
また新しいアートが生まれた。

ちなみに文字数が多くなって、
とてもじゃないけど、
1分で読めそうもない。

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