〇〇と僕『を』~をかしと僕~
「をかし」とは、元々は日本文学(平安期の文学)上における美的理念の一つ。
しかし、室町時代以降、「をかし」は滑稽味を帯びているという意味に変化。
世阿弥の能楽論では狂言の滑稽な様を「をかし」と呼び、これが江戸時代に滑稽本などに受け継がれて、現在の滑稽味のあるという意味の「おかしい」に至ったと言われている。
サンキューWikipedia。
下がってよろしい。
僕は先日、その「をかし」を初めて鑑賞した。
宮崎駿の最新作が上映されているってのにそっちには目もくれず、僕は狂言を見た。
順を追って話そう。
僕は暇だ。
いっつも暇だ。
暇を持て余しすぎて部屋中が暇だらけ。
誰かにお裾分けしようにも、みんなに「貴様の暇などいらん」と言われ途方に暮れていたある日、神楽坂で開催されるお祭りのチラシを見た。
2日間、神楽坂の町のいたるところで日本の伝統芸能が見られるという素敵なお祭り。
しかも全部無料。
ありがたや、ありがたや。
講談、お囃子、長唄、三味線。
様々な伝統芸能がある中、ひと際僕の目を引いたのは「能」。
場所は神楽坂の矢来能楽堂。
もちろんこれも無料。
一度は見たいと思っていたの。
この機会を逃すなんて絶対ノー。
これは行くしかないってこと。
そんで当日、僕は一人で神楽坂へゴー。
なんだかラップみたいになったがお気になさらず。
さて、当日矢来能楽堂へ行ってみると、もうすでに整理券を求める長打の列。
なんとか整理券をゲットして、いざ能。
最初に、能とはなんぞやという解説と演じられる演目のあらすじ解説。
そんで、いよいよ人生初の能。
1時間しっかりと能を浴びた。
そして、僕はすっかり能の虜になってしまった。
そんで先日、チケットを購入し、国立能楽堂にて能を堪能してきた。
そこで初めて見たのが狂言。
狂言は基本的に、能と能の間に演じられる物。
なので、能を見に行くと、たいていの場合は狂言もくっついてくる。
もちろんその日の能も素晴らしかったが、狂言にもハマってしまった。
重厚で厳かな雰囲気の中をゆったりと進む能とは違い、テンポが良く、台詞は口語に近く、コメディーの要素が強い。
人間の業を笑いに変えるところは、もともと好きだった落語にも通ずるところがあり、もっともっと多くの演目を見たくなった。
ってなわけで、来月もチケットは予約済み。
今回は能2本と狂言1本。
9月も10月も行くつもりだ。
こんなに夢中になったのは、音楽以来かもしれない。
国立能楽堂では、3年に一度、能楽師の研究生を募集しているらしい……。
ある日僕がお店から消えた時は、そういうことだと思ってくれ。
なんつって。
『Thirty Seconds To Mars / Closer To The Edge』を聞きながら
FJALLRAVEN by 3NITY TOKYO 池守
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