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微動だにしない男との接見記録⑤   ~男との対話II~

被告人I 無職 事件番号:令和2年(あ)第●5●号

強盗殺人・傷害・窃盗・覚せい剤取締法違反

検察官求刑:無期懲役 

現在上告棄却決定に対する異議申し立て中

「もしやりなおせるとしたら突拍子もないことなんですが、自分の事件のことで弁護士の仕事に興味がでてきました。まあ、本当に突拍子もないことなんですけど」

男は拘置所や刑務所のことに詳しい。

「一言でいうと刑務所はどういうところなんですか?」

「うーんピリピリしてるというか殺伐としてますよ」

「そうなんですか。でも前回の接見ではみんなとうまくやってると」

「今はまだみんな未決なんで余裕があるんですよ。受刑者になると違いますよ」

「刑務所はやっぱりいい所ではないんですね」

「そうですね。ほぼ間違いなく人間関係は悪くなりますね。モメごとも多いですし。少年刑務所のときのことですけど2名独居というのがあって、2人で独居房に入るというのがあったんですけど仲がいい奴がいてそいつと入ることになったんです」

「はい」

「仲良かったんですけど。最後は殴り合いで終わりましたね。もう最後の方は箸の上げ下げも気にくわないようになって・・・」

「そうなんですね。まあ独特ですもんね」

「ずっと一緒にいるじゃないですか。自分の空間もないんでやっぱりギクシャクしちゃいますよね」

「でもIさんはそんなモメごと起こすようなタイプには見えないですけどね」

「ありがとうございます」と男は微笑んでから

「そうですね。自分は自分のことでモメることはないんですけど、仲間に頼まれると断れなくて自分が喧嘩というか話付けに行っちゃうんですよね。話し合いだけで終わればいいんですけど、そうならないときもあって・・・。だから自分は懲罰ばっかり受けてましたよ」

私は裁判所での態度や拘置所での接見でしか男を知らないが、確かに男はそういうタイプにみえる。

男は有名な被告人と手紙のやりとりをしていたり、覚せい剤取締法違反で複数回の逮捕歴がある超有名元タレントT氏とも前の刑務所で会話したことがあるようで、そのことでも会話は盛り上がった。

「そういえばIさんの事件は共犯者に出した手紙が重要証拠になっていて控訴審で判決が覆りましたけど、同じ裁判体が栃木県のいわゆる少女が殺害されたI事件も担当してて同じように被告人が出した手紙を重く見ましたね」

「K君ですよね。文通してましたよ」

「えっー、そうなんですか」

「はい。ただK君はこっちの質問には答えないで向こうから質問してくるんですよ・・・。だから続かないというか・・・。自然に終わっちゃいましたね」

「刑務所でも有名人と会ったりしたんですか?」

「あー、前の刑務所で元タレントのTさんと話しましたよ」

「Tさんはどういう人なんですか?」

「前の刑務所の運動時間のときにTさんがいたんでTさん何かおもしろい話聞かせて下さいよって言ったんですけど、そういうのは勘弁して下さいと言われて。なんか自分たちとは関わりたくなさそうでしたね」

「そういう所では有名人は逆に辛いんでしょうね。Iさんもこういう風に刑務所を行き来してて、でも幼少のときはそんなこと想定してなかったんですよね?」

「それはそうですよね。刑務所に入りたいわけはもちろんないですから」

あまり男から悲壮感を感じなかった私は続けて聞いてみた。

「やっぱりIさんも娑婆に戻りたいですか?」

「もちろんですよ」

そういうと男は茶目っ気たっぷりに笑った。

「Iさんからはあまり悲壮感が感じられないんで、でも当たり前ですよね。ただ状況は無期懲役とかなり厳しい」

「はい。でもまだ厳しいですけど可能性がありますし、裁判が全て終わったらそのときに一人で泣きますし悲しみます」

「もし仮定の話ですけどやり直せるとしたらどうしますか?」

この質問に対して冒頭の答えが返ってきたのである。

※画像はwikipediaより

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