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【ショートショート】歯に支配される人生

ある著名な研究者が、人の歯形は千差万別であり歯並びがきれいな人ほど魅力的で高い知力と生命力を備え、将来的に大成する可能性が高いという研究結果を発表した。

あるところに歯並びがガタガタの男がいた。
その男はこれまで悪くない人生を送っていた。運動、勉強はそこそこ出来て容姿も悪くなく、友人や恋人にもそこそこ恵まれていた。

ある時までは。そう、歯形に関する論文が発表されるまでは。

その論文が発表された日から、男の人生は急降下だった。職場での評価はがた落ち、恋人からは振られ、当然新しい出会いにも恵まれなかった。
どん底に落ちた男は歯の矯正をする事も考えた。しかしながら男は歯医者に行って絶望するのだった。2年間。それは歯の矯正が完了するまでに必要となる時間だ。精神的に落ち込んだ男は2年間も今の状態が続く事は耐えられそうになかった。

「そうだ、全部歯を抜いて入れ歯にすれば良いんだ。」
苦悩の末、男がたどり着いた結論だった。

確かに入れ歯にすれば、すぐに “高い魅力、知性、そして生命力”を持つ人間になる事が出来る。ただし、入れ歯であることは誰にもバレてはいけない。「なあに今の時代の入れ歯は進歩していて、口を大きく開けて大きく息を吐きださない限りは取れる心配もないし、ばれるリスクも限りなく小さいさ。」そして、男は総入れ歯にする事を決断したのだった。



入れ歯の処置を終えた男は無事、“高い魅力、知性、そして生命力”を持つ人間になる事が出来た。そしてしばらくして、同じく歯形の素晴らしい、絶世の歯美女と付き合う事が出来た。彼女は男のドストライクの女性で、現代には珍しい大和なでしこタイプだった。黒髪で控え目、一歩下がって男性を立てるようなところが男にとって非常に魅力的だった。



月日は流れ、付き合って1年半。男は彼女との結婚を決意していた。出来れば最高のシチュエーションでプロポーズしたい。そうだ、高級レストランでデザートの後にプロポーズをしよう。

そして迎えた当日。ロマンチックな音楽が流れる中、お店は二人だけの貸し切り状態。メインディッシュの牛肉の赤ワイン煮を食べ終わった後、デザートが運ばれてくる。
その時、事前にお店にお願いしていた通り、お店の明かりが暗くなり、テーブルのろうそくだけが、二人を照らしていた。

どうしたんだろう、という表情をした彼女に向け、男は愛の言葉を告げた。

そして、男はスーツのポケットから婚約指輪の箱を差し出した。

「パカッ」「パカッ」。

男が箱を開けるのと、驚きのあまり大きく開けた彼女の口から入れ歯がテーブルに落ちるのは同時だった。

                               (了)

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