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【短編小説・完結】ステキな人たち

結婚して、6年が経った。
子どももできぬまま。会う人、会う人から「お子さんは?」って聞かれすぎて初めの2、3年はストレスだった。欲しくないわけじゃないけどできなかった。

それでも、別に。
子どもがいなくても、わたしたち夫婦は、家族である。

2人が夫婦だと実感する瞬間は多々ある。
例えば、1人で夕食の買い物へ行っても。夫は何が食べたいだろうか。と、自分よりも夫の食べたいものをいつも考える。食の好みが一緒なので、私が食べたいものを選べば良いのだが。
例えば、無印良品に出かける理由は、夫のパンツを買うためだったりする。物を買うときに、相手の顔が思い浮かぶのは家族だからじゃないだろうか。



「メリークリスマス」
『メリークリスマス』

史哉ふみやはこの年、病院のベッドの上でクリスマスを迎えた。

2020年冬。世の中コロナ禍真っ只中。
なんと、史哉もコロナ!?って、感じの症状が出て病院に駆け込んだ。

結果は、コロナではなかった。

風邪をこじらせたかのように重くなって行った咳の症状。まさかの肺癌だった。ステージ4。

即入院、即抗がん剤治療。
手術も放射線治療もできないと診断された。
タバコも吸わない史哉が……なぜ?私の頭の中は真っ白だった。



史哉に買ったクリスマスプレゼントは受付で看護師さんと面会し、届けてもらった。

『クリスマスプレゼント、開けたよ。ありがとう。』
5分間だけの院内ビデオ電話。
「使ってよ。気に入ったでしょ。」
『うん。まあ。いつものって感じ。』
毎年、クリスマスには無印良品のパンツと靴下をプレゼントしていた。1年の終わりに下着と靴下を総とっかえするのが、史哉の新年の迎え方。
「古いパンツ捨てとくね。」
『パンツって言うなよ、下着って言えって。外なんだぞ。』

史哉は、値札がついたままになっているニットの帽子を被っていた。
それは、今しがた私が買ってきたばかりのプレゼントである。史哉は、ニットの帽子を持っておらず、寒くなってしまった頭には唯一持っていた会社のソフトボールチームのキャップを被っていた。

「つか、帽子の値札ちゃんと取りなね?」
『値札?』
史哉は慌てて帽子を触ると、ハハって笑って。
『優花さんに嵌められたわ。ははは。プレゼントだから、値札とっあると思ってた。ヤベー。』
帽子を脱いで、値札を外してからまた被った。
『やば。やっぱ帽子あったかいんだ。俺、著しく禿げたかんね。』
本当は体辛いくせに、明るく振る舞う史哉に合わせて明るく笑った。

「髪は、また生えるよ。」
『うん。恐らくな。』
そろそろ、5分のタイマーが鳴りそうだった。


*****

クリスマスか……。
優花さんと院内ビデオ電話をしたあと、看護師さんも部屋を出て行ってしまって。

コロナ病棟から離れたこの隔離部屋には静けさがあった。

優花さんはわかっているのか、抗がん剤の投与が終わった2、3時間後に俺の必要なものを届けに下のロビーに来ていた。

まさか。この年で肺癌が発覚するなんて。
俺、まだ26なんだけど。

今年のクリスマスから年始にかけて、先に有休を申請していたのがまるで入院の準備をしていたかのようだ。

ていうか、年末は優花さんと一緒に家の中を掃除したりしてゆっくり過ごしたかったのに。
俺だって、クリスマスには優花さんにいつものようにプレゼントを手渡ししたかった。

優花さんが、帰ってしまったその後の俺は、途端に体が辛くなってベッドに吸い寄せられるように倒れ込むしかなかった。

「家、帰れんのかな……。」
枕に顔を埋めて、流れてきた涙を拭った。

優花さんへのプレゼントはうちに届いているはず。

コロナ禍でネット通販の利用が増えたって知ってるけど、今年の俺はAmazonやクロネコヤマトに頼るしかプレゼントを届ける手段が無かった。


結婚して6年。
子どもはできなかった。
若いからすぐできるよって、周りの励ましを何度も受けたその2、3年はストレスだった。

でも、2人きりだって充分家族だ。

だって、俺は自分のものを探すより優花さんと2人で使うものや優花さんにあげたら喜ぶだろうなと思うものを探すようになった。

結婚する前まで自分優先で生きていた自分が嘘みたいだってそう思う日々。幸せってこれだなって。

なのに、俺。
今、優花さんのそばにいない。情けない。

最後なら。もう一度だけでいいから、優花さんを抱きしめたいと強く願う。



*****

リビングを片付ける。

写真立てを手に持って棚を拭く。
市町村対抗ソフトボール福島県大会。史哉は会社のソフトボールチームに入っていて市の代表に選ばれた。今年の県大会。史哉はマウンドに立ち続けた。私はスポーツ振興公社の職員だから、トーナメントを勝ち上がるたび毎週土日、スタンドから応援していた。

『恥ずかしいから、写真なんか飾んなよー。』
チームは優勝した。優勝メダルを首に下げた笑顔の集合写真。間違いなく私の宝物。
『いいじゃん。私が毎日見たいんだよー。』
写真の横にはメダルを飾った。

史哉がため息をついて仕方ないって顔をしていたのが思い出される。


「ありがとう、史哉。」
史哉の癌はもう、治らない。

史哉の下着をゴミ袋に詰めながら、新しく買った下着はあと何回洗濯できるだろうと考えた。
史哉の好きな匂いの柔軟剤を使ってあげよう。


*****

2023年。クリスマス。

史哉が、他界してから3年が経った。
2020年のクリスマスに史哉が贈ってくれたものは、プリザーブドフラワーのブーケだった。
枯れない、色褪せない。

3年経った今。
ソフトボールの写真の横にそれは飾ってある。
史哉の遺影もその横に。



*****

史哉は充分に、精一杯がんばった。
病院のベッド、弱くなっていく脈を感じながら、史哉が確かに生きた、私と共に歩んだ日々が脳裏に浮かんだ。

一緒に夕食の買い物に行けば、何食べる?何食べる?って、私にばかり聞いて年下の可愛さを発揮していた。だから、私は史哉の好きなものを答えに選んでいた。
ソフトボールの試合。負けるとやたら明るかった史哉。悔しい気持ちは隠していた。勝った時は、逆に落ち着いていて。嬉しい時はあまりはしゃがなかった。

私が花が好きなのは付き合う前から知っていた。スポーツ振興公社の管理している野球・ソフト練習場の受付に花を飾っていたからだ。
『俺も花好きなんで……』
そんな風に言いながら飾った花を眺めていたのは昨日のことのよう。

「史哉。プリザーブドフラワー、すごく素敵で気に入ったよ。よく見つけたね。」
瞼が微かにも動く気配もなかった。
ひどく痩せたその腕を摩っても声のひとつ発することもなかった。

もう、逝っちゃうんだ。

そう思うと同時。
「よくがんばったね。怖かったよね。1人で。」
頬に触れても、体温はもう低かった。

「またね。楽しかったよ。」

最後に強く強く抱きしめた。

*****
2023年。クリスマス。
俺が死んでしまって3年。

優花さんは毎日、俺に手を合わせてくれている。

クリスマス。優花さんは、俺の写真の前で静かに泣いている。俺は死んだけど。毎年、クリスマスに優花さんに会いに来る。

優花さんは知らないけれど。

毎年、後ろから優花さんを抱きしめて、優花さんの幸せを願っている。

最後に抱きしめてくれた優花さんに小さな恩返し。これがプレゼントになればいいなんて思いながら。

優花さんには、きっとわからないけれど。


*****

クリスマスは、いつもなぜか。
史哉が後ろから抱きしめてくれているような暖かさを感じる。

史哉が私を心配して見守ってくれているように思う。


「ありがとう、史哉。」







〈了〉

#エブリスタから転載 #小説 #夫婦

#のいこ  さんのお写真お借りしました。感謝

いちばんすきな花
好きなドラマでした。
ああいう雰囲気が好きです。

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