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【短編】クズの猟犬⑦

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左腕は、新しく澤田たちが作っている。
撃たれた右腕は銃弾を抜いて骨を人工物と結合した。でも、すぐには治らない。手も動きづらくなっている。頭はMRIを撮ったが異常はなく、顔が腫れているくらいだ。歩けるけど手が使えないから不自由。治るまで出動できない。怠いから部屋で寝たり起きたりしてる。
「風呂入りてえー。しんど。」
高木は、俺の腕を撃った後、爆弾の遠隔スイッチを押した。爆破させたのは、映画館だった。そこで死人がどれほど出たとかは聞かされていなかった。俺は、程なくして出血が多くて気を失った。

ドアを叩く音がする。ベッドから起き上がってそばに寄った。
「キミノリ。入るぞ。」
ドアが開くと川嶋の顔が見えた。決まった時間に毎日来る。俺は、デカい口叩いた割に高木を逃したから気まずくて仕方がない。
「水、足りてるか?」
「…うん。まあ。」
いつもは、部屋に上がってきて、ちょっと俺の様子見てすぐ帰る。特に話すこともないっていうか。
「キミノリ。」
「え」
「頭。」
水のいらないシャンプーを目の前に出された。
「洗えないよ。俺、手動かない。」
「座れ。どこでもいいから。」
ベッドに座った。川嶋が水のいらないシャンプーを手に取って俺の頭につけた。
「…いってぇ。」
「傷あったか、ごめん。」
「いて。」
「ごめん。」
「…しみる、いてえ。いてえ、い、いてえ」
「ふ。うるさいな、お前。」
川嶋は、タオルで俺の頭を拭きながら、頭皮を揉み始めた。
「力、強すぎ。痛い。」
「血行良くしないと禿げるぞ。見ろ。抜け毛だ」
タオルについた抜け毛と血と汚れを見せてきた。
「こんなの見せるなよ、切なすぎる。」
「こっち見ろ、顔拭いてやる。」
絶対、痛くされる。
「いやだ!腫れてるし。」
川嶋が洗面所に行って何かやってる。水を流している。しばらくして右手にタオルと歯磨きセットを持って戻ってきた。
顔にタオルを押し当てられた。お湯で絞ってある。蒸気が気持ちいい。
「…澤田が、心配してる。始めて犯人を取り逃したから、凹んでるんじゃないかって。お前は、クズなのに従順で、臆病なくせに前に出ていく。おまけに今までの犬で1番バカだ。」
急に悪口。なんなんだよ。どうせ、この後グチグチ高木のこと言ってきて冷たいこと言って帰るんだろ。傷口に塩塗るの好きだから川嶋は。

「ちゃんと戻ってきて良かった。俺はお前のことどうでも良いなんて思っていない。」
目に涙が溢れてきた。コイツ、どんな顔してこんな優しいこと言ってんだろう。タオルは冷たくなってくるけど、手の当たってる目の辺りは川嶋の体温と俺の涙でちょっとあったかい。
「タオル、もういいだろ。」
タオルが外されて見えた川嶋の顔はいつも通りの無表情。俺は、涙が止まらなくて
「泣くほど痛かったか?」
俺だけがやられた気分になる。同じタオルで耳も拭かれた。耳は触られるのはあまり得意じゃない。軟骨をギュッてしてくるから痛かった。
「痛いー。耳いー。」
川嶋が吹き出すから、恥ずかしくなる。
「歯、磨いてやる。口開けろ。」
口の中も切れてる唇も切れてる。歯磨き粉がしみる、痛い。
「意外に、むし歯ないんだな。ベロも健康的だ。歯茎もきれいだな。」
「ええ?」
何日かぶりに頭も、顔も、口もスッキリした。川嶋は、俺が吐き出した水の入った容器とタオルを洗面所で洗って、また、手にタオルを持って戻ってきた。
「握ってみろ。」
「なんで」
「動かさないと動かなくなる。自分で体拭いてみろ。できないとこは手伝ってやる。」
タオルはあったかくて、確かに体拭いたら気持ちよさそうだった。
「…わかった。あの…」
「終わるまでいてやる。」
隣に座ってるから、なんかやりづらい。目が合う。
「ヘルプか?」
「いや、恥ずかしいから見ないでほしい。」
「見るわけないだろ。」
Tシャツの中に手を入れた。腕も手も痛くて変な声が出る。額に汗が滲んでくる。タオルを服の中に落として掴めなくなった。
川嶋を見ると無表情で振り返る。
「どうした?」
「…できない。タオル落とした。拾えない。」
「よくがんばった。できないと自覚することが大切だ。」
Tシャツを捲られてタオルで背中と胸とお腹を拭かれた。ジャージのズボンを捲られて足と脚を拭かれる。川嶋がタオルを洗って、ハンガーにかけて部屋の物干しに引っ掛けた。
「ありがとう、川嶋。」
「飼い犬の世話は飼い主の仕事だ。また来る。」
川嶋が部屋から出て行く。 
スマホが鳴った。Amazonの荷物発送通知だった。


怪我が完治して、トレーニングルームで、右腕と右手のリハビリを始めた。周りの人を見るとがっしりした体型の人が多い。腕も足も太くて…なんていうか、デカい。
「キミちゃん、集中して。」
俺は、ただただリハビリ用のボールをにぎにぎしてるだけ。
「澤田、これだったら部屋でもできるんだけど。もっと他に…。」
「まずは、基本的な機能を回復させること。」
「はーい。」
でも、やっぱり気になる。特にベンチプレスのあの人。犬なのか、機動隊なのか…。他の任務の人なのか。なんか、かっこいい。100キロ以上ありそうなバーベルを持ち上げている。俺は鍛えてもあの体にはならないよな。なんつーか。ああいうのに比べて小さく作られてる気がする。
「キミちゃん、ボール落ちたよ。」
「…わからなかった。」
澤田はため息をつきながらボールを俺の手に乗せてきた。
「左腕なんだけど、右腕の仕上がりに合わせようと思ってる。」
「え。」
「キミちゃんが眺めてる末永くんは、犬だよ。」
「マジか。」
「もともと、柔道やってて機動隊にいたこともある。」
元々があるのね。俺はアレにはなれん。
「脚以外のパーツは元のままかな。」
「ほぼ人間じゃん。」
「望んで犬になったんだ。」
「ふーん。」
他の犬は初めて見た。なんか、かっこいい。ヒーローって感じする。あれで、俺と同じ服着るわけでしょ。カッコいい。俺は着せられてる感じすごいけど、ああいう人のための服だったんだ。
「キミちゃん、また落としてる。ちゃんとやらないと次に進めないからね。」
「澤田、それは困る。」
「ん?」
「川嶋に怒られる。」
「従順。ふふ。ほら、ちゃんとやって。」
手にボールを乗せられてにぎにぎする。
「ぎゅーって力入れて握ってみて。」
言われた通りにする。予想以上に握れない。
「なんで力入れてるのにちゃんと握れないの?」
「地道に続ければ握れるようになるよ。」
リハビリ用のボールには段階があるようで、これは1番柔らかいやつ。段々、高反発のマットレスみたいになっていくらしい。その後はエキスパンダーとか使えるようになるみたいだけど。怪我する前は何気にできたことさえままならない。
「最近、川嶋に会ってる?。」
「アイツは、朝も夜も来る。」
「え?」
「朝は叩き起こされて、洗顔と歯磨き。夜は、風呂に入れに来る。強制的に介護受けてる気分。」
「川嶋が。へえ。」
「飼い犬の世話だってさ。クサい犬はいらないって。丸洗いされんの。勘弁してよ、ほんとさあ。」
俺は、イラついてボールを握りしめる。さっきより少し、ボールにかける握力が伝わった気がする。
「澤田、握れた。」
澤田が吹き出した。
「川嶋への怒りが役に立ったね。」
「…アイツ、なんなの。マジでさあ。」
「まあ、川嶋はもともと、仲間への愛着が強いからね。キミちゃんにそうなるのも分からなくはない。」
仲間?俺はアイツにとってはそういうのとは違うと思うけど。
「キミちゃんが目指す犬としての役割は何?」
「…え?」
全然、考えたことなかった。だって、目が覚めた瞬間から犬だから。褒められもせず、ただ、命令に従って働くだけ。犯人を捕まえて、報告して…それだけ。使えなくなったら、多分捨てられる。そういう犬。
「末永くんは、指示役を持っていない。ただ一人、自分の意思で現場に向かうことが許されている。所属長に指示を仰ぐことはあるけど、ほとんどの判断を任されている。」
「そんなの犬じゃねーよ。」
てか、一人前に判断させてもらえる犬なんて聞いたことない。
「そうだね。でも、スタートラインはキミちゃんと一緒で指示役は川嶋だった。犬でありながら1人で全てを判断、実行する特別隊員にすることを上に薦めたのも川嶋だ。キミちゃんもそうなれる可能性もある。」
「ないよ。あんなじゃないし。俺バカだし。判断とか無理。それに」
末永くんを見ると腹筋やってて、もともとバキバキなのに、それ以上を求めてるストイックさを見せつけられてる気分になる。
「ん?それに?」
「川嶋が俺をそんなふうに見てるわけない。絶対に雑魚だと思ってる。」
「キミちゃん?」
「川嶋は、もっと使える犬が欲しいんだよ。俺でごめんて感じだよ。」
きっと、末永くんなら、高木を逃さなかった。やられっぱなしの俺じゃなくて、強い末永くんなら、2度目の爆破は無かったはず。
「弱い俺が、川嶋の犬で…アイツの成果が上がらなくて…。俺は何やってんだって…。」
「それってつまり。」
「高木なんかボコボコにしてえ。もう、負けたくねえ。」
感情がボロボロになって涙が出てくる。悔しくて泣くのはガキの証拠。
「…リハビリがんばろう。」
腕のない左肩に澤田の手が乗る。
「ガキでごめん。俺、ガキなんだ。」
澤田に頭を撫でられる。
「今更気づいたの?とんでもないクソガキだってことは、みんな知ってるよ。知らなかったのキミちゃんだけだから安心して。」
「ううー。」
「川嶋は押し付けられてキミちゃんの指示役をやってるわけじゃない。」
澤田が俺にもわかるように話してくれた。俺の目が覚める前に、俺の脳の信号で適性を見たそうだ。性格が単純で従順というシンプルさは犬向きで、人間的にクズな了見は、目を瞑れる。という結果だった。むしろ、人を大切に思わない性格の歪みは、犯人に非道に振る舞える強みとも判断された。

「歪んだやつほどかわいいのは川嶋の性格も多少歪んでるからかもしれないけど。キミちゃんを見て、川嶋は自分が指示役をやるって言ってくれた。だから、自分で選んでキミちゃんを迎え入れたんだ。壁あるように見えるけど、今、どかそうとしてるんだよ。」
ボールをもう一度握りしめてみる。力の伝えかたが少しわかる。
「川嶋が俺を好きでも、俺は…。」
「でも、キミちゃんの答えは?」
役立たずには、もうなりたくない。川嶋は、嫌いだけど。役には立ちたい。犠牲者を増やさない仕事をしたい。
「今より…役に立ちたい。」
「うん。わかった。」

部屋に戻ると、川嶋が待っていた。
「キミノリ。リハビリか。」
「…そ。」
川嶋が、水の入ったペットボトルを渡してきた。
「お前の復帰が先か、高木がまた事件を起こすのが先か。なんて、待ってられない。」
川嶋の言うことは当たり前のことだ。
「…どんなにキツくても逃げない。逃げるとこなんかないし。それに」
「それに?」
川嶋の目をまっすぐ見た。
「世話してもらってる恩は返す。」
「……言ったな。」

俺は黙って頷いた。


クズの猟犬⑦
⑧に続く

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