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怪しい匂いを嗅ぐ夜

こんばんは。今日もお疲れさまでした。

ある冬の夜。高校の同級生だった女性と故郷の街で飲んでいました。彼女は高校時代生徒会のメンバーで、その時生徒会長だった男性の先輩がバーをOPENしたので、行こうと誘ってくれたのです。

先輩のバーは、この田舎の繁華街の雑居ビルにありました。黒を基調にした店内に、先輩はバーテンダーとして、白いワイシャツに、黒いベストと蝶ネクタイという服装で佇んでいました。卒業して5年以上経ちますが、彼の顔は高校の時の面影を残していました。

しばらく昔話に華を咲かせていると、ひとりの男性がやってきました。彼は、先輩とバーを共同経営をしているのだと言います。BーBOY風なダボダボな服装に、恰幅の良さがとても似合っていました。そしてつけている貴金属から、物を知らない私でも分かるお金の匂いを肌で感じ取りました。

その時の私は、東京で漫画家のアシスタントをしていました。漫画家になりたかった訳ではありません。友人がデビューしたので、彼女を助けるくらいの気持ちでした。その時の私はまだ将来へのビジョンがフラフラしていました。それでも、この田舎に連れ戻されない為に、親にも友人にも本気で漫画家を目指していると嘘をついていたのです。

でもBーBOYの彼は、こんな事を言い出しました。

「本気なら自費出版させてあげるよ。お金なら全部出してあげるからさ」

私は、「いや。。。」とか「そんな悪いし。。。」とか歯切れの悪い言葉で濁しました。まだ嘘がバレるわけにはいきませんが、本気ではなかったからです。

彼は夢を追っている誰かを応援したいと言っていました。彼らを応援してくれたようにその輪を繋げたいという話でした。経営者の人ならよく言う話でしょう。でも、何も見せていない私にいう言葉ではありませんでした。本当にそういう事を言う人は、きちんと私の証拠を持って話をするものです。

違和感しか持たなかった私は、その話は断り、彼に「その気になったらいつでも頼ってね」と言われ、名刺を貰いました。そして、少し飲んで私は家路につきました。彼の名詞は、どこかに入れたまま、いつしか見つからなくなりました。そして、私がそのバーに行ったのはそれが最後になりました。

数年後、彼らはドラッグの所持で逮捕されました。ニュースで見たのか、誰かに聞いたのかもう思い出せません。ただ、あのバーが写真か映像かで映し出され、「逮捕」か「容疑者」に連なるように先輩ともうひとりの名前が記されていたことは確かです。

それはショックでもあり、なんだかあの夜の怪しさの正体を知って納得したようでもあり、それはただの事実として私の中に残りました。あの時、あの話に乗らなくて本当に良かったという安堵の気持ちも確かでしょう。

彼らが今何をしているのか知りません。もうあの田舎町を出て、東京にいるかもしれません。先輩は高校では優秀な人だったので、私よりもっともっと輝かしい未来を築ける人でしょう。今の世の中、自分をどうするかは自分次第です。彼らをYoutubeで見つけるかもしれないというグレーな気持ちを過らせながら、私は今夜もスマホを徘徊しています。おやすみなさい。

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