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【ぽいものシリーズ①】大野恒常 

お古いところの空想を申し上げます

徳川家康が、江戸に幕府を築いた頃
大道易者なんてものが流行り出しました。
今でも易者さん時々見かけますが…。
その頃は算木に筮竹を使って深編笠被りまして
路地に座って八卦をしていた。
もともと中国から伝わったそうで
陰陽道にも精通していて政治にも大きく関わっていたそうです。

今日はそんなお話でございます。

ある一日のこと。雨宿りがわりに立ち寄った路地裏の蕎麦屋は、流行ってもいなくて客が少ない。

けれど、引き寄せられるものってのはあるようで
客と客同士、ぶつかってしまう。
どーんと当たったなら謝りようもあるが、
肩があたった程度。

「なんだてめぇは!どこ見てやがる!気をつけやがれ!汚ねぇなりしやがって!」
因縁をつけた方は派手な襦袢を引っ掛けたような身なりしまして
もう片方は煤けた灰色のボロ布を纏ったようだった。

「あいすいません、少しばかり、目が悪ぅございまして。」

ひょいっと顔を上げて今、怒鳴ってきた男を見てあれば、少しばかり相が良くない。
この男、易者でございまして

「…あなた。」
「なんだよ」

男が水に飲まれるような、絵が頭に浮かぶ。
「少しばかり、水にお気をつけくださいまし」
「なんだ、てめぇは、気味が悪りぃな!」
易者の言うこと遮って男は去っていった。

その晩のこと、酒に酩酊した男が、川に飛び込んだ。飛び込んだというよりは引き摺り込まれたのでしょう。
本当なら浅い川で足がつくから助かることは間違い無いのではございますが、
川の流れに勢いが増して流されたっていう話。

「はあ、作用でぇございますか…
運が悪い人っているってぇいますがぁ…
こりゃあ、違いありません。
んとぉにねぇ。
運が悪かったんでございましょうなぁ。」

算木に筮竹を用いて人の道を占う大道易者の大野恒常。左目が悪く、眼帯をかけている。歳の頃は二十七、八。煤けた灰色のきものは年中同じ。痩せ型で髪はざんばら。背中を丸めて、腰掛けに座っている。

「だから、言ったんですよぉ。
水にお気をつけなさいって。
運が…
悪かった…なぁ。
信じてくれりゃあ
死ななくってすんだのにな。」

うっすら笑みを浮かべて静かに話すものだから、もしやコイツがやったのではあるまいかと思ってしまう。

「やはり、お前に関わる人物であったか。」
「…肩があたった、ただそれだけですよぅ。」
「川に落としてなど」
「御冗談は……おやめください…」

恒常は右目で下から睨めあげるように人の顔を覗く。蝋燭の灯りが浮き上がらせるその顔の薄気味悪いこと。
「それにしても、天海さん
…なんですぅ?今日は。」
「恒常、悪い噂がある。」
「あなたの言う通り、幕府を江戸にってぇ計画は進んでいるじゃあございませんか。」
「拙僧の…?どの口がそれを言う。」
「いけませんよ、んなこと言っちゃあ。」

江戸の都市計画は徳川家康の側近、南光坊天海が中心となり進んでいる。陰陽道に基づいて築かれた江戸幕府。果たしてそれは天海だけの知恵であったかどうか。

「金は天下の回り物てぇ言いますから、落とすべきところにはおとさねぇと…ねぇ?」
「いつまで大道易者など続ける気だ?」
「さあ…自分の易は見えねぇもんで。」
「いくらだ?」
「いりませんよぅ。」
「…また会おう」
「あ…」
「んん?」
「江戸の町は火事がおおございますよ。
火の元にはお気をつけくださいませ。」
「易か?」
「いや、…ほんの、世間話で」

天海が去ると道具を片付ける。九つまでは蝋燭たいて座っておりますが、儲けはなくても刻限がくれば店じまい。誰か、見て欲しそうに近寄ってきても断って、夜鳴きの蕎麦を食べて帰る。

人形町のどん詰まり裏長屋の壁は薄くて、隣の声が丸聞こえだ。婆さんの咳払いも聞こえれば、ぐずる子供の声も聞こえて来る。
目が悪い分、耳が良い。聞こうとは思わずとも聞こえてくる無数の音。

ガタガタ鳴り出す引き戸
「にゃーおん」
古い戸には猫の通れるほどの隙間が空いている。風が入ってきて厄介だが、勝手に猫が来て勝手に子供を産んでいく。それを見てこのうちを選んだ。恒常は猫には特別に愛を持っているようだった。
常に一定でいること。己へ言い聞かせるように自分に名をつけたのは戦場で左目を失ってから。戦いの場に迷い込んだ猫を助け仲間の刀が降りかかってきた。
「さあ、今日のおまんまだ。
お前たちは良いな。
だけど、気まぐれだからよ。
急にいなくなったりしないでおくれよ。」
柔らかい毛並みを右手で撫で上げる。ほのかに伝わる体温。この世が天下泰平となる日を徳川も目指しているが、恒常もまたそれを望んでいる。

あくる朝、少しばかり外が騒がしい。
「大野、大野恒常、戸を開けい!」
全く聞いたこともない声だ。
布団にまだ潜ったままの恒常。いないふりをしようと息を潜めるが
「大野!」
あまりにもうるさいから布団から這い出して戸をガラッと開ける。
「なんです?」
切り付けられた左目を隠さず人前へ。まぶたの青黒さが、客人を一瞬黙らせた。
「あの?」
「大野恒常とはその方か。」
「へぇ、左様でございますが…」
お侍にふっと目をやれば、左脚に黒い影が見える
落馬する姿が浮かぶ。いつかはわからない。
「…馬にお気をつけください」
それを告げたところでなんになるというのか、大野は不意に出た自分の言葉に笑みを浮かべてしまう。当たるも八卦当たらぬも八卦。全てくだらない。売卜など、実にくだらないと笑ってしまう。
「何がおかしい?」
「あたくしに何の用です?」
「その方の占いが大層当たるという話を聞いてな」
「商売は夜いたしておりますんでお引き取りを」
どう見ても、徳川家のお侍ではない。
「身共に今申したことはなんだ?」
「なんだと言われましても…まあ、世間話で。」
のらりくらりとかわそうとする恒常。冷静でいてこの状況に予想を張り巡らせる。江戸に幕府が置かれることを良しとしない、あるいは徳川家に恨みのある武士たち…いずれにせよ、自分とは無縁。だが、少しばかり見えてしまった先のことは教えてやらねばとも思う。
「あなた方が誰なのかはよくわかりませんが、
あたくしに用があって来られたのでしょうから、少し待っていてください。」
「話が早いな」
「一度失った命…そう惜しくはないんでございます」

土間の隅に固まる猫たちに朝の分の食事を与え
身支度を済ませる。

早いうちに商売を変えておけば良かったと少しばかり後悔して、水を口に含む。
この一杯程度で溺れることもできるが、それはすまいと待たせている客人の手前遠慮した。

この先の自分は見えないが、
自分がこれからいうことが、この世にとって大きな流れを作っていくかもしれないと予感だけはあったのだ。


これから大野はどこへ行くのか
この続きはまた次回

大野恒常 第一話 八卦の災い
読み終わりでございます

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