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古書街で夜になるまでパンケーキを食べる

こんばんは。今日もお疲れさまでした。

その人は子供が好きだと言いました。児童養護施設で働いていて、とても子供が好きだと。その時私は婚活をしていました。また、結婚するなら私の子どもとうまく暮らしていける人を探していたのです。

平日も休みが取れるというので、私たちは古書街で有名なパンケーキを食べに行く約束をしたのです。平日なら、それほど並ばなくても食べることができるかもしれないとワクワクしながら、午後3時に約束したのです。

約束より少し前に最寄駅に着いた私は、そのお店を覗きに行きました。しかし、思惑は外れ、かなりの行列です。すかさず列に並び、彼に約束場所ではなく、お店の行列に並んでいることを連絡しました。

約束の時間ぴったりに来た彼は、婚活アプリより少しふっくらとした熊さんのようでした。腰を痛めて、あまり動くことができず、写真と変わってしまったと話していました。旅に出るのが好きだと言って、色んな旅行先の写真を見せてくれました。そして、ずっとスマホを気にしていました。

彼は腰を痛めたことで、児童養護施設の仕事が難しくなり、異動願いを出した結果が本日発表されるということでした。スマホに通知が出る度に食い入るように、画面に張り付いていました。

私たちは彼の腰を気にかけながら、結局1時間以上待って入店することができました。他の方の席に、ずっと食べたいと思っていたぐりとぐらのパンケーキのような分厚くて、たぬき色のパンケーキが湯気を立てて置かれていきます。私たちも同じパンケーキを一人1枚頼みました。

彼は話をしながら、何度もスマホを覗き込んでいます。この時間は、もうタイムリミットに近いのか、通知がなくても覗き込んだり、電話をかけるために席を立っていました。

私たちの席にもパンケーキが置かれました。それは目の前にすると他の方のそれよりもっと大きく見えました。写真を撮るのも忘れて、そのさくりと焼かれたパンケーキにナイフを入れました。表面はサクサクで、中はふんわりとした童話に出てくるような優しい甘さのパンケーキでした。

大きなパンケーキに、アイスクリームを添えて食べ進めていきます。話をしながら、彼はスマホを気にしながら。正直、私はもう話などせず、そのパンケーキだけに集中したいと思っていました。湯気が上がっている間に全て食べてあげたかったのです。

彼の異動は今考えたくなかったのです。本当に彼と結婚したいと思っている人なら、夫になる人の職業はとても重要なのでしょう。でも私は相手の職業など、正直どうでもよいものでした。子どもとうまくやれそうというのが大切なのです。

でも、彼は子どもの事は正直どうでもよいようでした。彼の口から職場の子どもの話はひとつも出ませんでした。分かったのは、児童養護施設は腰に悪いということだけです。

パンケーキを食べ終える頃、彼は落胆していました。異動が認められなかったということだったようです。こんなに美味しいパンケーキを食べているのに。落胆するなんて、なんて切ないことだろうと思いました。

お店を出る頃、すでに夜がそこに迫っていました。

私は、彼に「じゃあ」と言って別れようとしました。腰の悪い彼を連れ回すのも、パンケーキに集中できないくらい落胆している人とこれ以上一緒にいる気になれなかったからです。

彼はせっかく来たのだからと一緒に古書街を1時間ほどぐるぐるすることになりました。

夜を迎えて私たちは連絡先も交換せずに「さようなら」しました。大人らしく「また機会があれば」と言って。

彼はいつかあのパンケーキを美味しく食べることができたらいいなと思います。腰を気遣ってくれる素敵なパートナーを見つけて。おやすみなさい。

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