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【短編】バトン⑩

第九話はこちらから

第十話 無責任

今村くんとご飯を食べる時は、すき家だった。
時々流れるすき家独自の音楽とかラジオとかに今村くんはいきなり機嫌が悪くなる。

「なんですぐにLINE返さねーの?」
僕は、今村くんの彼女じゃない。
「すぐ返せや」
脛をコツンと蹴られる。僕は今村くんの彼女じゃないし彼氏じゃない。
「聞いてんのか?おーい?」
手を伸ばされて頭をコツコツ叩かれる。機嫌が悪いからこんなことをする。
「もしもーし、入ってますかー?」
マグロのすき身とご飯を口に入れてるから、僕はずっと黙っている。
「ゆうちゃん?」
顔を顰めて僕を覗き込んでくるから吹き出しそうになった。
麦茶を飲んで口の中のものを胃に落とした。
「…大事な人に会ってたから。」
「誰?」
「由紀恵さん」
「なんだ、もったいぶるなよ」
「ふふ。僕、由紀恵さん1番好きなんだ。」
「ババアだろ。」
「おばあちゃん好きなの。いないから。」
「あそ。」
「うん。」
「ババア騙して金もらったりすんなよ。」
「うん。僕、良い子じゃないけどそれだけはしないよ。」
「……どっか、欠けてるよな、杉崎って。」
「ん?」
「ふわふわしてる。」
「僕がそうであれ誰も困らない。」
「うーん。」

僕の返事に困った顔をしながらも最後はいつも、まあいいかって。今村くんは、笑っていた。


由紀恵さんの家にいる間に今村くんから、届いたLINEには
『そろそろいくわ』って書いてあった。
僕は、それを見て慌ててみたけど、結局どの病院にいるのかさえわからない。
あの時、一緒に救急車に乗って、せめて病院を知っておけば良かったと、後悔する。

すぐにスマホを確認しないといけなかったのに。確認しなかったのは僕だ。
何度電話をかけても、LINEをしても返事はない。

僕はいく宛がなくて、亜島さんに会いにきた。
きっと僕は不安でずっとずっと怖かった。

ドアを開けた僕に亜島さんが目を丸くした。
けど、亜島さんの横に立っている人を見て僕は言葉を発せなかった。

「杉崎、なんだよ、その顔。」
頭に包帯を巻いた顔色の悪い今村くんがいる。
「相変わらず、冴えねーな。」

死んだと思った。
そろそろいくわっていうのは、もう自分が死ぬとわかって送ってきたのかと。

「紛らわしいLINEしないでよ!」
今村くんと亜島さんは、そう言う僕を見てケラケラ笑う。

「怒んなよ、杉崎。」

これから先のこと、たぶん二人はこの時にもう分かってたんだ。
「チビ、お前にもう少し手伝って欲しいんだ。」

亜島さんが少しかしこまって言うから、逆におかしくて。僕は少し笑う。


「…そんな、かしこまらないでよ。」
僕がヘラヘラ笑ってるのを見て、二人とも深刻な顔で僕を見ている。

「チビ、真面目な話だ。」
「何?」

顔色の悪い今村くんがゆっくり話し始める。
「杉崎、俺と亜島は、きっと、アイツらの中で死んだことになっている。だから、逆に動きやすいんだけど、生きているとバレたら厄介だ。」
話を進めようとする今村くんを遮った。
「ねえ、今村くんと亜島さんは、何をやってるの?」

亜島さんが教えてくれたのは僕にとっては、理解するのが難しくて厄介だった。

今村くんを怪我させたのも、亜島さんを焼いたのも大橋組の下っ端であることは間違いない。
今村くんが怪我をさせられた理由は、県の財務部にいる今村くんの仕事が関係している。県の所有する文化センターの民営化が計画にあり、その運営に名乗りを挙げたのは大橋組の大元である上田興業。老朽化に伴う改築には設計が必要で、関連会社の江藤設計に仕事が回る。大橋組は工事請負業者に入ることになる。

「でも、誰かがやんなきゃならない仕事なら別に…」
「反社に金が回ると知っていて、目ぇつぶれねぇだろ。」
「今村くんは、わざわざ面倒に巻き込まれたの?」
亜島さんも今村くんも顔を見合わせて、次に僕を見た。
「もうさ、今村くん、仕事かえて黙ってたら良いじゃん。怪我までしてやる仕事じゃないよ。」
「…お前、無責任にモノ言うやつなんだな。」
「関係ないよ。そんなことわかんないし。」

僕と今村くんの会話を聞いていた亜島さんが、僕の頭をくしゃくしゃにしてくる。
「チビの言う通りかもな。俺たち、わざわざ面倒に首突っ込んだって言うか。気づかない上が悪いっつーか。」
「…亜島。俺だってもう疲れたよ。調べて報告して逆恨み。」
「…だよな。」
「それに、ここの鍵、そろそろ返さないと。」
「そっか。もう、ここにはいられないか。」
「悪いな」
僕の目の前にいるのは怪我人2人。
今村くんはともかく、亜島さんは全くの他人だし。まあ、大輔さんの双子のお兄さんだけど。

知り合いが、怪我をさせられていることに僕は、なんとなく腹が立っていて。
「難しい話はわかんないけど。一旦2人とも家に帰ったら?」
「バカだな。お前。家に帰れるわけないだろ。」
「なんで?」
「大事な嫁が、大橋組に狙われたらたまんねーよ。」
「今村くん、結婚してるの?」
「俺は普通の公務員だからな?」
「え、ショック。」
いつ結婚したんだろう。あるいは出会った頃にはすでに結婚していたんだろうか。
「亜島さんは?」
「恵に迷惑かけられない。」
「あ。そうか。」

2人ともそれぞれに帰れない。大事な人を巻き込めないから。
大事かどうかはわからないけど、僕の家にも父親はいるから、連れてはいけない。

「腹減ったな。すき家食いてえわ。」
今村くんがそう言うのは、僕に買いに行けってことだと思った。

「なあ、杉崎、なんですぐLINE返さなかったんだ?」
脛をコツコツ蹴られた。

「…大事な人に会ってたから。」

バトン⑩ 20220521
バトン11に続く

#短編小説
#青春小説
#安比奈ユキさんの絵をお借りしました

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