小説『どこに行ってしまうのか』
前編
起きた時から頭の中を、アフォリズムや、昔読んだ小説の断片が浮かんで消える。そういう日もあるんだろう、と、気にしないようにしながら、やはり浮かんでくる。拓海の頭をその一つのことが離れない。エスカレーター。あれはどこへ行ってしまうの? あれはね、ぐるぐる回っているのよ。村上龍の完璧な文章。どうにもならない絶望。重い夜と予想の付かない朝が始まるその中間の時間。東京にもこういう暗闇がある。拓海は機材と一緒にタクシーの中にいた。
客の朝食が始まるのは六時からだと言われた。二階の温泉が閉まるのが朝一時。その間に作業をして欲しい。エレベーターは止めないで欲しい。エレベーターを止めずに修理はできない。できないのを知っていて何をしに仕事に行くのか分からない。
信号で止まった。背の高い、立派な紳士が道を渡っている。歩き方が違うんだ。身体がリラックスしている。こんな時間になぜこんなところを歩いているのか。小鳥が鳴いているようなノイズが聞こえる。エレベーターのドアが閉まる時。そういう依頼だった。
右に曲がった。拓海は疲れた身体に夕べの余韻を感じた。極限まで短いパンツから出る、その脚のせいでナンパした。そのストレンジャーはまだ眠っている。拓海の家には盗るものがなにもない。テレビもパソコンもない。小型冷蔵庫や電子レンジが盗られても、また買えばいい。サイズが合って嬉しいと、彼は無邪気に喜んでいた。
ホテルの前で降りる。こんな時間でもベルマンが小走りに出迎える。拓海の作業着と機材の入ったキャリーケースを見ても、彼の丁寧さは変わらない。そこに一流ホテルの威厳を見る。ベルマンに導かれてエレベーターに向かう途中、フロントの奥から、まだ夜のタキシードを着た男が出てくる。支配人だという。拓海は驚いた。支配人がこんな時間に。育ちの良さそうな態度に、拓海はさっき交差点で見た立派な紳士を重ねた。
「客室が五百、最上階は十二階です」
さっきのベルマンはいなくなって、拓海は支配人と一緒に歩き出した。大きな花瓶に和風と洋風の中間みたいに花が挿してある。造花だろうと思ったら香りがした。
「エレベーターはこの二機だけです」
少ないけど、中は広い。不可能な数じゃない、と拓海は咄嗟に計算した。エレベーターの床には見事なペルシャ絨毯が敷かれている。暗がりにその赤が浮いているように見える。壁、三面が鏡になっている。紗の掛かった。
「お客様にいつもエレベーターが少ない、古い、遅い、という意見を頂いておりまして、どうしても止めたくないのです」
もっと修理の人数がいれば素早くできるかも知れないが、彼の会社には十分なテクニシャンがいない。
小鳥の鳴く音……。確かに小鳥の鳴く音がする。色んな階に止めて、拓海は音を聞いた。その度に、どこかに小鳥が隠れているんじゃないか、と拓海はエレベーターの中を見回した。夕べの青年を思い出した。バーの壁に押し付けて、キスしながら短いパンツの裾から手を入れてお尻を掴んだ。そんな、小鳥のような声を出した。
一階で下りると、隣にある空のエレベーターが昇っていく。拓海は腕時計を見た。二時半だった。二時半に一体誰がなにをしているのか。小鳥の囀りを聴いて、危険はない、ただ部品の交換が必要なだけだろう、と彼の経験が言う。支配人はまだそこにいて、壁に疲れた身体を持たせかけて、拓海のやることを見ている。しなやかな身体。
暫くして隣のエレベーターが下りて、扉が開く。目の端に、支配人が直立して、中にいる人に深々と御辞儀するのが見えた。ドアの下を見ようと、しゃがんでいた拓海。客から、男の汗と女の下の匂いの絡まった臭いがした。釣られて目を上げた。彼女の紫色のピンヒールと濃い茶のスカートと長い革の手袋が見えた。大理石模様の床にハイヒールの音。拓海は立ち上がって彼女の後姿を見た。後ろから見てもいい女と分かる。完璧なヘアスタイル。洗練されたブランド品を身に付けている。腰のくびれた身体を優雅に揺らして。あんな女を買うためには、一体どのくらい金が必要なんだろう。
紫色のピンヒールに踏まれたい。乳首の上を正確に。ユリのことを思い出した。拓海になんでも教えてくれた。五才年上だった。ファションに凝るのは田舎者だけよ、東京の人間はそんな恰好はしない。顔に自信がないって、それなら身体を作りなさい。女は男の厚い胸が好き。韓国の男がもてるのは、あの身体の厚みなの。彼らは軍隊に行くから、東京の男とは違うの。
ユリの言葉を素直に信じて、拓海は厚い胸を手に入れた。ベッドで彼女は、飽きずに彼の肩を抱いて、彼の肩に傷をつけた。どうしたらいいか分からなかったら、女の人に聞きなさい。どこをどうして欲しいのか。どんな角度でどこを突いて欲しいのか。
また隣のエレベーターが上がっていった。ベルマンがたくさんのスーツケースを台に乗せて運んでくる。こんな時間にチェックイン? ベルマンは乗ってもいいか、と拓海に小声で聞く。まだどこもいじってないから、大丈夫と伝える。客の方を見る。頭にターバンを巻いた父親と、背の高い、スーツを着た二人の息子達。まだ身体が成長しきらない細い彼等のエレガントな立ち姿に拓海は感心した。どのくらい、身分の高い家族なのだろう。
四時を回った。時間が掛かった。小さな部品の交換だけだと思う。それはキャリーケースに入っている。その間も隣のエレベーターは何度も上がったり下がったりしている。拓海はすぐにでもこのエレベーターが必要になるだろうと予測する。支配人にどこをどう修理するかを伝えた。男の匂いがする。ほんの少し緩めたボウタイの、襟の隙間から匂う。拓海のジムのパーソナルトレーナーからこういう男の匂いがする。このジムでは客と付き合うのは禁止されている、と言っておいて、あっちから手を出してきた。あっちが年下で、俺達は付き合っているわけではない、と言っておいて、拓海が男といると嫉妬する。ベッドの中で虐められる。理屈っぽい男が嫌だ。女といる方がずっといい。
支配人は廊下をうろうろ歩き出す。拓海は彼の身体のことを考える。タキシードの下の。時間がない。間に合うとは思うが、分からない。
「温泉が開くのは何時ですか?」
「五時半です」
拓海はエレベーター修理会社の社長に電話をする。緊急事態に備えて、二十四時間必ず電話に出る男だ。
「悪いな、歌舞伎町の方に三人向かってる。中に閉じ込められたんだ」
四時半。鳥の鳴く原因は分かった。手順を何度もシミュレーションした。エレベーターを止めるのは、十分? 二十分?
「二十分止めてください」
支配人は鍵の束から一つ出して、エレベーターの中にある鍵穴を回す。寝ていられないのか、眠れないのか。観光客が数人、隣のエレベーターから下りてくる。白人が混ざっている。時差ぼけなのか。
拓海はこんな風に集中力のない人間だ。まだタキシードのことは考えている。夕べの青年のことも考えている。紫色のピンヒールのことも考えている。エスカレーター。あれはどこへ行ってしまうの? あれはね、ぐるぐる回っているのよ。丁度、二十分かかった。支配人が鍵を回すと、途端にエレベーターが動き出す。エレベーターで吊り上がる時の身体が浮く感触。
拓海と支配人は中にいる。最上階でドアが開く。気の早い浴衣の客が乗ってくる。ドアが閉まる。小鳥の声はしない。飛んでいってしまった。彼の住むところへ。男二人は顔を見詰め合う。支配人の身体から緊張がとけていく。
六本木だ。拓海は重いキャリーケースを引きながら朝の街を歩く。地下鉄のシャッターを背に座り込んで、始発を待つ若者達。シャッターが上がって、エスカレーターに乗る。エスカレーターに乗ると、必ずあの言葉を思い出す。エスカレーターがぐるぐる回ってるんだったら、エレベーターは、どこに行ってしまうのか。
後編
このビルは何度か大掛かりに改装してあるようだが、エレベーターは古いままだ。エレベーターの内装だけ着飾っている。ない方がいいような、つまらない絵まで貼ってある。持ち主に、エレベーターを全部、取り替えないと危ない、と言ったが予算的に難しいと言う。人命になにかあれば、予算などの問題じゃ済まない。
「なんだ、エレベーター壊れちゃったの?」
後ろから女の声。
「ただのメンテナンスですから、すぐ終わります」
拓海は手を止めず、振り向きもせず、そう答えた。
「困っちゃうんだけどな。八階までは無理よ」
エレベーター修理会社の社長に言われたことを思い出す。七階と八階では絶対、降りるな。拓海はようやく立ち上がって女を見た。全身黒い革の服を着ている。コスプレと斬新な今時のファッションとすれすれの中間な感じだ。大きな胸が強調され、スカートが膨らんでいる。こんな格好が似合うのは世の中でこの女くらいだろう。
「私、こんな靴だからさ」
拓海は、そんな靴を見た。黒いピンヒール。あれからずっとホテルで見た紫色のピンヒールのことを考えている。ベッドの中でそれに踏まれることを夢想する。時代がかった高級娼婦。ひと目、後姿を見ただけなのに、きっと暫く忘れられない。
その靴は形としてはあれに似ている。靴を脱いで階段を上がればいいじゃないか、と拓海は思ったが、それは言わなかった。前の現場で時間が掛かった。拓海は腕時計を見た。もうすぐ五時になる。こんな時間になったのは、自分の落ち度でもある。そうでないとも言える。
髪がピンク色の女のティーンエイジャーと、髪がレタス色の男のティーンエイジャーが現れる。ネオパンク。
「絶対ここよね」
ピンク色の方が携帯を覗きながら言う。
「地下だよ。ほら、階段がある」
レタス色が言う。
社長が言ってたな。地下にはライブハウスがあって、エレベーターはそこまで行ってない。一階で終わる。地下までは行ってない。拓海はそこに説明できないロマンを感じる。地下だけ深海の、太陽の届かない、誰も知らない、進化を遂げた、生物達。
拓海は仕事に戻る。後ろに男達の靴音が聞こえる。こんな時間にエレベーター止めるな、という嫌味が聞こえる。拓海は聞こえない振りをする。地下へ下りる靴音が増える。うるさい音楽が聴こえる。
「ライブ始まるの何時だっけ?」
「七時」
パンクの声。拓海はまた時計を見る。もうすぐ六時だ。早く片付けないと。しかし、ちゃんとやらないと。しかし、こんな音楽を聴かされたんじゃたまらない。地下の音が、どういう訳か、エレベーターの下から響いてくる。拓海の両親はいつもクラシックを聴いていた。
拓海は何度かエレベーターの暗いコンクリートの底に下りて原因を探した。結局、地下に行って、天井裏を覗いた。ライブハウスの店長は嫌そうな顔をした。当然だ。客もほぼ満員に入っている。
海の底の誰も見たことのない世界。色んな色の頭が揺らいでいる。背が高いのもいるし、低いのもいる。動きの速いのも、遅いのもいる。ジャンプの高いのも、低いのもいる。女達が叫び始める。ライブが始まる一瞬前に拓海ははしごを抱えて、その珍しい生物達の間を縫って退散した。
エレベーターが動き出した。拓海はあの黒革の女に、メンテナンスが終わったら電話するように言われたのを思い出した。女が戻って来た。いくらなんでも早過ぎるだろう。隣のマックにいたのよ。そうそう、貴方、私と同伴出勤してくれない? 同伴出勤? 誰かと一緒に店に行くの。それやらないと成績が落ちるのよ。拓海はこんな渋谷の大通りに面した一等地で同伴出勤して、どのくらい金が掛かるか分からないから断った。僕、こんな格好だし。いい言い訳だ。恰好関係ないし。女はしつこい。
なんとか振り切って折り畳んだ梯子を抱えて外に出る。雨になったんだな。ネオンが滲む。社長から電話が入る。佐竹達と合流してくれ、問題があるようだ。
なるべく嫌な調子でなく彼は了解を伝えたが、もうこんな時間で、彼は朝の六時から働いている。途中に長い休憩はあったが、それもこの職業の宿命だ、と彼は諦めた。
銀座の、拓海が聞いたことのないような新しい高層ホテルだった。佐竹が設計図を片手に他の二人のスタッフと一緒に立ち尽くしている。佐竹が拓海に説明をする。
「手抜き工事だ。エレベーターの設置会社とは連絡が取れない。四十階建てだが、丁度真ん中くらいで揺れるから、君も乗ってみてくれ」
六基あるエレベーターのうちの一つ。何かにぶつかっている。何にぶつかっているにしろ、エレベーターが揺れないとぶつからない。何かにぶつかったから揺れているのではない。その違いが彼には、はっきり分る。朝まで掛かるな。拓海は覚悟した。
ホテルの上役がやって来て、エレベーターがいつまでも修理中だと、ホテルの沽券に関わるから早くしてくれ、と言われる。拓海が子供の頃、父親から聞いたこと。慇懃無礼な奴を信用してはいけない。あの老舗のホテル。タキシードの支配人は本気で客のことを考えていた。修理が終わるまで、拓海のことを見守ってくれた。
拓海が何度も観た映画、ハリウッドのスターが勢揃いした『タワーリング・インフェルノ』。超高層ホテルの手抜き工事が原因で、ビル全体が炎に飲み込まれる。映画の終わりに「全国の消防署員に賛辞を贈る」というテロップがあって、それ見た拓海は消防署で働きたい、と思うが、その後、自分は機械工学や電子工学に興味があるのに気付いて、今の仕事に就いた。消防署員は夜中に起きた火事に文句を言わない。それと同じことだ。
時計を見た。八時だった。佐竹はこの道二十年のベテランだが、うちの会社がこのような高層ビルを担当することはあまりない。さっきまで拓海がいた、低い雑居ビルが圧倒的に多い。佐竹が拓海の方を向く。
「なんだ? どんなに高かろうが、エレベーターはエレベーターだ」
この頭のいい男は拓海の気持ちが読める。
「そのうち他の五基も修理が必要になる。今夜中に原因を突き止めないと危険だ」
他の二人も拓海より先輩だ。拓海は経験を積むのにいいチャンスだ、と思うことにした。でないと、プレッシャーに押し潰されてしまう。
拓海は主にみんなの連絡係になって、一階のエレベーター前に立っていた。社長からは何度も電話が入った。たくさんの客の流れが、早送りの映像みたいに見える。時間の経つのが速い。拓海はやめようと思ってもつい、時計を見てしまう。いつも使っているエレベーターの部品屋と連絡を取る。三軒、どれからもスタンバイしていることを告げられた。
夜半近くになると、怪し気な人間が増える。ロビーに座っている、誰が見ても堅気じゃない、目つきの鋭い男達。若い者まで、隙のない身体で素晴らしいスーツを着こなしている。ボルサリーノを被った男が、大柄な男達を従えて、正面から堂々と入ってくる。ニュースで見たばかりの顔だ。何年も入っていて、つい先日、出てきた。警察官が来て、連中はホテルから出ていった。あの組長をこんなに近くで見るなんて。イタリアンマフィアを気取った。
夜の蝶も増える。映画祭のレッドカーペットでも歩くような派手な女もいる。あの時の紫色のハイヒールの女はもっと洗練されていた。革の長手袋を思い出す。あれで俺のを涙が出るほど痛く握って欲しい。
ホテルラウンジからポットに入ったコーヒーの差し入れがあった。全員に連絡すると、皆で休憩すると言う。エレベーターの揺れの原因が分かったと言う。拓海は来られるテクニシャンを全て呼べ、と佐竹に指図される。コーヒーを飲んだ後でも、三人の緊張が取れない。拓海はあらかじめ全員と連絡を取っておいたので、あと三人集められるのは確実だ、と佐竹に伝える。彼は拓海の背中を黙って叩いた。精一杯の誉め言葉だと嬉しくなる。
夜はますます深くなる。若い女達の奇声が聞こえてくる。サングラスを掛けて、派手な白いコートを着た若者が前後左右をボディーガードにぴったりエスコートされて通り過ぎる。エレベーターに乗る前に、若者が振り返ってファンに手を振る。女達は一斉にカメラを向けて、名前を叫ぶ。韓国の名だと思う。日本のミュージシャンの影がどんどん薄くなる。
ホテルの警備員が集まってきて、彼女達にエレベーターに乗らないように、と大きな声を出している。階段に通じるドアにも一人いる。居場所のなくなった女性達は、ロビーに居座ってなかなか帰らない。よく見ると、高校生くらいの、かなり若そうなのもいる。親はこのことを知っているのだろうか?
「お兄さん、ここで何してるの?」
度胸のいいのが三人来て、拓海の仕事の邪魔をする。
「君達、未成年だろ? これから警察を呼ぶから、そしたら補導されるだろ?」
彼女達はキャーキャー笑いながら小走りにホテルを出ていった。
呼ばれた三人がそれぞれ命綱を抱えて来る。同時にナイトマネージャーが来る。拓海はマネージャーに経過を報告する。色々質問される。昼間の慇懃無礼な奴とは大分違うようだ。必要な物があったら言ってくれ、と力強く言い残して、速足で去る。拓海と話している間に彼の電話が三回鳴った。本格的な修理が始まった。拓海の所まで音が聞こえてくる。高層ホテルの短い夜に響いている。
今日は何時間働いているのだろうか? 考えないようにしても払えない。また変なのが寄ってくる。さっきの高校生と余り年が変わらないような若い男だ。髪がレインボーカラーで、グリーンのカラコンをしている。アニメかゲームのキャラクターみたいだ。
「拓海さんでしょう? 僕、何回かボーイズタウンで会ってます」
人気のゲイスポットの名前を言う。仕事の邪魔はされたくない。どうしても携帯番号を教えろ、と頼む。拓海は疲労で判断力が弱かったからか、それとも男の見てくれが良かったからか、番号を教えてやる。
フロントにいた四十代くらいの、何かで成功した男が発するオーラを持った男が、拓海のことを睨んで、カラコンの男を押してエレベーターに乗る。男がいるんだったら、なんで電話番号を聞くのだろう。
空が赤くなる。大窓を通して。拓海と同じくらいのキャリアの奴が来て交代する。拓海はホテルを後にする。眠って、起きたら、また空が赤くなっている。彼はそれが朝焼けなのか、夕焼けなのか考える。時計を見る。時間が分かったところで、それが朝なのか夕方なのか教えてくれる訳ではない。
拓海と交代した男から電話がくる。明日も休みだが、待機してくれ、工事は済んで、あとの五基は高層ビル専門の大手業者が担当すること。その業者に、よく原因を見付けてくれた、と感激されたこと。自分達だったらもっと時間が掛かった。いい仕事があったら回す、と約束してくれたこと。
カラコンの若者から電話がきた。拓海はあのレインボー頭の男が、自分と一緒にいるのを想像した。行ってみたら、意外と普通のカフェだった。
「拓海さん、あそこで何してたんですか?」
「エレベーターの修理をしている」
この間はグリーンのカラコンだったが、今日は片方がブルーで、もう片方がオレンジだ。こうやって生まれてきたんだったら、突然変異でそれも面白い。暫くそれを頭の中で楽しむ。
あの時、睨まれた男だって、堅気かどうか分からない。トラブルに巻き込まれるのは嫌だ。
「あの男は何だ?」
「僕のスポンサー。あの人は大丈夫だから」
なぜか目を伏せる。
若い身体は絶品だった。夜中抱いて、朝になってまた始めたら、会社から緊急の電話が入った。拓海はその細い腰を掴んで、また出して、彼を置いて、機材を持って飛び出した。
(了)
初出 2022年 6月
作品のイメージを映像にしました。15秒。
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