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小説『品川から大宮まで』

 秋で、本格的で、赤い葉が上からボサボサ落ちて来る。学校の昼休み。僕はベンチに寝て龍馬の膝に頭を乗せる。彼は僕の巻き毛を弄ぶ。僕は前の学校を退学になってここに来た。龍馬のことは好きでも嫌いでもない。前の学校も男子校で、厳しくて生徒同志の恋愛は絶対だめ。相手は水泳部の部長で、僕は濡れながらプールサイドにいて、彼がプールの中にいて、カッコいいキスをしてて、それを顧問の先生に見られた。龍馬、僕、昨日大変なことになっちゃった。試験勉強で徹夜して、帰りに眠くて寝ちゃって、こっから大宮まで行ったの。僕あんな遠くまで一人で行ったことないからパニック。お前、品川から大宮なんてすぐそこじゃん。全然知らない駅ばっかり続いて、でも知らないとこで降りるのが怖かったから、そしたら大宮になって大宮なら聞いたことあるからそこで降りたの。そして降りたホームのベンチに座って泣いてたの。泣いてたって、諭志[さとし]、お前いくつになった? 十八だよ。十八の男がそんなことで泣くか? でも怖くって。家に帰れるのかな? って。僕達の制服は、海軍みたいなセーラー服で、それを嫌って学校で着替える生徒も多いんだけど、僕は可愛くて似合うからそれで通ってる。で、その時、僕セーラー服で泣いてたら可愛く見えるかな? と時々思いつつ泣いてて、電車がいくつも走り去って、東京行のホームを探そうという知恵はなくて、そしたら君どうしたの? って聞いてくれる人がいて、僕はその時ほとんど号泣状態で、ちらってその人を見たら駅員さんで、僕はまだ眠いのもあって、眠くなると機嫌が悪くなって泣き出す赤ちゃん状態で泣いてて。その人が僕の手を取って、なんか事務所みたいな所に連れてってくれて、そこには地味な机とか椅子とかがあって、僕は号泣と号泣の合間にどういうことがあったか説明した。その人はやや固まり気味で僕のことを聞いてた。大宮から品川なんてすぐだよ。そう言ってくれて。僕はやや安心した。俺、今日はもう終わりだから一緒に品川まで行ってあげるよ。少し経って、落ち着こうと思って、息を吸って吐いていたら大分落ち着いてきて、でもそんなの悪いからいいです、って僕が言ったの。そこはロッカールームみたいになってて、鏡があったからその前に行ったら、僕の目が真っ赤でお世辞にも可愛いとは言えなくて、誰かが入って来て、その人もこの人みたいな制服に制帽で、その制服はちょっとカッコいいな、と思ったけど、でも制服としては僕のセーラー服の方が可愛かった。そしたらその最初の駅員さんが、僕が鏡に見入ってるのを見てちょっと笑った。大丈夫だよ、俺どうせあっちの方に住んでるし、君そんなに泣いてちゃ一人で帰れないだろう? 彼はもう一人の駅員さんに説明してる。この子迷子になって大宮から品川まで帰るんだけど、行き方が分からないって言うから、これから俺が一緒に行ってやろうと思って。その人もこう言ってた。大宮から品川なんてすぐじゃん。でも、こんなに泣いてちゃ。一応、報告しなきゃなんないらしく、僕の名前とか学校とか色々聞かれたけど、まだ上手く喋れなかったから、自分で全部書いた。その人が着替えてるのを横目で見たら意外と筋肉質で、制服の上からじゃ分かんないもんで、足にも結構筋肉付いてて、僕はもともとスポーツマンタイプが好きで、龍馬はラグビー部で、僕はラグビー部の筋肉の付き方は好みじゃない。僕はメイクアップ・アーティスト志望で、細くて女の子みたいな体型。あんまり号泣してたから頭が痛くなって、駅員さんがまた僕の手を引いてその部屋を出て、僕、特に泣いてると幼く見えるから、誰も僕が十八のいい大人だって夢にも思わないから、それは丁度よかった。彼はここが東京方面行のホームだよ、って教えてくれて、そこに行くのは難しくて、やっぱりこの人が一緒でよかった、と思った。僕達はなんと、新幹線に乗った。そりゃ、そっちの方が速いし、きっと料金も払わなくてもいいか、それか、ちょっぴりしか払わなくていいかで、でも全然予測してなかったから、びっくりして、頭が痛いのも治ってきた。僕達は横に並んで座って、僕が窓際で色んな物が見えて、でも恥ずかしくて、駅員さんの方はあんまり見られなかった。途中たくさん駅を通り過ぎて、新幹線は速いからこの人ともあんまり長くいられないな、って思った。品川に着いて、彼は緊張気味に、君に電話してもいいかな? って聞いてくれた。僕達、後日、学校の校門で会うことにして、いつまで待ってもそれらしき人はいなくて、いるのは背の高い秋らしいスーツを着た素敵な若者で、その人が僕の所に来て、諭志君、って呼んで、僕は落ち葉みたいに真っ赤で下を向いた。僕達の上から風に巻かれた葉がバサバサ落ちて来た。


(了)
初出2021年2月



YouTube「百年経っても読まれる小説の書き方」
242、誰も言わない小説創作論 ①登場人物の名前は付けなくていい。


NEMURENUはnote内の創作サークルです。ジャンルは不問で、二か月に一度テーマに合った作品を提出して、お互いに感想を書きます。ぜひご参加ください。新しいテーマは「恋愛小説家」、締め切りは10月末です。


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